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初っ端の対戦カードでデクに負けを喫した俺は、観戦ルームで呆然と事実を受け入れられずにいた。
推薦合格者だという女の評価に納得させられ、そのすぐ後に同じく推薦合格者のビルごと全凍結させるとかいう規格外の個性を見せつけられた。
俺は今まで俺が一番だとばかり思っていた。実際その通りだった。しかしそれはごく狭い世界の中での話だった。その考えを今日全て覆され、負けを味わわされ、自分が一番ではないと思い知らされた。あの氷野郎の個性に勝てるビジョンが情けなくも見えなかった。

モニターには三人ともに足を床に凍り付けられた敵チームが映され、核へと歩み寄っていく氷野郎の勝利が見せつけられている。これが推薦合格者の実力――。
それを小柄な影が道を阻む。さっきまで凍り付いていたはずの治癒と麻酔の女。

「え!? 月城なんで動けんだ!?」

同じ疑問を持ったらしいやつらも驚いて見ている。モニターの画面端に残る血の跡と何かの残骸。考えたくもないがきっと彼女の足の皮膚と履いていた靴だろうと想像がついた。

「足の皮破って脱出しやがった」
「ヒィ!?」
「痛!? ……くはないか、麻酔だもんな個性」
「いやだとしてもだろ……」

そう、たとえ痛みをコントロールできたとして、傷もすぐ塞げるからと言ってあの瞬間すぐに己の足の皮を破って脱出することを判断できるものだろうか。刃物で裂くのとは訳が違う、皮を、肉を引きちぎる形での離脱なのだ。
爆豪の背を怖気が走る。

そこから氷野郎と彼女の近接戦闘に持ち込まれた。二人とも格闘術として体に叩き込まれている動きを見せている。体格差から月城の分が悪いと思われていたが、どんどんと表情に余裕がなくなっていくのは氷野郎の方だった。月城の方はというと、

「なんつー表情で笑ってやがる……」

楽しそうだ。ただ楽しそうなのではなく、何かを試すような。きっとあれが彼女の素なのだろう。カメラの位置的に一瞬だけ映ったそれを俺は見逃さなかった。
そして唐突に氷野郎が膝を付いたことで近接戦が彼女の勝利に終わったことがわかる。そしてそこに近づく影、もう一人のヒーローチームの姿が映るも彼女が腕を大きく引き、ヒーローコスチューム全体の布を使って大きくくるりと一回りしたことでその場にいた人間が全て倒れ伏した。
何をしたのか。予想でしかないがきっと麻酔の個性だ。直接触れる以外に空中散布も可能だったという事だろう、そう考えれば彼女のコスチュームはその前提でデザインされているように思えた。
楽しそうだった表情も一転、スンとした、残念そうな、……期待外れだったのか? そんな表情で冷気に包まれ彼女以外に立つ者のいない室内に一人立ち尽くしていた。



「ヒーローチームの敗因はやはり過信ですわ。個性は規格外でしたが、月城さんの覚悟と判断を見くびっていました。近接戦闘からの負傷も、一人で入っていかなければ防げたことですわ」
「判断力の差が大きく出た対戦結果だったな!月城くんは個性の使い方も技巧的だった!」
「ビルの全凍結は……咄嗟に対応できなくても仕方ありませんわ。そこからすぐさま被害と行動を判断した月城さんはお見事でした。……が、あれほどの範囲制圧が可能だったのであれば初手からやってしまえたのでは?」

負傷をすべて治癒しきって全員で戻ってきたB・Iチームの中で話を振られた彼女はバツの悪そうな表情で答えた。

「ええ、可能ではありました。それをやらなかった理由は2つですね。ひとつはこの散布麻酔は薄まれば薄まるほど効力が大きく落ちます。なのでより近くで二人同時に昏倒させるために時間を作りました」
「なるほど、そういった意図が。ではもうひとつは?」
「……今の私の体術でどこまでやれるのか。それを確認したかったの」

でも自損覚悟の格闘術でしかまだ周りに追いつけないとわかりましたから、課題ですね。そう締めくくった彼女は戦闘終わりと同じような表情を浮かべていた。あの顔は知っていた。試したかった事を相手に全部ぶつけられなかったときの期待が萎んだ時の顔だ。
身体を使った戦闘センスだけなら俺だって負けやしないと一戦目で見せたはずなのに、その俺には目すら向けず、今あの女は”最早これは自分の課題だ”と言って他人に期待を持たず自己完結していったのだ。つまり俺を無視しやがった、あいつ。
俺が敵わないかもしれないと考えてしまった相手に勝った女。治癒と麻酔だというその個性を後方支援だけに留める気のない女。力では勝っていても、今の自分の力は彼女の足元にも及んでいないのだろうと悟ってしまった相手。
折れていた心がまた再び怒りやら憤りやらで奮い立っていく。デクもこの女も推薦合格の奴らも気に食わねぇ……!

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