19
「火薬の原料をゲットしに行く! ゴールは箱根。なーにほんの80qちょいの大冒険だ!」
「そだね。試験の軽い腕試し程度の距離だし、気軽にいこ!」
「フルマラソン2週か、5時間もあれば着くか?」
「うん!」
「うんじゃねぇ体力バカ。あとその試験ってーとアレだろ後で詳しく聞かせやがれ」
そういえば私の弟子が受けた試験は最初トンネルの中を100qマラソンから始まったって言ってたなあと思い出して懐かしくなった。私が受けた代の試験も初手のふるい落としは体力テストのようなもので二次試験会場まで後ろから猛獣に追われながらのマラソンだった。
こういう話を寝物語に千空に聞かせており、それを毎夜2人で都度分析したり考察したりと興味津々であった。
そうこう話していると千空が懐から六分儀を取り出し現在位置を確認し始めた。
「いま日の出から3万5970秒……」
「今なんかすごいことさらっと……」
「ね、もう癖になってんだよやべーよね。ふふ」
隙あらば女子トークに持ち込もうとしていると千空がこちらに視線は寄こさず話を振ってきた。
「瑠奈おめー、そういえばはじめっから現在位置が分からないとか抜かしてたよな? お前星程度は読めるんじゃねぇのか」
「位置取りと時間くらいはね。でも数か月で分かったけどその精度もなんかまあまあ悪くなってるからもう自分の感覚は信じないことにしてる……」
「ククク、おめーにも出来ねーことがやーっと見つかりやがったわけか。可愛げあんじゃねーの」
「私にできないことがあるとセンクーはとてもうれしそうですね……」
「クク!」
「……ねぇねぇ大樹君、もしかして千空くんって、」
「ああ、その通りだぞ杠」
似たもの夫婦二人が微笑ましく見ているのに気付かないまま、千空は近距離からにやにやと瑠奈を見下ろし、瑠奈はムスッといじけたように千空を見上げていた。
とにかくおよそ鎌倉くらいまでは来られたのでは? というあたりを付けた頃、杠が「鎌倉と言えば、」と周囲を見回す。
もちろん滅び去った現代の文明の名残などは無いはずなのだが、一部草ひとつ生えていない開けていそうな土地があった。
近づくとそこには、高い木々に囲まれて見えなかった、青銅色の大仏が朽ちかけながらもそこに鎮座していた。
皆しばらく呆然と見ていたが、杠の目から急に実感を伴って押し寄せた感情が涙としてあふれていた。
彼女の涙に慌てふためく大樹君にそっと皮のハンカチを手渡す。ハッとしてそれを渡しに行くのを見守っていると、スススッと千空が寄ってくる。わざと軽く肩をぶつけて視線をよこせと示してくるので、2人から目を逸らして千空に目を向ける。
「おめーにはいねーのかよ?」
「? ああ、泣いちゃうほど心配な人? 居たら復活液出来た時点で速攻起こしに行ってると思わない?」
「……ま、だよな」
「でしょ。お互いにね」
はっきり口に出したことはないがお互い家族であるとか、恋人であるとか、心配だから早く起こしたいと思う相手はいない。いたとして、それがどこに埋まっているかも分からない今、手作業しか選択肢のない中で時間を無駄にするような探索作業を選択するかはまた別の話だが。
しかし大切な人がいないというとそれはまた別だ。いくらドライな念能力者でも家族にくらい情はあるのである。
「私のメンタルは別に心配しなくていいよ。私が郷愁を感じるのはいつだって前世のあの世界だからさ」
はや帰れ得ぬ望郷のそこ。骨を埋めることもできず、きっと骨まで食らい尽くされただろう私の躯すら残らぬそこ。弟子は私よりも先に逝ってしまっていたし、師もまた然り。ゴミ溜めで育った私に血縁なんてものもない。だと言うのに懐かしさや郷愁を感じてしまうのは、あまりに肌にあった世界だったのだ。
だからこそこの世界で過ごす私の心配することはないのだと伝えたかったのに、見た千空の表情はどうしても晴れないので、私は苦笑するしかなかった。そう言えば最期は食べられちゃったことまで話したっけ。そりゃ顔色良くなるはずもないか。
「そだね。試験の軽い腕試し程度の距離だし、気軽にいこ!」
「フルマラソン2週か、5時間もあれば着くか?」
「うん!」
「うんじゃねぇ体力バカ。あとその試験ってーとアレだろ後で詳しく聞かせやがれ」
そういえば私の弟子が受けた試験は最初トンネルの中を100qマラソンから始まったって言ってたなあと思い出して懐かしくなった。私が受けた代の試験も初手のふるい落としは体力テストのようなもので二次試験会場まで後ろから猛獣に追われながらのマラソンだった。
こういう話を寝物語に千空に聞かせており、それを毎夜2人で都度分析したり考察したりと興味津々であった。
そうこう話していると千空が懐から六分儀を取り出し現在位置を確認し始めた。
「いま日の出から3万5970秒……」
「今なんかすごいことさらっと……」
「ね、もう癖になってんだよやべーよね。ふふ」
隙あらば女子トークに持ち込もうとしていると千空がこちらに視線は寄こさず話を振ってきた。
「瑠奈おめー、そういえばはじめっから現在位置が分からないとか抜かしてたよな? お前星程度は読めるんじゃねぇのか」
「位置取りと時間くらいはね。でも数か月で分かったけどその精度もなんかまあまあ悪くなってるからもう自分の感覚は信じないことにしてる……」
「ククク、おめーにも出来ねーことがやーっと見つかりやがったわけか。可愛げあんじゃねーの」
「私にできないことがあるとセンクーはとてもうれしそうですね……」
「クク!」
「……ねぇねぇ大樹君、もしかして千空くんって、」
「ああ、その通りだぞ杠」
似たもの夫婦二人が微笑ましく見ているのに気付かないまま、千空は近距離からにやにやと瑠奈を見下ろし、瑠奈はムスッといじけたように千空を見上げていた。
とにかくおよそ鎌倉くらいまでは来られたのでは? というあたりを付けた頃、杠が「鎌倉と言えば、」と周囲を見回す。
もちろん滅び去った現代の文明の名残などは無いはずなのだが、一部草ひとつ生えていない開けていそうな土地があった。
近づくとそこには、高い木々に囲まれて見えなかった、青銅色の大仏が朽ちかけながらもそこに鎮座していた。
皆しばらく呆然と見ていたが、杠の目から急に実感を伴って押し寄せた感情が涙としてあふれていた。
彼女の涙に慌てふためく大樹君にそっと皮のハンカチを手渡す。ハッとしてそれを渡しに行くのを見守っていると、スススッと千空が寄ってくる。わざと軽く肩をぶつけて視線をよこせと示してくるので、2人から目を逸らして千空に目を向ける。
「おめーにはいねーのかよ?」
「? ああ、泣いちゃうほど心配な人? 居たら復活液出来た時点で速攻起こしに行ってると思わない?」
「……ま、だよな」
「でしょ。お互いにね」
はっきり口に出したことはないがお互い家族であるとか、恋人であるとか、心配だから早く起こしたいと思う相手はいない。いたとして、それがどこに埋まっているかも分からない今、手作業しか選択肢のない中で時間を無駄にするような探索作業を選択するかはまた別の話だが。
しかし大切な人がいないというとそれはまた別だ。いくらドライな念能力者でも家族にくらい情はあるのである。
「私のメンタルは別に心配しなくていいよ。私が郷愁を感じるのはいつだって前世のあの世界だからさ」
はや帰れ得ぬ望郷のそこ。骨を埋めることもできず、きっと骨まで食らい尽くされただろう私の躯すら残らぬそこ。弟子は私よりも先に逝ってしまっていたし、師もまた然り。ゴミ溜めで育った私に血縁なんてものもない。だと言うのに懐かしさや郷愁を感じてしまうのは、あまりに肌にあった世界だったのだ。
だからこそこの世界で過ごす私の心配することはないのだと伝えたかったのに、見た千空の表情はどうしても晴れないので、私は苦笑するしかなかった。そう言えば最期は食べられちゃったことまで話したっけ。そりゃ顔色良くなるはずもないか。