11

「……」

前日のあれそれの為に早朝に家を出て来た俺は、教室の扉を開けて目に入った光景に既視感を覚えた。
自分のことは棚に上げるが、こんな朝っぱらから何をするでもなく教室の自分の席について窓の外を眺めているのは、入学式当日と同じく月城瑠奈だった。
二人きりの教室で静かに風に髪をなびかせながらどことなく沈んだ面持ちで憂いを帯びた空気感をまとわせている女。きっとそんな空気も本性に少しばかり触れた俺以外の人間が教室へ入るなり、かき消してしまうのだろうが。

特に話すこともなくガタガタと音を立てて席に着くと、こちらへ反応を示し立ち上がって近づいてきた。

「……ねえ、お願いがあるのだけど」

俺が何か言う前に差し出された手のひらの上にはスマートフォンが乗せられていた。
……俺の連絡先でも登録したいとでも言うのだろうか。
内心満更でもない気持ちで自分のスマホを取り出す準備だけしていると「爆破して欲しいの」と想像の斜め上のお願いが聞こえた。

「……あ?」
「だからコレ、爆破で壊してくれないかしら。ちょうど今なら誰もいないので」
「はァ?」

危うく出しそうになった己のスマホをポケットに押し込みながら、この間にもピカピカと連絡の受信を知らせるランプが光り、それを見た月城の目が色を失くして冷たく尖っていくのがありありとわかった。

「もちろん私から頼んだことなので弁償も不要ですし、」
「オイ。お前にゃ借りがあるからやるのは別にいい。それよりどうしてそうさせるのかを教えろ。理由も分からず使われるなんざごめんだわ」

しばらく考えた様子だったが、人が来てしまうのを危惧してか扉の方をちらりと見やる。そう長くはかからなかった。普段はぼんやりして見えるが、俺の見立て通り即断即決のできる判断の早ェ女だった。特に見切りが早ェ。

「ええ。ではそれで。話は破壊の後掻い摘んで説明しますから先に破壊をお願いしますね。詳細も気になるのであれば時間を合わせてお話ししますから」
「……んじゃそれ貸せや」

ほっそりとした白魚のような指、と形容されるのも理解できるようなその手から受け取った真っ黒で武骨な大きめのスマートフォンを受け取る。思っていたよりずっしりと重い。

「……、」

それをいざ爆破してしまおうとした瞬間、その数瞬の間に誰かからの連絡を受信し光が点る。そしてその画面に一瞬表示された「生物学上の父親」という言葉を認識した次の瞬間に俺は手の中のスマホを個性でスクラップへと変えた。
画面はボロボロに崩れ足元に零れ落ち、中身も爆破の熱と衝撃で完全に破壊されつくした、見るも無残なそれを彼女に返すと、素早く破片を確認している。その顔にはゆっくりと喜色が滲み始めていた。

「ありがとう……ありがとうございます、本当に素敵ね、貴方の個性」
「いいから理由を、……っまえ! 手!!」

足元に落とされた大きめのガラス片を拾いながら向けられたお礼に適当に返して、この行動の理由を急かそうと彼女を見ると、バキバキに割れたものを力を込めて握り潰さんとしているので破片が柔らかそうな手のひらに刺さって血がにじんでいる。

「ああ、ごめんなさいつい念願叶った嬉しさのあまり……」
「キメェわ」
「情緒が壊れた訳ではなくってよ。麻酔は使ってませんから痛みも感覚もありますし、精神状態も高ぶってるだけで正常ですので大丈夫です」
「……一言に込めたニュアンスを正確に受け取ってんじゃねぇよキメェ」
「今のは感受性と言語化能力の高さに対する誉め言葉にしか聞こえませんね」
「だから以心伝心じゃねェんだわ」

不思議と貴方の言いたいニュアンスが掴めるわ、とにこにこしながら罵倒をものともせずにこちらを見る彼女に毒気を抜かれる。
バキバキに粉砕されたそれを用意していたのかビニール袋へまとめ、手にくい込んだ破片を取り除いていくのをやることも無いので手伝ってやる。ガラス片は細かく、彼女の小さい手から指で取り除くのは大層面倒だった。なので途中から自前のピンセットを取り出すと月城は意外だったのか驚いた顔で少し笑っていた。
そうして近い距離で作業をしながら、これが本題だというように声を潜めて話し始めた。

「爆豪君には昨日ちょっとだけ話したけど、復讐心であれ別に負の感情は持っている分には良いと言いましたよね?」
「……チッ」
「そんな肯定されたの初めてだわ。私もずーっと心の裡で飼っているもの負の感情があるの。小さい頃から絶対に成し遂げると決めていることが。その為に必要な一歩が、監視の……いえ親との連絡手段を不慮の事故のように見せかけて破壊することだったという訳なの」

晴れ晴れとした顔でこちらを見る彼女はそのまま続けて「やっぱり爆破って素敵な個性だわ」と言い、そのニュアンスを俺は"正確に"受け取ったので「お前にとっちゃ都合よく使えるからなァ」と返すと驚いた顔をされた。

「で、監視っつったな?」
「いいえ?」
「ヘタクソ。んならどうせ1台壊しても一時しのぎにしかならねーだろ」
「さすが! そうなの! だからこそこの束の間の自由な時間を有意義に使うのよ」

何とも晴れやかで明るい笑顔で「私の明るい未来の為に今日の放課後、スマホ買いに行くのに付き合って貰えないかしら」と言い放った。脊髄反射で断る前に言葉を継いだのは月城だった。

「爆豪君、思っていたより細やかで色々詳しいじゃない?」
「"思っていたより"だあ?」
「だからきっと思い違いでないなら、私の希望を叶えた機種を見繕えると思うの」
「……さっきから遠回しに試すような言葉で乗せようとしてンじゃねーよ」
「あら冷静」
「さっきの説明じゃ全容が掴めねぇ。買い物の道中洗いざらい全部吐けや」

暗に手伝ってやると了承すれば彼女はパッと表情を明るくした。自分の前でだけは被った猫を脱ぎ去る様子に満足していると、隣から「良かった、スマホがどこで購入できるのか知らなかったの」という世間知らずすぎる言葉が聞こえて来たので、例え断って1人で放り出したとしても結局なんやかんや我慢できなくなった己が手を出してやる状況が見えて頭痛がした。

HOME