18

午前中は何事もなく過ごしたその日、午後から人命救助訓練だと言い、離れた場所で訓練があるという話を聞いた。俺は月城の話を聞いていたためにこれだろとすぐに頭の中でアタリが付いた。

「(だろーな。お前も馬鹿じゃねぇ)」

何人の話を聞きながら視線をやれば、月城の強い目と目が合った。
そのあと何かしら話すかと考えていたが、俺の予想に反して月城はすいすいと人ごみを上手く進んでいきエリートメガネの横へぴったりと付いた。
確かにバスん中じゃ早々話なんかできやしねェんだろうが。その判断も理解できるしわかっちゃいるが面白くはない。
若干の虫の居所の悪さを抱えたまま前の席を見ていると、嫌ににこにこと嬉しそうな彼女が口を開いた。

「残念だったわね、飯田君」
「俺としたことが、ぬかってしまった……!」
「でもスムーズに纏めようとするのは良いことだと思うわ。そのおかげで授業に遅れることもなかったのだし。最初の期待通り委員長を遂行していると思うわ」
「……ハッ! もしや君か!? 最初の投票で俺に清き一票を投じてくれたのは!!」
「ええ。向いていると思ったの。せっかく役割が巡ってきたのだし、頑張ってね。応援しているわ」
「くっ……! 僕、いや俺は! 君の期待に応えられる委員長になるとも!!」
「飯田、煩いぞ」

膝の上で握りしめられた拳にそっと白魚のような手を重ねて柔く笑む彼女は相当ご機嫌だった。飯田も飯田で喜びと驚きで興奮しながら手を握り返して宣誓している。またファンサしやがって。
ぎりぎりと物理的にも歯噛みする俺に、隣で耳の長い女が迷惑そうにしているのも視界に入らないほどイライラを溜めていると、さらに前方で己の話題が出たのが聞こえた。

「派手と言ったらやっぱ爆豪と轟だよな!」
「でも爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気でなさそ」
「んだとコラ! 出すわ!!」

カエル女がはっきりとディスってきたので反応を返しているとすぐ目の前で飯田から手を離した月城が面白そうにくすくすと笑っていた。……そんなにおもしろかったかよ。
彼女の反応に怒りが一気に削がれてイスに深く座り直しスマホをいじる。特に何も彼女からは追加の情報などは来ていない。
そうこうしているうちにバスは予定の場所についたようだ。バスでしばらくかかる距離に一年生が隔離状態といえる。プロヒーローが付いているとはいえ、本館ほどではない。何かあるならこのタイミングしか考えられなかった。

ついてすぐにオールマイトがいないらしいと言われ少しがっかりしつつ、レスキューを担当する教師である13号の小言を聞く。戦闘訓練の苦い記憶を呼び起こされて小さく舌を打つ。んなこといちいち言われんでも幼少期からババアに教えこまされとるンだわ。爆破などという強力な個性を持って生まれた俺は。
案外すぐ近くに居た月城の小さな頭を見ていたが、顔が見えないのでどんな顔をしているかはわからなかった。しかしきっと悔しがってはいるだろう。人を害するほどの攻撃力を持った個性であれば復讐もいくらか簡単だったろうに。……いや、そこまで単純でもないか。彼女の口癖は”己の明るい未来のために前向きに復讐しましょう”。単純な暴力で解決したとて彼女の未来も潰えるのであれば、彼女はそんな道は選ばない。逆に暴力的な個性を持っていた方が動きにくいとすら思ったのではないだろうか。

「そんじゃまずは……」

不自然に言葉を切った相澤に視線をやると、その先、噴水付近で黒い靄が展開していた。そうしてそこから中に入ってくるように伸びた手。

「一塊になって動くな!!」

間違いない。これが彼女からリークされた騒動の始まりなのだ。
そう理解したと同時に相澤が指示を飛ばしていく。まだ目を白黒させて判断が付かないでいる奴らも多い。入試を紛らわしい形式にしてっから混乱すんだよ。

「先日頂いた教師側のカリキュラムでは、オールマイトがここにいるはずなのですが……」
「やはり先日のはクソ共の仕業だったか」

おおむね俺と彼女の予想の範疇だったわけだが、ここまで大勢引き連れての制圧戦だとは予想外だった。
チラッと視線を向けると彼女のは怯えの色も何も浮かべていなかった。どころか。

「複数人の対人訓練がこんなに早くやれるなんて。屋内といえどかなりの空間……麻酔の限界が測れるかしら? それとも近接戦闘の実践経験を積むべきかしら」
「ヨユーかよてめぇ」

ぽそぽそと小さく己の力を試す機会に浮かれていたので肘で小突いておく。ハッとして表情を繕っているが口角が上がってんのが丸見えである。

「どこだよ……せっかく大勢引き連れて来たのに」

今の今まで浮かれるようだった彼女が、のそりと這い出るようにして出て来た一人のヴィランの声にひくりと反応して動きを止めた。
顔に”手”をたくさん付けた気味の悪いヴィランだった。大勢の人間がそこかしこで声を上げて騒がしいのに、奴の声だけがスッと耳に入り込んだ。

「子供を殺せば来るかな?」

予想していたよりもかなり危険な奴が遣わされたらしい。先ほどから動きを止めていた月城の腕を引いて下がらせると、顔色を幾分か悪くしたまま、それでも彼女はまっすぐ目の前のヴィランを見ていた。

「先生! 侵入者用センサーは!」
「もちろんありますが……!」

副委員長の女が確認を促すも、反応はしていないらしい。ということは。

「現れたのはここだけか、学校全体か……。何にせよセンサーが反応しねぇなら向こうにそういうことできる個性がいるってことだな」

嫌に冷静な半分野郎が考えていたことを代わりに口に出す。

「馬鹿だが阿保じゃねぇ。何らかの目的があって用意周到に画策された奇襲だ」

奴の考察と大体同じ意見だが、若干の情報を得ている俺たちにとっちゃ見えるものも少し違う。それはやはり彼女もそうだったようで。

「……警戒していましたが、とどろき君は例のあの人の手の者だという線は薄まりましたわね……」
「あぁ……とんだ馬鹿野郎でもなきゃ得意げに考えを披露はしねぇ。あのスカした態度は素だろうな」
「ええ……紛らわしい」
「あと何回人の名前噛みかけてんだよ」
「かっ、そん、……言いにくいだけです」

避難を促す相澤に、13号の指示に沿って後退しようとしているとデクが余計なことを言い募る。

「先生は!? 一人で戦うんですか!? あの数じゃいくら個性を消すって言っても!」
「一芸だけじゃヒーローは務まらん」

そのまま捕縛布を操り階段を飛び降りていくイレイザーヘッドを見つつ舌打つ。

「余計な事言わせやがって……」
「幼馴染? の緑間君? でしたっけ。彼、おせっかいタイプだったのね。おかげで聞かせなくていいことを全体に周知してしまったわ」
「ミドリ”ヤ”な。今ので勘のいい奴は何となく察したかもな。……このクラスにそんな奴がいるかは知らねぇが」

イレイザーヘッドが余裕で対処できるのであれば、合理的な彼の事だ、「実際にやって見せるから見ておけ」くらい言ってのけただろう。
それが無かったうえに、”個性を消す”個性では対処しきれないと暗に言わせてしまっている。つまるところ、彼の体力が尽きたときがタイムリミットであり、だからこそいま13号に生徒たちを避難誘導させているのだと。

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