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「緑谷だめだ……さすがに考え改めただろ……?」

水難ゾーンに飛ばされた蛙吹さんと峰田くんとともに何とか切り抜けた先、セントラル広場での惨状が飛び込んできた。水際で何とか隠れているものの、それ以外に何かができるとも思えない光景だった。
恐ろしさにガタガタと震える彼を非難することなどできない。それだけのことが起こっていた。化け物に抑えられた相澤先生は血まみれのぼろぼろで、右腕はストローのように握り潰されていた。顔を上げたところをさらに地面に叩きつけられ、先生は動かなくなった。
なにか、どうにか、でも、今の僕になにが。あんな、少し前まで楽観的に事を考えていた僕に、何ができる?
そう絶望が脳裏をよぎった時、僕らの背後から冷たい空気を纏った影が飛び込んできた。

「先生を放してくださる?」

巨体を前にスピードを落とすことなく飛び込んできたのは、コスチュームのところどころが凍り付いた月城さんだった。
先生ですら太刀打ちできなかった巨体に直接蹴りこむように着弾し、そのままくるりと跳ねかえって地面に降り立った。その顔は驚きと苦々しさが滲んでいた。動きを見ただけだが、きっとあの脳無に体当たりして吹っ飛ばすくらいの気持ちだったのかもしれない。

「何だ? オマエ」

手を付けた敵がゆっくりと月城さんの方を向く。彼女はその問いをスルーしながらも敵への警戒は説いていないようだった。

「ね。いい子いい子、放してね。ほら」

月城さんが相澤先生を掴んでいる脳無の腕によしよしと撫でるように触れ、それから首をかしげる。それからさらに掴んだ腕を引き離していく。先ほどまでピクリともしなかった腕がゆっくりと空間を作った。

「あら、まあ。たったこれだけ?」

その隙に先生のするっと腕を救い出していく。そうか、彼女の麻酔なら力が個性の相手にも太刀打ちができる!
同じく怪しんだのは敵も同じようだった。

「何お前、何した? 脳無は生半可な力では対抗できないはずなんだけど。ていうか攻撃だって聞かないはずなのに」
「力があっても力を入れられなくして差し上げましたの。攻撃なんてしなくても無力化は可能でしてよ」
「はー…イレイザーヘッドの腕もなんか治りかけてるし……凍り付いて登場したから勘違いしたがお前、治癒と麻酔の個性だな?」
「あら、ご名答」
「ああ、なら対処可能だ」

当然のごとく「脳無、腕。感覚ない部分は捥いで再生しろ」と命令し、そのまま命令を遂行する化け物に絶句する。草でもちぎるように月城さんの麻酔にさらされた部位を引きちぎり、ぼこぼこと再生させていく。痛みすら感じていなさそうな様子は化け物以外の何物でもなかった。
そうしてそのまま再生した腕を振りかぶらせ、彼女に脅しをかけるように話しかける。

「抵抗するってことは、そういう事だな?」
「言いがかりですわ。聞く耳持たない馬鹿どもに襲われたから反撃しただけですのに」
「あっそ」

敵が目で合図を送った次の瞬間には月城さんに向かって脳無の腕が振り抜かれていた。猛烈な勢いで吹き飛ばされ、木の葉のように地面を転がる彼女の姿につい名前を叫びそうになるも、月城さんは何とか手をついて起き上がった。
いつもの清楚できちんとした身なりはボロボロに、髪もぐしゃぐしゃで凍り付いていた部分も溶けかけてドロドロ、口の端から血を零しながら鋭い目つきで敵を睨みつけながら立ち上がった。

「イレイザーヘッドごと飛ばしたつもりだったんだけど」
「……御生憎様。わた、くしは器用なので」
「脳無、」
「死柄木弔」

追撃を命じようとした敵の元へあの黒いワープゲートがやってきて何かの報告をした。ぶつぶつといら立ちを隠さず「ゲームオーバーだ」と言う。そうしてそのまま、帰ろっか。と軽い調子で宣った。

「帰る……? カエルっつったのか今!?」
「そう聞こえたわ。瑠奈ちゃん、大丈夫なのかしら……。それに、気味が悪いわ緑谷ちゃん」
「うん……これだけのことをしておいてあっさり引き下がるなんて」
「けど、その前に」

相手が何を考えているのか分からず困惑していると、くるりと振り向いた敵が急にこちらへ迫る。

「平和の象徴としての矜持を少しでもへし折っておこう」

はっきりとは見えなかったけれど、相澤先生の肘を手で掴んでボロボロにした敵の個性。それが今、蛙吹さんの顔面に伸びていた。
が、何も起こらず。敵は目の前で脳無へ合図を送った。

「あの一瞬で健気に先生の傷を修復させていたアイツも大概だが……本っ当かっこいいぜ、イレイザーヘッド」

次の瞬間には月城さんを吹っ飛ばした脳無が相澤先生が辛うじて上げていた顔をまた地面へと叩きつけた。

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