いつか来たる、

日車寛見は意識を取り戻す。まるで白昼夢を見ていたような感覚に、脳がまだ覚醒しきっていないのか目に入る映像が全てスローに映る。
瞬間、強烈な痛みに全ての感覚が戻って来る。

「は、……ぐ、う」

右腕が肘から先を丸々失っている。
上腕を通る大きな血管から拍動に合わせて大量の鮮血を吹き出しながら、周辺の肉が反射で緊張して硬くなっていく。
同時に体のバランスを失って左向きに地面に倒れ込む。どうやら腕一本というのは結構な重さを持っているものらしい。
失血のショックで血圧が下がっているのか大量の冷や汗をかきながら、目の前でついさっきまで己に付いていた右腕を貪る何かを見る。巨大な亀なように見える何か。自分の住んでいた日本どころか、世界でもこんなサイズの亀など聞いたことも知識の中にもない。ましてや人肉を貪るなど。
一瞬感じた凍てつく寒さと痛みは驚愕のためか、はたまたアドレナリンのためか一時的に霧散している。こちらを捕食しようと首を伸ばしてきた巨大亀の頭を転げるようにして避け、そのまま何とか走り出す。
片腕がないだけでこんなにも走りにくいとは。もし気力があれば軽口を叩いていた程度に日車は精神的にはハイだった。きっと痛みがほぼ無いのもアドレナリンのせいだった。
しかし、その地に足のつかないようなハイテンションも長くは続かない。

「ぐ、あっ!?」

突然足元の何かが爆発したのである。柔らかな何かを踏んだ感触の後の、体が全ては吹き飛ばない程度の威力の爆発。地雷か何かかと頭の中を知識がかすめたが、日本という国でそんなことがあるはずもないと脳裏から消し去る。
ボフッと粉のようなものが舞い上がる。爆発で吹き飛ばされ今度こそ倒れ込んだ日車の身体に次々と付着するそれは花粉によく似ていた。

「早く移動して!!」

少し離れたところから鋭い少女の声が飛んできた。
こちらへ向けて言ったらしいが、日車はもはや疲労と怪我によって動くだけの体力が削がれていた。何より倒れ込んで重くなった身体は言うことを聞かず、アドレナリンが切れかけているのかあらゆる部位の痛みが戻ってきていた。

「……チッ」

舌打ちが聞こえたと同時に左足に何かが巻付き、次の瞬間にはすごい勢いでそのまま引っ張られる。横たわったままの体勢で全身が浮くほどの力である。
足がもげるかと思うほどの力で引かれ、バキバキと枝や草など障害物をへし折りながら進む。

「……? 一般人?」
「ゴホッ、そう認識している、が。いっ」

怪訝そうな顔で日車を見聞しているのは年端もいかぬ少女だった。

「仕方ない、お師匠に見せるか」

ブツブツと何かを呟きながら先程足に巻きついてきた帯のような物を解き、日車の身体を雑に方に担ぐ。ぐふ、と口から呻きが漏れ、途端に始まった移動に堪らず意識が飛んだ。
痛みと衝撃とで意識を失う直前に見た、少女の向日葵のような琥珀色の瞳が日車の瞳に焼き付いた。

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