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「いや、だって師 !」
ほとほと困り果てた、か細く頼りない悲鳴なような声に意識が呼び起こされる。
「いつも言っているだろう。私の教え3条は?」
「"命に責任を。持てないなら初めから手を出すな"……でも人はペットじゃない!!」
「だからこそ、尚更でしょうに。ほら、目を覚ましたようですよ」
悔しそうにきい!と漫画のような鳴き声のような声を上げて向日葵の少女がこちらに歩み寄ってくる。
咄嗟に起きようと腕をつこうとして肘から先が消えた右腕に呆然とする。じくじくとした痛みが思い出したように蘇ってきた。
「つ、あっ」
「まったく! 何の備えもない一般人が冬のヌメーレ湿原で何してたの!? 自殺ならもっと他があったでしょ!!」
しかも薄着でさ!! と語気強く怒りながらも、その手は優しく、しかし力強く日車の体を支え起こして座らせてくれた。
腕に巻き付けられた帯のような布をはらりと解くと突然痛みが増す。驚いて身を丸く固めて言葉にならない呻きと荒い息をさせる俺を見て少女は傷を冷静に確認後、また布を巻いてくれた。布に包まれた途端冗談のように痛みが引いて行く。
「……使える」
「は?」
ぼそっと呟いた少女は強く琥珀の瞳を煌めかせた。
「私が責任もって世話してあげるから、君も協力して」
「……何のことだ?」
「言葉足らずですよ、ルナ。」
目を白黒させて狼狽えていると、視界の端でため息をついた長髪の若い男性が注釈をくれる。
「あなたのその怪我と、あなた自身の世話の話です。あなたのことはこの子が拾ったので、この子が世話をします。そして、その怪我もこの子が治します」
「それは、有難いが。協力とは?」
「それはこの子から聞きなさい。説明義務は私にはありませんから」
丁寧な口調で話してくれていても、どこか冷たく一線を引く男性に促された少女はムスッと頬を膨らませた。
「説明はぜーんぶ私に投げて! ネンのこと話したら怒るのは師じゃん!」
「当たり前です。上手く説明なさい、あなたのですよ」
ほら、と男性に両肩を押し出され少女に差し出されるような形になる。
少女はまたきいっ!と鳴いた。
「私が君の怪我と失った腕、足の指幾つかを何とかしてあげる。OK?」
「それは分かったが、それはどうやって」
聞き返すと少女は焚き火の前でウンウン唸り始めた。初めは治す方法に悩んでいるのかと思ったが、話した感じだとそうでは無いようだと分かる。驚くべきことに、日車にどう説明したものかと悩んでいるらしい。
「んー…とりあえず、多分沢山失敗するし何度かチャレンジするけど最終的にはちゃんと治すからそこはいいじゃん?」
「良くは無いが、説明もして欲しいが無理には聞かない。だから今は応急処置を、してほしい」
「よし、ならまずは傷が完全に塞がるまで動かないで。多分明日……は一般人には早いかなぁ、遅くても2、3日後には塞がるから大人しく寝てて」
人の話を聞いているか?
日車は三白眼が四白眼になるほど目を見開いて呆然とした。
止血も適当にぴっちり布を巻くのみで(なぜ落ちないのか分からない)、消毒はおろか流水で洗い流したり薬を使ったりなど何もしないという。これは確実に化膿する。壊疽は。破傷風は。敗血症は。10歳やそこらに見える少女に何を言っても無駄かと諦めの心地に口は閉じていき、日車は一気に不安になった。
しかしどうだろう。
「……嘘だろう」
わずか1日たと経たず、日車の傷口は完璧に塞がり、細かな傷は全て通常の肌へと復活を遂げていた。
焼け爛れた下半身すら半日ほどでむず痒さを感じ始めたと思ったらうっすらではあるが新しい皮膚が膜を張っていた。
失った部分が戻ったりはしていなかったが、そんなことは日車の常識では当たり前のことでガッカリもしていない。むしろ超回復をしたと言っていいこの現状に、絶望していた心が少し上向きになった。
「おや、案外早かったですね。上達しましたね、えらいえらい」
「丸1日頑張りました」
もっと褒めてくれと言わんばかりにニコニコと頑張りを報告する少女に目を向ける。彼らの言うことが本当であれば、この少女が夜も眠らず何かをしてくれていたということだ。帯に巻かれているあいだ、ごく近くにいるとは思っていたが、何をしていたのかは分からないしなにか特別なことをしていた記憶もない。それ以前にたとえ何をしていなくても彼女は自分の命の恩人である。感謝こそすれ他に何を言うことがあろうか。なのに自分は彼女にお礼を言っただろうか。命の危機に怒涛の展開から一気に不安に突き落とされたとはいえ己はそこまで追い詰められていたのか。きっとそうとは思わず追い詰められていたのだろう。
「改めて……ありがとう、ございます。俺は日車寛見。君は?」
「私はルナ。師はリタ。師の本名はもっと長いらしいけど私はルナ、これだけ」
「ルナ。俺を助けてくれてありがとう」
「んーん、いーよ」
血の色を伸ばしたような夕暮れの光の中、日車には彼女の屈託ない笑顔が向日葵のように見えた。
ほとほと困り果てた、か細く頼りない悲鳴なような声に意識が呼び起こされる。
「いつも言っているだろう。私の教え3条は?」
「"命に責任を。持てないなら初めから手を出すな"……でも人はペットじゃない!!」
「だからこそ、尚更でしょうに。ほら、目を覚ましたようですよ」
悔しそうにきい!と漫画のような鳴き声のような声を上げて向日葵の少女がこちらに歩み寄ってくる。
咄嗟に起きようと腕をつこうとして肘から先が消えた右腕に呆然とする。じくじくとした痛みが思い出したように蘇ってきた。
「つ、あっ」
「まったく! 何の備えもない一般人が冬のヌメーレ湿原で何してたの!? 自殺ならもっと他があったでしょ!!」
しかも薄着でさ!! と語気強く怒りながらも、その手は優しく、しかし力強く日車の体を支え起こして座らせてくれた。
腕に巻き付けられた帯のような布をはらりと解くと突然痛みが増す。驚いて身を丸く固めて言葉にならない呻きと荒い息をさせる俺を見て少女は傷を冷静に確認後、また布を巻いてくれた。布に包まれた途端冗談のように痛みが引いて行く。
「……使える」
「は?」
ぼそっと呟いた少女は強く琥珀の瞳を煌めかせた。
「私が責任もって世話してあげるから、君も協力して」
「……何のことだ?」
「言葉足らずですよ、ルナ。」
目を白黒させて狼狽えていると、視界の端でため息をついた長髪の若い男性が注釈をくれる。
「あなたのその怪我と、あなた自身の世話の話です。あなたのことはこの子が拾ったので、この子が世話をします。そして、その怪我もこの子が治します」
「それは、有難いが。協力とは?」
「それはこの子から聞きなさい。説明義務は私にはありませんから」
丁寧な口調で話してくれていても、どこか冷たく一線を引く男性に促された少女はムスッと頬を膨らませた。
「説明はぜーんぶ私に投げて! ネンのこと話したら怒るのは師じゃん!」
「当たり前です。上手く説明なさい、あなたのですよ」
ほら、と男性に両肩を押し出され少女に差し出されるような形になる。
少女はまたきいっ!と鳴いた。
「私が君の怪我と失った腕、足の指幾つかを何とかしてあげる。OK?」
「それは分かったが、それはどうやって」
聞き返すと少女は焚き火の前でウンウン唸り始めた。初めは治す方法に悩んでいるのかと思ったが、話した感じだとそうでは無いようだと分かる。驚くべきことに、日車にどう説明したものかと悩んでいるらしい。
「んー…とりあえず、多分沢山失敗するし何度かチャレンジするけど最終的にはちゃんと治すからそこはいいじゃん?」
「良くは無いが、説明もして欲しいが無理には聞かない。だから今は応急処置を、してほしい」
「よし、ならまずは傷が完全に塞がるまで動かないで。多分明日……は一般人には早いかなぁ、遅くても2、3日後には塞がるから大人しく寝てて」
人の話を聞いているか?
日車は三白眼が四白眼になるほど目を見開いて呆然とした。
止血も適当にぴっちり布を巻くのみで(なぜ落ちないのか分からない)、消毒はおろか流水で洗い流したり薬を使ったりなど何もしないという。これは確実に化膿する。壊疽は。破傷風は。敗血症は。10歳やそこらに見える少女に何を言っても無駄かと諦めの心地に口は閉じていき、日車は一気に不安になった。
しかしどうだろう。
「……嘘だろう」
わずか1日たと経たず、日車の傷口は完璧に塞がり、細かな傷は全て通常の肌へと復活を遂げていた。
焼け爛れた下半身すら半日ほどでむず痒さを感じ始めたと思ったらうっすらではあるが新しい皮膚が膜を張っていた。
失った部分が戻ったりはしていなかったが、そんなことは日車の常識では当たり前のことでガッカリもしていない。むしろ超回復をしたと言っていいこの現状に、絶望していた心が少し上向きになった。
「おや、案外早かったですね。上達しましたね、えらいえらい」
「丸1日頑張りました」
もっと褒めてくれと言わんばかりにニコニコと頑張りを報告する少女に目を向ける。彼らの言うことが本当であれば、この少女が夜も眠らず何かをしてくれていたということだ。帯に巻かれているあいだ、ごく近くにいるとは思っていたが、何をしていたのかは分からないしなにか特別なことをしていた記憶もない。それ以前にたとえ何をしていなくても彼女は自分の命の恩人である。感謝こそすれ他に何を言うことがあろうか。なのに自分は彼女にお礼を言っただろうか。命の危機に怒涛の展開から一気に不安に突き落とされたとはいえ己はそこまで追い詰められていたのか。きっとそうとは思わず追い詰められていたのだろう。
「改めて……ありがとう、ございます。俺は日車寛見。君は?」
「私はルナ。師はリタ。師の本名はもっと長いらしいけど私はルナ、これだけ」
「ルナ。俺を助けてくれてありがとう」
「んーん、いーよ」
血の色を伸ばしたような夕暮れの光の中、日車には彼女の屈託ない笑顔が向日葵のように見えた。