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「ええとルナ、君一人で大丈夫なのか……?」
「へ〜きだよ〜」
日車の心配を他所に、間伸びしたふざけた返事で返す彼女は彼の恩人であり、現在のところ"飼い主"である。
てっきり10歳満たないのかと思っていたが12歳だという彼女は──そう差はないと思うのだが──日車が腕を失った現場へ、それも1人で向かうのだという。
日車が運び込まれ目覚めたこの焚き火とテントのある拠点は、現場から十数キロ離れており高地にある自然の窪みからなる安全地帯だった。その安全地帯から出てあの危険しか無い場所へ、日車の腕や足の指など欠損部位が残っていないか探してくるのだという。
申し訳なさと、残っていたとして残骸程度ではあったとしても仕方がないという気持ちから止めれば、彼女は首を振り、他にもこの地の調査など仕事もあるからという。
「……気をつけて。俺の方のはきっともう何も無いから気にせず無事に戻ってきてくれ」
「私は強いから大丈夫だよ、大人しくまっててね、ヒグルマ」
にこ、と笑んで拠点から飛び出しすぐ見えなくなる少女の姿に、やはりここは世界規模で違う場所なのだという事実が押し寄せる。
あれからまた共に一晩を過ごした。相変わらずの距離の近さで日車の看病をするらしい少女と少し打ち解けて会話をすることが出来たので、この世界のことなど状況が少し見えてきた。己にしては心を開くのが早いなと思うが、こんな状況ではたった一つの心の拠り所には少しでも心を開くものだろう。
少し打ち解けたと言っても、決して言葉の多くない日車とでは弾むような会話はなかった。しかしぽつぽつと話せばルナは決して無視せず相槌をくれ、こちらの様子を見ながら話を広げたり新たな話題をくれた。
そんな気の回し方からしてきっと精神的に幼い訳では無いのだろうと思い、知りたかった今の状況など説明の難しいだろう話をすることが出来た。そして幾つか彼女自身のことや日車自身のことを聞いたり話したりもした。特定の話題──特に怪我の治療について──に関しては不器用に口をつぐみ、もごもごした後「ごめん、師にも言われてるけどヒグルマのためにも言えない」と真っ直ぐ返されてからは深く追求していない。素性が知れないのはお互い様だが、そんな相手にも真っ直ぐな彼女の心根が、この世界でたった一人孤独な日車の心を掴んだのかもしれない。
そのためその辺の理解は諦めたものの、この世界がどうやら日本でもなければ地球上に存在したどことも違うこと、彼女たち"ハンター"と呼ばれる職業のことなどはだいたい理解した。
寝物語にするには刺激が大層強かったが、それでも日車は体力の限界が来るまで少女と語り合い、少女も夜がふけても日車が寝落ちるまでそれに付き合ってくれた。
「火が……」
風が強まってきており、弱まった火が吹き消される前に枝葉をくべて焚き火を補強する。日車は(理屈は置いておいて)ルナのおかげで半日で歩けるようになってから薪や焚き火回りの石の調達など拠点の維持にわずかながら貢献しようとしていた。ここでの野宿は決して豊かな状況とは言えず、そんな中で男子高校生である日車一人を12歳の少女があれこれと世話を焼いているのである。師匠に言いつけられたからとはいえ、本当に一から十まで──食事から着替え、手当、果ては排泄などのための移動まで──日車に関する全てを彼女が担い、嫌な顔ひとつせず簡単な会話まで交えながらこなしてみせるのだ。今だって仕事のついでとはいえ、危険地帯に赴いて日車の残っているかも分からない残骸を探しに行ってくれている。
申し訳なさに物理的な力があれば、日車は今頃地中深くに埋もれていただろう。
日車が申し訳なさで精神的に地に埋まりたいと考えている頃、ルナは現場らしき場所に到着していた。
このヌメーレ湿原は一般人には相応に危険地帯である。現にたまにハンター試験の会場のひとつに選ばれたりする程度には命の危険が伴う場所である。
とはいえ念能力者にとってはそこまで脅威になるものはなく、基本の纏と硬さえ習得すれば怪我を負う事もそうそうない。なので修行中の身ではあるものの、現在発を開発中の最終段階のルナにとって危険度は高くない場所と言えた。念能力者と一般人とはそれほどに生き物としての性能に差があるのである。
しかし、念能力とは誰しもが持ちうる生命エネルギーをコントロールする術である。危険な修行も多い上、大抵は師から教え学ぶこの念能力の知識が一般人にもたらされることは無い。
「あった、ここだ」
見るに出血量と移動痕から見て日車のものと思われる血痕とは別に、何者かが捕食された痕跡も見つけた。しかしこちらは日車とは違って運がなかったのか、身体はどこにも残っていなかった。大量の血痕の下に何か念能力を使った痕跡が残っていたが、それだけである。しかしその痕跡と日車に残されていた念の痕跡からみて恐らく捕食された能力者が日車に何らかの関係をしていることはほぼ間違いない。
体からわずか数センチではあるものの、目で探す以上に感度のある円を広げてしばらく捜索したもののそれ以上の手がかりも日車の残骸も見当たらなかった。
彼女とて残っているとは期待していなかった。この湿原の生物たちはそこまで甘くない。しかし運良く一欠片でも残っていればと一縷の望みにかけて確認しに来たのは、自分の発のためである。
そもそも彼女の発は既にひとつ完成している。精神帯 という具現化された帯布のようなものは、現在日車の足と腕を覆っているものである。
癒合帯 と呼ばれるリボンは巻き付けることで対象を強制絶状態にさせて回復を促す。現在のように離れても使用はできるものの、効力はぐんと弱まる。具現化系は放出系と相性が死ぬほど悪く身体から離せば離すほど効力も落ちていく。
他にも防御に特化した高硬帯 、攻撃に特化した斬撃帯 の3種類をまとめて精神帯と呼ぶ。それぞれに制約があり効果を高めているが、最終的にルナには別の発を作る構想があった。
「失われた肉体を、この手で作り上げる……」
零から一を生み出す。具現化系の能力が発現したのは運命なのだと思った。しかし未だ未熟で経験値も知識も浅いルナには生き物の身体という複雑なものを作り上げるにはまだまだあらゆるものが足りていなかった。
だからこそ、何かの足しになるかもしれない人体の残骸などは可能性があるならば飛んで探しに来るのである。たとえそれ自体は死んでいても、生ある細胞と死に絶えた細胞の差を理解出来れば己の発に1歩近づく気がした。
そんな中で出会った、死にかけの人間。一目見て放っておけばすぐ死ぬと分かった。怪我だらけでその時点で発のために役立ちそうなどとは思いもしなかったが、結果助けたあとで自分のための実験体にするつもりなのだから変わりはない。
「だからって助けた訳じゃないけど。ちょっと良心がチクチクするなぁ」
悪意がないとはいえ、四肢を欠損してすぐの相手に対する対応ではなかったし、悪意がないからこその遠慮のなさでもある。
どうやら別の世界から来たという日車との会話の端々で感じた違和感に、「こういうとこかもな〜」と思いながら、少女にはこれっぽっちも直す気は無いのである。
「へ〜きだよ〜」
日車の心配を他所に、間伸びしたふざけた返事で返す彼女は彼の恩人であり、現在のところ"飼い主"である。
てっきり10歳満たないのかと思っていたが12歳だという彼女は──そう差はないと思うのだが──日車が腕を失った現場へ、それも1人で向かうのだという。
日車が運び込まれ目覚めたこの焚き火とテントのある拠点は、現場から十数キロ離れており高地にある自然の窪みからなる安全地帯だった。その安全地帯から出てあの危険しか無い場所へ、日車の腕や足の指など欠損部位が残っていないか探してくるのだという。
申し訳なさと、残っていたとして残骸程度ではあったとしても仕方がないという気持ちから止めれば、彼女は首を振り、他にもこの地の調査など仕事もあるからという。
「……気をつけて。俺の方のはきっともう何も無いから気にせず無事に戻ってきてくれ」
「私は強いから大丈夫だよ、大人しくまっててね、ヒグルマ」
にこ、と笑んで拠点から飛び出しすぐ見えなくなる少女の姿に、やはりここは世界規模で違う場所なのだという事実が押し寄せる。
あれからまた共に一晩を過ごした。相変わらずの距離の近さで日車の看病をするらしい少女と少し打ち解けて会話をすることが出来たので、この世界のことなど状況が少し見えてきた。己にしては心を開くのが早いなと思うが、こんな状況ではたった一つの心の拠り所には少しでも心を開くものだろう。
少し打ち解けたと言っても、決して言葉の多くない日車とでは弾むような会話はなかった。しかしぽつぽつと話せばルナは決して無視せず相槌をくれ、こちらの様子を見ながら話を広げたり新たな話題をくれた。
そんな気の回し方からしてきっと精神的に幼い訳では無いのだろうと思い、知りたかった今の状況など説明の難しいだろう話をすることが出来た。そして幾つか彼女自身のことや日車自身のことを聞いたり話したりもした。特定の話題──特に怪我の治療について──に関しては不器用に口をつぐみ、もごもごした後「ごめん、師にも言われてるけどヒグルマのためにも言えない」と真っ直ぐ返されてからは深く追求していない。素性が知れないのはお互い様だが、そんな相手にも真っ直ぐな彼女の心根が、この世界でたった一人孤独な日車の心を掴んだのかもしれない。
そのためその辺の理解は諦めたものの、この世界がどうやら日本でもなければ地球上に存在したどことも違うこと、彼女たち"ハンター"と呼ばれる職業のことなどはだいたい理解した。
寝物語にするには刺激が大層強かったが、それでも日車は体力の限界が来るまで少女と語り合い、少女も夜がふけても日車が寝落ちるまでそれに付き合ってくれた。
「火が……」
風が強まってきており、弱まった火が吹き消される前に枝葉をくべて焚き火を補強する。日車は(理屈は置いておいて)ルナのおかげで半日で歩けるようになってから薪や焚き火回りの石の調達など拠点の維持にわずかながら貢献しようとしていた。ここでの野宿は決して豊かな状況とは言えず、そんな中で男子高校生である日車一人を12歳の少女があれこれと世話を焼いているのである。師匠に言いつけられたからとはいえ、本当に一から十まで──食事から着替え、手当、果ては排泄などのための移動まで──日車に関する全てを彼女が担い、嫌な顔ひとつせず簡単な会話まで交えながらこなしてみせるのだ。今だって仕事のついでとはいえ、危険地帯に赴いて日車の残っているかも分からない残骸を探しに行ってくれている。
申し訳なさに物理的な力があれば、日車は今頃地中深くに埋もれていただろう。
日車が申し訳なさで精神的に地に埋まりたいと考えている頃、ルナは現場らしき場所に到着していた。
このヌメーレ湿原は一般人には相応に危険地帯である。現にたまにハンター試験の会場のひとつに選ばれたりする程度には命の危険が伴う場所である。
とはいえ念能力者にとってはそこまで脅威になるものはなく、基本の纏と硬さえ習得すれば怪我を負う事もそうそうない。なので修行中の身ではあるものの、現在発を開発中の最終段階のルナにとって危険度は高くない場所と言えた。念能力者と一般人とはそれほどに生き物としての性能に差があるのである。
しかし、念能力とは誰しもが持ちうる生命エネルギーをコントロールする術である。危険な修行も多い上、大抵は師から教え学ぶこの念能力の知識が一般人にもたらされることは無い。
「あった、ここだ」
見るに出血量と移動痕から見て日車のものと思われる血痕とは別に、何者かが捕食された痕跡も見つけた。しかしこちらは日車とは違って運がなかったのか、身体はどこにも残っていなかった。大量の血痕の下に何か念能力を使った痕跡が残っていたが、それだけである。しかしその痕跡と日車に残されていた念の痕跡からみて恐らく捕食された能力者が日車に何らかの関係をしていることはほぼ間違いない。
体からわずか数センチではあるものの、目で探す以上に感度のある円を広げてしばらく捜索したもののそれ以上の手がかりも日車の残骸も見当たらなかった。
彼女とて残っているとは期待していなかった。この湿原の生物たちはそこまで甘くない。しかし運良く一欠片でも残っていればと一縷の望みにかけて確認しに来たのは、自分の発のためである。
そもそも彼女の発は既にひとつ完成している。
他にも防御に特化した
「失われた肉体を、この手で作り上げる……」
零から一を生み出す。具現化系の能力が発現したのは運命なのだと思った。しかし未だ未熟で経験値も知識も浅いルナには生き物の身体という複雑なものを作り上げるにはまだまだあらゆるものが足りていなかった。
だからこそ、何かの足しになるかもしれない人体の残骸などは可能性があるならば飛んで探しに来るのである。たとえそれ自体は死んでいても、生ある細胞と死に絶えた細胞の差を理解出来れば己の発に1歩近づく気がした。
そんな中で出会った、死にかけの人間。一目見て放っておけばすぐ死ぬと分かった。怪我だらけでその時点で発のために役立ちそうなどとは思いもしなかったが、結果助けたあとで自分のための実験体にするつもりなのだから変わりはない。
「だからって助けた訳じゃないけど。ちょっと良心がチクチクするなぁ」
悪意がないとはいえ、四肢を欠損してすぐの相手に対する対応ではなかったし、悪意がないからこその遠慮のなさでもある。
どうやら別の世界から来たという日車との会話の端々で感じた違和感に、「こういうとこかもな〜」と思いながら、少女にはこれっぽっちも直す気は無いのである。