「シキ…起きてる?…寝ちゃった??」 メルルの店の1階奥にある部屋は現在シキが間借りしているが、普段はシキ以外誰も立ち入らない。つい本を買い込んでは置きっぱなしにしてしまうので、部屋はいつも少しだけ散らかっている。明かりがないと本を踏みつけてしまいそうだが、部屋に入ってきたるいは、本を踏むことなくシキのベッドまでたどり着いた。 「ん〜…?なに…?」 ベッドの横からシキの体をゆさゆさと揺らすと、シキが眠そうな声を漏らす。それでもるいは構わずに、覚醒するまでシキの体やベッドを叩いたりシーツを引っ張ったりを繰り返す。次第にシキが重い目を開け、完全に目覚めるまでるいは根気よくシキに刺激を与え続けた。 「うわ!?るい君!?…ど、どうしたの??」 るいの存在に気付いて跳び上がったシキが、急いでベッドサイドのランプに火を灯す。するとそこにはルームウェア用の薄いワンピースに身を包んだるいが、青白い顔をして震えて佇んでいた。急に具合が悪くなったのかと思ったが、次にるいの口から飛び出てきたセリフに、シキは思考を乱された。 「シキ、あのね…。今夜、一緒に寝ちゃダメかな…?」 「…!!??!!??」 真剣な眼差しで懇願され、シキの眠気は急激に遠のき、代わりに困惑が怒涛の勢いで押し寄せてきた。 (一緒に寝る、って…ここで!?) (このベッドで!?) (一緒って言うのは、僕とるい君が!?!?) (…な、何で??) 言われた意味がわからず重い頭を振る。シキの目の前にいるるいは、明らかに震えて怯えていた。それが寒さや具合の悪さではないことは理解できた。今日は暖かかったし、ほんの少し前に就寝の挨拶をするまで、るいはいつもと変わらず元気だった。 再び重い頭を振る。脳の端の方から『シーキ?アタシが見てないからって、悪いコト考えちゃダメよ〜?』と引けか押せかわからない、セイランの悪戯っぽい忠告が聞こえた気がした。 「…あ、もしかして、昼間セイランがしてた怪談のせい??」 セイランの笑顔の忠告とともに、シキはふと思い出した。今日の昼にみんなでランチをした際に、チェスターが学校の怪談話をしてくれた。最初はるいも懐かしがって自分の通っていた学校の怪談を話していた。 しかしセイランが突然真顔になって、イーストエンドにまつわる現実味がありすぎる怪奇談を話し始めてからは、チェスターとるいは表情がひきつってしまい、とうとう最後は何も言えなくなっていた。 夕食の際にはるいはいつもと変わらない様子だったし、シキもすっかり忘れていた。けれどるいは、 「だって…!なんかお手洗いはひんやりしてるし、お店の方から気配はするし、今日風も強いし…!!」 とシキの質問に対して、大量の言い訳を撃ち込んできた。お手洗いはいつもひんやりしてるし、お店にはマネキンが飾ってあるだけで、今日風がつよいのは事実だけれどたまたまだ。冷静に考えると大したことではないとシキは思う。しかしセイランがあまりに話上手だったため、事実に色々な感情が装飾されているのだろう。るいはすっかり涙目だった。 「いや…でも一緒に寝るっていうのは…さすがに…」 「アリスたちもみんな寝ちゃったんだもん…」 今にも泣きだしそうなるいに『いや、僕も寝てたんだけどな』とは言えない。シキはウーンと考え込んで、後頭部を掻く。 「というか、僕…いちおう男なんだけどな…」 るいに聞こえるか聞こえないかの声量で呟いたが、やはりるいには聞こえなかったらしい。ちら、ともう1度るいの顔を見ると、小声で『だめ?』と聞き返されてしまった。シキは心臓を直接撫でられたような、くすぐったいような感覚を覚える。この上目遣いを邪険にできる男性がこの世にいるとは、シキには思えなかった。 「…わかったよ。でも狭いと思うけど…」 「ん。大丈夫…」 大丈夫ではない、と思ったが、言えなかった。ベッドに膝をつき、そのまま布団の中に入りこんで来たるいは、自分の体の方向や位置を決めるためにしばらくもぞもぞ動いていたが、結局顔をシキの方に向けて横向きに落ち着いた。 「シキ、ごめんね」 「えーっと、何がでしょうか?」 「起こしちゃって」 遅い、と思ったが、やはり言えなかった。枕が1つしかないので首が痛くなってしまうかと思ったが、訊ねると無くても眠れるからいい、と呟いてるいはそっと目を閉じた。シキはできるだけ何も考えないように眠ってしまおうと思ったが 「!」 「怖い? 大丈夫だよ、ただの風」 ガタガタと窓を揺らす風の音に、るいが驚いてシキにくっついてくるので、そのたびに思考をかき乱された。しばらく眠れそうにないと思う。対するるいは眠たいようで、風の音がしなければすぐにでも眠ってしまいそうなほど、ベッドに入ってからは意識が薄かった。 「るい君。お願いがあるんだけど」 るいが完全に眠ってしまう前に、1つ言っておかなくてはいけないことを思い出した。シキは目が慣れて室内を完全に認識できるようになっていたので、天井の小さなシャンデリアを見つめながら、るいに言い聞かせるように呟いた。 「いくら怖くても、眠れなくても、僕以外の人にこういうお願いしちゃダメだよ」 「……しないと、おもうけど…」 シキの言葉の意味を考えていたのか、るいがゆっくりと返事をした。即答しなかったので、本当に分かっているのかとシキは苦笑した。 「あと、もう少し僕のこと男として意識してくれないかな…」 この際ちゃんと認識してもらおうと、それなりに勇気を出して言ったつもりだったが、シキの呟きにるいの反応はなかった。少し照れくさい気持ちで恐る恐るるいの顔を覗き込むと、るいは完全に眠っていた。小さな寝息がシキの耳元まで届くと、シキは首から頭が落ちそうなほどがっくりと項垂れた。最初の問いへの返答が遅かったのは半分寝ていたかららしい。 「えぇー…、このタイミングで寝ちゃうんだ? うーん、適わないなぁ」 先程までのような大きな風は吹かなくなってきた。けれどもし大きな風が吹いても、もうるいは起きないだろう。 シキは半身を起こし、頬杖をつきながらるいの寝顔を眺める。普段はあまり意識しないが、時折るいの傍にいるとみぞおちからお腹の下あたりまでが、あたたかいような、あついような、不思議な感覚が沸き起こる。この感情が何なのか、シキは気付いていた。それを表に出さないようにしようと思うと、代わりに大きなため息が出た。 「…僕の方が寝れなくなっちゃったんだけど」 |