「誕生日?」
それを聞いたのは仕事が終わり一息つきながら仕事着から私服へ着替えていた時の事。
仕事場でイケメンだなんだと影でもてはやされている吉良吉影の誕生日が今日だと同僚から耳にした。
ところで私と吉良吉影は恋仲にある。この年で恋仲というとなんだかむずがゆい。なんていったって私も相手も20をとうにこえているのだ。
(誕生日たってもうこんな時間…しかも何を渡せばいいかなんて全然…)
帰り道、とぼとぼと帰路について暗い地面を踏みしめる足を見つめる。
帰りに吉良の家の前を通るとはいえ、今日は行くと一言も言っていない上に渡せるものもこれといって無い。
「おい」
声にびくりと体が強ばる。その声は普段聞き慣れ得た声で、今一番会いたくなかった人間の声である。
「…考え事してたから気付かなかったよ…。こんばんは、吉影さん。」
顔を上げると、玄関の前で腕を組んでいる吉良吉影の姿が確認できた。
「こんばんは名前。上がって行ったらどうだ。」
そう言われて断る訳にもいかない私は内心重苦しいものを抱えながらもその玄関をくぐった。
畳に敷かれた座布団に腰を下ろすと、吉良はお茶を淹れてくれた。私がコーヒーも紅茶も飲めないというのは、一度二人でカフェへ行ったときに把握されている。
私はその湯のみに手を当ててかじかんだ指を暖める。じんわりと広がる温度に体の筋肉が弛緩していくのが分かるようだ。
ふう、と息を一つついて自分の分のコーヒーを持ってテーブルをはさんで向かいに座る吉良を見た。
「吉影さん。」
「なんだい?」
マグに口をつけたところで話しかけてしまったのは少しマが悪かっただろうかと思う。閉じた口の中で軽く舌打ちをする。
吉良は一言私に返してからずず、とコーヒーを啜る。
「何で…外…しかも玄関の前に居たんですか?今日、寒いのに…。」
お茶と吉良の手元に視線をうろうろとさせつつ問う。誕生日を知らなかった上に何も用意出来てない情けなさから挙動不審になっている。自分でもそれは分かるが、自然にそうしてしまうのだ。
「ああいや…君に会いたくなって、ね。」
その言葉にばっと顔を上げると吉良は少しばつが悪そうにはにかんでいる。こんな顔を見るのは初めてのように思う。
少し顔が赤くなるのを自覚しつつ、自分の手に目を落とす。吉良にもらった良質のハンドクリームを毎日塗っているおかげでその手は常にきめ細やかな肌をしている。
「そう…ですか…。……」
しん、と部屋が静まり返る。私は間を取り繕うようにお茶を一口飲む。少し熱めのそれは、熱さをそのままに喉を通り、気付けば熱は感じなくなる。
「あの」
そんな気まずさを吉良は特段感じていないのか、いつものように澄ました顔でコーヒーをちみちみと飲んでいる。
「誕生日、おめでとう…あの、私実はそれを知らなくって何も用意出来ていないのだけれど…。」
段々声量が小さくなってくる。胸の重苦しいものがじわじわと重さを増していく。
ちらりと吉良を見ると、心底驚いたような顔をしていた。
「あのォ…」
「ハッ…!いや、いいんだ。君がそんな事を気にしているとは全く思わなかったから…。ただ…」
意味深に区切られた言葉になにか言われるんだろうなあ、と嫌な汗が背中を伝う。
「君も、今日は誕生日だろう?」
「………?」
今度はこちらが驚いた顔をする番だったようだ。何度か瞬きをしてから、頭が急速回転する。
「あ!ほ、本当だ…!」
吉良はにこりと笑って、背にしていた棚からかわいらしいラッピングの包みを取り出す。
「ハッピーバースデー、名前」
テーブルを跨いで渡された包みは思いのほかずっしりとしていた。
「…開けても?」
「どうぞ」
綺麗に結ばれたリボンをしゅるりと外す。マットな生地の袋から出て来た箱には、マニキュアがいくつか並んでいた。色とりどりで、ラメ入りの物もある。ご丁寧にトップコート、除光液まで同梱してあるようだ。しかもその箱には有名なブランド名。値が張るのは一目瞭然だった。
「あ、ありがとう吉影さん…。ごめんなさい、私…すぐお返しも出来なくって…。」
「いいんだよ、お返しは…そうだな、君がそれを美しく使ってくれたらいい。その綺麗な手は是非着飾ってほしいんだ。」
後日、彼女は行方不明になっていた。マニキュアが美しくぬれるようになってすぐだった。
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