カラン、と汗をかいたグラスを氷が弾く。
じっとりと暑い夏にその音はあまりにも冷たすぎた。
氷を挟んだ私たちの間には沈黙しかなく、私は冷や汗をだらだらと流す。


あまりの暑さに私はその日、杜王の観光スポットでもある浜辺を一人歩いていた。
といっても、黄昏れていたとかそういう訳ではなく、本当に純粋に部屋の熱気にあてられていたからだ。
たくさんの観光客でごった返す海に足を入れようと思う気にもなれず、ただ砂浜を歩いていただけで、なんだかんだでただ髪がゴワついただけだった。

「あ、仗助くん」

浜辺を離れ少し町をぶらついていると、特徴のある髪型が見え隠れした。
声をかけるとその顔は人ごみを避け、段々と露になる。

「お、名前じゃねえか。どうしたんだよ、休日に一人で。」

段々とこちらへ近付いてくる仗助くんは爽やかに笑って私に話しかける。

「うん、部屋が暑くって浜辺に出てみたんだけど…やっぱり人が多いね、この時期は。」

仗助くんはそれに苦く笑ってそうだな、と言った。


「そういや仗助くんは何か用事があって出てたの?引き止めてたんだったらごめんね。」

特に行くアテもなく、適当に道をふらついていて、会った時に仗助くんが一人だった事に気付く。
誰かと会うつもりだったのか…何かを買いに行く途中だったのか。
どっちにしろ引き止めてしまったなら申し訳がない。

「あ〜〜〜〜…いや、本当は康一達とどっか行くかって、特に予定も無しに言ってたんだけどよォ…急に用事が入っちまったってんで、オジャンになっちまってよ。で、家に居るのもなんだからってこの辺うろついてたんだよ。」
「ふうん…」

かなり上にある仗助くんの顔をちらりと見ると、何故だか楽しそうに笑っていて不思議に思う。
ドタキャンされちゃったってなら、少しくらい怒るもんだと思っていたんだけど。

「でも、それで名前に会えたんならそれはそれで良かったかもしんねえな。」

前を向いたままにやりと口角を上げた仗助くんはとてもかっこよく思えた。

「な、時間があるならドゥ・マゴにでもいかねえ?」


「でもオメー、いっつも課題だなんだって外に出たがらねえのに…よくこの人が多い中でて来たよなあ。暑いたって今時空調くらい…」

あ、俺アイスコーヒーと店員に注文しながら言う仗助くんに私は笑って、私はオレンジジュースでお願いしますと店員に言う。

「オレンジジュース?」

怪訝そうな顔で仗助くんが問うので、私はなんだかおかしくてまた笑う。

「うん、そう。オレンジジュース。私、実は紅茶もコーヒーも飲めないんだよね。苦いのが苦手っていうか…あ!でもここのオレンジジュースは美味しいから好きっていうのもあるんだけど。」

店員が後ろへオーダーを通し、私たちに値段を告げる。
私たち学生らしく、自分が頼んだものの分をきっちり割って払う。

「へえ、そうなのか。名前って紅茶を飲むイメージがあったぜ。」
「あはは、何それ?変なの!」

やがて渡されたトレーを仗助くんに任せて、私はバルコニーの席をとる。


「そういえば、何で外に出たのかって言ったっけ?酷くない?私だって外に出るよ。」

クスクス笑って言うと、仗助くんはまた苦く笑う。

「すまんすまん!いや、でもお前ほんとに外出たがらねえだろうがよ。」

そういってストローからアイスコーヒーを一口のむ仗助くん。
彼がストローを咥えるたびに、温度計の表示が下がっていくようにカップの中の黒い表示は量を減らしていくのがなんとも面白い。

「う〜ん…まあそうなんだけどね。課題に煮詰まっちゃって、あとさっきも言ったけど暑いんだよね部屋。クーラー壊れちゃって。扇風機では紙飛んでっちゃうし…。」

昨日からうんともすんとも言わない家の空調機を思い浮かべてため息をつく。

「へえ、壊れた…ね」

仗助くんは意味深にそう呟いて、視線をせかせかと大通りを歩いて行く人達に向ける。
私はあまり量の減らない自分のグラスに視線を落とし、特に意味もなくストローでかき混ぜる。
カラカラと鳴る氷で気持ちが涼しくなる。もしかしたら冷や汗で本当に少しだけ体温が下がったかもしれない。
仗助くんが何を考えてるのかは私には分からないけど、いや、分からないからこそこの沈黙は少し痛い。
何か話題があるだろうかと考えるものの、これといって話が膨らみそうな話題が見つからない。
私はせわしなくオレンジジュースをかきまぜたり、少し飲んでみたり、ちらりと大通りに目を向ける。
しかしどうやっても沈黙が途切れる事はなく、なんだか意気消沈してしまいそうだ。
ふう、とため息をひとつついて、ジュースをかき混ぜる事に徹していた手を止める。
そのストローからまた少しジュースを口に含んで、仗助くんを眺めてみる。
仗助くんの横顔はとても整っていて、まるで何か絵画のようだ。
石像とも言い換えたいところだが、石像にない色やつや、現実味の無さはそのまま絵画だった。
すっと通った鼻やぱっちりした目、すっきりした輪郭…ハーフだと言っていたが、それだけが原因だと思えないかっこよさや爽やかさがある。
こんな人と二人でお茶をしていたら、いつか道ばたで後ろから刺されそうだな…なんて事を真剣に考える。

ふと
本当に不意に仗助くんがこちらを向いた。
私はストローを咥えたまま硬直する。生温い風が頬を撫でた。
すると仗助くんは少し目を細めて、薄く笑う。
本当に現実味が無い、そう思ったが、事実仗助くんはここにいる。中身の減ったグラスがそれを裏付けていた。
私はなんだか恥ずかしくなって、少し目線を落としてジュースを飲むが、中身がもう無くなっていたのかストローがみっともない音をあげるだけだった。
私はさっきよりもずっと恥ずかしくて、仗助くんと目が合わせられない。

「なあ、名前」
「はっ!はい!!」

仗助くんは真っ赤になった私を見てさっきよりもあからさまに、にんまりと笑う。

「クーラー、直してやってもいいんだけどよォ〜〜…その代わり…」

突然の言葉に私はごくりと生唾を飲む。
その代わり…?いや、そもそも仗助くんにあのクーラーが直せるのだろうか。機械に強いなんて話聞いた事ないのだけれど。

「今やってる作品、見せてくれよ。俺、お前のセンスには一目置いてんだよなァ」
「そ…」

もっと無理難題を言われると思った私はなんだか拍子抜けしてしまった。
仗助くんはいたずらっ子のように歯を見せて笑う。なんだ、全部お見通しとでも言いたいのだろうか。

「それなら全然構わないよ。ただ…本当に直せるの?」
「あたぼーよ!この仗助くんを舐めないでくれますゥ?」
「舐めてなんかないけどさあ〜〜…」




「え、あれ、本当に直った…」
「だから言ったろ、俺に不可能は無いってーの!」
「ええ〜〜!なんで!?どうやってやったの?」
「秘密ゥ〜〜〜」


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