日が傾き、美しい真っ赤な色が地へ落とされる。
そんな時だ、彼女を見つけたのは。
彼女は浜辺で一人、紺色のボックスプリーツに砂が入り込むのも気にせず小さく座っていた。
潮が引き始め、いつもあまり目にしないような海洋生物が浅瀬に顔を出していた。
観光客もこんな半端な時期、半端な時間帯には流石に居ないようで、彼女の存在だけが浮いている。
流石に冷え込む時期だ。長袖とはいえ、カッターシャツだけでは冷えてくるだろう。
「おい」
あまり近付いて怖がられたら厄介だというように、承太郎は少し離れた場所から話しかける。
しかし承太郎は背が高い。しかもこんな広く開けたところでは余計に遠近感が狂う。
「…なんです、か」
少し離れているからといえ背の高さは緩和されてもオーラは隠せない。
彼女は機嫌悪く声を出したかと思ったら、すぐにそれは恐怖を抱く声になる。
承太郎はそれに気がつき、小さくため息をつく。そして手に持っていたバケツを彼女に差し出し、自分もしゃがみ込む。
ちなみにそのバケツは普通サイズなのだが、承太郎に持たせたらたちまち小さく見えた。
不思議そうな顔をする彼女に承太郎は少し同じような顔を返したが、彼女にはバケツの中身がパッと見て見えないのか、と気付いた。
「ヒトデだ。」
これでいいだろう、というようにバケツを横に倒しながら言う承太郎。
「そ…そうですね…?」
ヒトデと承太郎を交互に見て先ほどよりももっと不思議そうな顔をする女の子。
「これはトゲモミジガイ。普通はドロの中に居て、水中での移動がとても速い。夕方から夜中によく活動するんだ。さっき捕まえてきた。これはキヒトデ。茹でて食える。」
バケツの中で蠢いているヒトデを指先で掴んでは少女に紹介して明後日の方向に投げる、紹介しては投げるを繰り返す。
彼女はえらく混乱している様子で、飛んでいくヒトデを目で追っている。
「ええっと…、詳しいんですね、ヒトデ。」
漸く絞り出した言葉は少なかったが、承太郎はそれでヒトデを投げるのをやめて手でこねくり回すように弄り出す。
「ああ、俺は空条承太郎、学者だ。海洋学専門でな。最近はヒトデやイルカを主にして研究している。」
腹を見せられたヒトデは、必死に触手を動かして元の体勢に戻る。その移動でべちゃりと承太郎の手から落ちた。
「私は名字名前って言います。隣町に住んでるんですけど、進路の事で親ともめちゃって飛び出てきちゃったんです。………あ〜あ、ヒトデって遠くから見たら星みたいなのに、近くで見たら結構グロテスクなんですね。」
にこりと笑う少女の目のまわりがほんのりと色付いていることに承太郎は気がついたが、特に触れなかった。
それが地雷だったらめんどくさいのだろうな、と思っただけだが。
「空の星にしてもそうだ。近付いたら実は全く違うものなんだ。」
もうバケツにヒトデは残っておらず、代わりにヤドカリが小さい歩を懸命に進めてバケツに入り込む。
名前が小さくつつけば、殻にこもってしまう。
「夢が無い事言いますね。私の親そっくり。」
自嘲気味に笑う彼女の顔に、承太郎の頭にふと自分の妻が過る。
(たまには帰ってやらないと、徐倫が熱を出したっていうのも心配だ…だがこの案件を手放す事は出来ない…。すまない…)
目の前の顔を見ているのに考えるのは海の向こうの人というのは、なかなかどうして変な気分になるものだ。
まだ知り合って数十分も経っていないような少女の頭に手を置いて、あまつさえ撫でくり回す。
「うわひ、空条さん!?」
乱れる髪の毛を気にしてか、承太郎の手に触れないにしろ抗議の声を上げながら毛先をさらさらと整える名前。その様子さえも、承太郎からすれば妻を思い出させた。
「承太郎」
「え?」
撫で回る手はとてつもない慈悲に包まれていて、名前はなんだか自分のお父さんに撫でられているような気分になって、目の奥が熱くなる。唇が震える。
「承太郎だ。」
「…ぅ、じ、承太郎さん…」
涙をはらはら流す名前を見ていたら、自分の不甲斐なさと情けなさが押し寄せて来て、承太郎も何故か涙が溢れそうだった。
そんな顔を見ず知らずの女子高生に見られるのは、いくらなんでも自分のプライドに関わる。
撫でていた手とは反対の手を名前の背中に回して、自分の肩口に名前の口を埋めるようにする。
「さんなんて付けなくていい…いや、付けないでくれ。承太郎と…そう、呼んでくれ。」
なんて情けない声なのだろうと承太郎は震える唇で薄く笑う。
腕と肩口に抱かれた名前は小さく嗚咽を漏らしている。
「じょうたろお…じょうたろ…っく、うう…。」
何故彼も泣いているのだろうか、名前の知る由もない。だが、なんだか自分と同じようなものを感じた。
はたから見れば、赤く照らされた海辺で若い大人と少女が抱き合って嗚咽を小さく漏らしているというなんとも倒錯的で芸術的な光景なのだが、生憎未だ誰も通らない。
この赤が青に染まる頃、彼と彼女はまた散り散りになるだろう。だが、それが別れではない。
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