コンチキチンといつもであれば滅多に聞く機会の無い音が夜を明るく彩る。
辺りは電灯や提灯で赤く染め上げられ、道をゆく人も大半が和装だ。
蒸し暑い気温を忘れるかのように氷を頬張る人もいれば、浴衣の裾を浸さないように気を使いながらいたいけな亀を小さなポイで救い上げようとする若者も居る。
名前は今正にその空間の最中におり、しとどに汗を垂らすのだ。
広い道は人がごった返し、時折道端に構える鉾にカメラを向ける。
勿論名前達も例外ではない。その為に遠路はるばる京の地まで足を伸ばしたのだ。いつもならこんな事が出来る訳無いのだが、周りの大人の好意からそれが叶った。
「人、多いね。」
地元の人間が発しているのであろう京都の言葉と、時折聞こえてくる観光客の声が耳に木霊する。
通行止めされた四条通りは、つい先日ここを訪れた際には感じられなかった熱気があった。
「だなァ。遂に億泰ともはぐれちまった」
因みに真っ先にはぐれたのは康一と由花子のペアだ。承太郎達も訪れてはいたのだが、最初から別行動をとっている。
彼らペアがはぐれたのは何となく意図的な気がするんだよな、と名前はぼんやりと思う。きっと仗助も何となく分かってはいることだろう。
しかし問題は億泰だ。彼が迷ったときはなるべくどこかしらの鉾の近くに居ろとは言うが、彼に鉾と山の違いを教えるには時間が足りなすぎた。
彼とはぐれた地点から逆算して考えるしか無いのだろう。二人はため息をひとつ吐いて、近くの出店に足を伸ばすことにした。
フルーツ飴と大きく書かれた屋台には若い男の人が必死に客を捌いていた。これだけ大勢の人間がいるのなら掻き入れ時なのだろう。
「どれにする?」
仗助が財布を出すのをちらと見て、名前も慌ててそれに続く。しかしそれを仗助が手で制し、何事かと思う名前ににやりと笑ってから「奢られてくれよ」と言った。
名前はそれを聞いて少し困ったように笑い、小さくお礼を言った。
「あ、ううん、じゃあ…りんご飴がいいな」
「りんご飴な!俺ブドウ飴にしよォ〜〜。兄ちゃん、りんごとブドウ、ひとつづつ。」
にこやかに店の男性に言うと、頭にタオルを巻いた店の男性も明るい笑顔でまいど!と返した。
聞き慣れない関西の言葉に私たちはほんの少し顔を見合わせて笑った。既に出来上がっていた飴をすぐに手渡してもらい、それから代金を払う。
「カップルさん、観光楽しんでな!」
最後に大きな爆弾を投下した事を除いて、彼は好青年であった。
名前と仗助はその言葉に顔を固まらせ、店から去る。手に持つフルーツ飴が今にも手から滑り落ちそうなくらいの動揺が二人を支配する。
「まあ、男女二人がお祭り来てて、しかも奢ってもらってたりしたらそりゃ勘違いするよね。はは、あはは」
乾いた笑いを漏らす名前はその緊張と動揺に塗れていた顔を無理矢理綻ばせ、仗助に話しかける。
それに合わせるかのように仗助も苦く笑い返して、何かに気がついたのか、すぐに顔を引き締めた。
「…勘違いじゃなくていいんじゃねーの。」
大きく風が吹く。台風が近いと予報で聞いた記憶が名前の脳裏を霞める。今東日本はかなりの被害が出ているとか、なんとか。
風邪に吹かれて近くに飾ってあったらしい風鈴が一気に鳴り響く。何十もの音が重なったのを思うと、近くで風鈴を売っていたのかもしれない。
「ごめん、風鈴で聞こえなかったや。何て言ったの?」
仗助に近付いて、聞き逃した言葉を必死に聞こうとする名前に仗助は少なからずショックを受けた。
自分からしたらちょっとした人生のイベントだったのだが、それを風の一陣で破られた。そう思うとなんだか異様に虚しくなった。
「手、繋いでないとあぶねえつったんだよ」
もう一度言う気にもなれず、仗助は手を差し出す。名前は少し戸惑ってから、おずおずと手を伸ばした。
それを力強く、かつ痛く無いように握って歩く。億泰が居るのはきっと反対方向なのだろうが。
(すまん億泰、あとほんの少しだけ待っててくれ。…それか、ちとキツいかもしれんが康一達と合流しててくれ!)
仗助がそう強く望むのを知ってか知らずか、名前もそれに特に意見する様子も見られなかった。
ふと名前の顔を見ると、唇についた飴を少し舐めたのか、真っ赤に染まった舌がちろりと覗いた。唇も飴の着色料が張り付いていて、舐めるだけでは全くもって取れていなかった。
仗助はその様子に耐えられなくて目を逸らす。しかしあまりに艶やかで背徳的なその姿はまぶたの裏に焼き付いたかのように離れない。小さく頭を振って、雑念を追い出すようにブドウ飴を豪快に齧った。
ぼくらの夏はこれからだ!
back /
top