彼女は驚くべきことに、ものを『無かった事にする』能力を持っていた。
それは、腐った死体を無かった事にしたり、俺たちの目撃情報を無かった事にするような事ができた。
ただ、死体を切りつけたナイフの血痕は消えなかったし、目撃者がその場所に来た痕跡も消えなかった。
消せるのはその個体や概念だけであり、そこから生まれる関係性が消える事は無いようだ。
ついでに言うと、『死』という概念だけは無かった事には出来ないようで、このチームへの配属のキッカケとなった両親の死や、彼女自身の手で殺した犯人の死が消える事は無かったらしい。
ところで本題だが

「おはよお」
「ああ、おはよう。」
「ん…あれ、ソルベとジェラートは?」
「…」

彼女は自分の記憶を無かった事にしているらしい。
それだけでは何のことか皆目見当もつかないかもしれないが、つまるところ
彼女は、ソルベとジェラートが死んだ記憶を消している。
その記憶を消したところで、ソルベとジェラートが生き返る訳でも無い。
これでもう何度目だろうか。
数えるのも大変になってきた。
ソルベとジェラートが死んでから早1年と少し、彼女は毎日記憶を消し続けている。
最初の方は、何を言っているんだこいつはと思っていたが、毎日毎日やるものだから、なんだか哀れにさえ思えてくる。
昔は聞かれるであろう朝にその事実を述べてきたが、彼女は聞かされてから丸一日泣き続ける。
それが毎日、しかも泣いた事実を『無かった事にして』いる訳だから、当然精神的身体的には削られる一方だ。
最近はそれを考慮して、夜、彼女が寝る直前に言い聞かせるようにしている。
何故死んだ事実を聞かせるのか。
彼女には人の死を受け止めて欲しかった。
ソルベとジェラートが死んだと、認識させる事であいつらを安心させたかったからだ。


そして夜。

「おやすみなさい、プロシュート。」
「…おい待てマンモーナ。」
「失礼ね。何よ」

何度このやり取りをしただろうか。
毎回少しずつ言葉に変化はあれど、ほんの些細な事で全くこれからの事に影響が無かった。
俺はペッシにするように、彼女の頬を持って、額を合わせる。

「ソルベとジェラートは死んだ。お前も知っている筈だ。
一年程前、二人の死体が送られてきた。覚えてるだろ、分厚い送り物をよ。
そろそろ受け止めろ、往生際が悪いぞ。」

はらはらと涙を流す彼女に言い聞かせる。

「ねえプロシュート」
「…!」

この展開は初めてだ。
いつも、俺の話を最後まで聞いたら、フラフラと寝室へ向かって泣いていた筈だ。

「ごめんなさい、私知ってたわ。彼らが死んだのは。
全ては私の我儘なの。
記憶を消しても、消した事実は残るわ。記憶を消したという痕跡が毎回残っていたの。
それが積み重なって今日、やっと全てを受け入れる覚悟が出来たわ。
今まで何百回と消さなければいけなかった記憶を受け入れられるまで、こんなに時間がかかってしまった。
怖かったのよ、プロシュート。
何度も何度も教えてくれてありがとう。
私、強くなったかしら。」

今度はどうやら俺が泣く番だったようで、床に暖かい液体が落ちる。
ああ、俺の努力は報われたのだ。
彼女の努力も、ソルベとジェラートの努力も、全て。

「ああ、お前は強くなった。とても。」

俺は彼女を抱き締めて泣いた。
声を上げる事は無かったが、静かに、目から溢れ出る熱が収まるまで。


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