他人が隣に座る、ぎしりとソファや椅子が沈むその感覚に安心感を覚え始めたのはいつ頃だろうか。
少なくとも暗殺業を始めてすぐの頃は、そんな事を思う余裕がなかったように思う。
ちらりとも隣を見ることなく、先ほどまで目を走らせていた本を読み続ける。
カサリと紙の音が鳴る。
ただ自分は本をめくった覚えがないから、隣に座っている彼女が紙を弄ったのだろう。
そもそも暗殺を生業としている以上、全てに気を配るべきだと俺は思う。
例えアジト内でも、だ。
だから俺は安心感をもたらされる反面、安易に人物の方向を見なかった。
もし相手が敵だったとして、俺はアジトでぼーっと丸腰で居る人間であり、相手はどこかに武器を隠し持って構えているかもしれない。
そこで振り返ってみろ。一発でサヨナラだ。
もし近くに知らない人間が居たのなら、まずは相手のステータスや武装状況を確認しろ。これが第一だ。
…といっても隣に座って居るのは知り合いであり、仲間である。
すぐに張った気を緩める。
ちらりと彼女の方向を見やると、何やら書類を読み込んでいるようだ。
イタリア語の書類に、所々日本語が書き込まれている。
知らないイタリア語はときたまそうやって調べているらしい。勉強熱心なこって。
彼女はジャポネーゼだが、大学でイタリア語を勉強していたらしい。
そのため、訛ってはいるが比較的流暢なイタリア語を話す。
会話の中で若者向けのスラングが飛び出すと、その度になにがなんだか分からなかったという顔をする。
日本ではスラングなんてものは習わないらしい。
確かに汚い言葉が多いのも事実だからな。
日本ではどうか知らないが、英語やフランス語では文章のみで使われるスラングというのもある。
それは大抵辞書には載っていなく、電子機器は依頼を受け取る為だけのパソコンしか無い(もしかしたらメローネは別途で持っているかもしれない)うちにとっては調べられないと同義だ。

「くう…ねえギアッチョ、これなんて意味?」

降参だと言うように彼女は俺に文を見せながら問う。
彼女は基本人にものを聞くのが苦手らしい。
聞くときは大抵、苦虫を噛み潰したような顔をする。
非常にブサイクである。
そろりと書類を見やる。

"azupep!!Figlio di puttana!"

「…」

はあ、とため息をつく。
誰だこんな物を送りつけた奴は。
まあこれだけでは何もわからないか、と前後の文を読むと、どうやら昔叩いた組織の残党が俺たちを覚えていたらしい。
なんて失態だ。

「ね、どういう意味なの?」

教えるべきかそうでないべきか思案するが、この仕事は長引きそうだ。
残党狩りほど面倒なものはない。

「…あ〜…。直訳でいいか?つーかこれ絶対リーダーのだろ」
「うん?そうだよ。リーダーの仕事を分けてもらったの。直訳で良いから教えて」

いいのか…いいのか直訳で…。
他に言い回しはあるんだろうが、そもそもあまり使わない言葉であるし、普段は感覚で飛ばしている言葉なのであまり意味まで考えた事が無かった。
直訳だと発音は文章と変わりないだろうと、彼女はスタンドを発動し、俺に触れる。
あー、あー、プロント〜
と言うと、どこで変わったのか、聞こえてくる言葉は日本語だった。
彼女の能力はこのように触れた人間の言葉を違う国の言葉に変える。
…という訳ではなく、いやそれもスタンドの能力で間違いはないのだが…。
彼女のスタンドは、空気の波長を変える能力だ。
それを応用して、俺の声帯を日本語らしくしているらしい。
よく分からん。
その能力をもっと暗殺者然とさせると、超音波で敵の頭をおかしくしたり出来る…らしい。
その場に居る者全員が危険に晒されるので、基本任務は彼女の場合一人だ。
そうでない場合はあまり能力を使わず、銃などで応戦する。
空気の震えを操作出来る彼女にとって、銃や飛び道具は相性が良いようだ。
話がずれたが、彼女の能力によって日本語らしい言葉を話す俺は、こほん、とわざとらしい咳をした後、その言葉を口にする。

"azupep!!Figlio di puttana!"

その言葉はどこかで変換され、日本語になる。

「このシチリア人が!売春婦の息子野郎!」

俺は何を言っているか分からないが、彼女は相当ショックだったようだ。
顔が青ざめている。

「ああ…おお…そう…そ、そう…」

スタンドを解除されたのを確認するために、もう一度
あー、あー、プロント〜と言うと、いつも聞いている言葉が耳に届いた。
彼女はいまだに青い顔をしており、なんだかとても気まずそうな顔をしていた。

「おい、悪かった。だからそんな顔するんじゃあねえ。どうせチンピラ共の戯言だぜ。」

すると、彼女は途端にほっとした顔をしてこちらを見る。
その顔だけでこちらもなんだかほっとした気分になる。

「…そうね、そうだわ。こんな物気にする必要なんてない。 」

ふんす、となんだか決心がついたような顔をする彼女に、
なんだろうという気分にもさせられる。

「ねえ、ギアッチョ。この書類、仕事の依頼なのだけれど、今回のこの依頼は、私が受けてもいいかしら。」

ああなるほど、と思う。
彼女はこの依頼をリーダーに負担をかけさせることなく終わらせることだろう。

「ああ、いいんじゃないか。 」

そう言うと、彼女はにっこりと笑って

「ええ、ありがとう。」

と言って何やら奥に駈けていった。
多分リーダーに依頼を受けるということを言いに行くのだろう。
彼女のその優しいところがとても良いところだと思う。
まぁ、彼女だけではチンピラともいえども、一人で相手をするのは大変だろう。
建物の中の人間は彼女に任せるとして、建物の外にいる人間は俺が相手をするとしよう。
たまにはこういうこともいいんじゃないだろうか。
少し心が浮き足立ったが、これは仕事だという風に気を引き締める。
彼女が依頼について話し終わった後に、その相方は俺がやらせてくれ。とリーダーに言いに行くことにしよう。


彼女が戻ってきて数分後。
リーダーが自ら俺のもとにやってきて、

「今度の依頼の相方はお前に任せる。」

というものだから、なんだか全てがうまくいっている気がする。
多分、このままいくと仕事も必ずうまくいくだろうという確信を持って、とても良い気分で自室に戻ったのだった。


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