手櫛で通した髪がきしりと鳴る。
それもこれも、氷を使う事が得意な彼が空気中の水分を全て氷に変えたからだ。(実際のところ全てではないのだろうけれど、私にはそれくらいの勢いがあったように感じた。)

「ごめん、私全然役に立たなくて。」

未だ絡む髪を遂に諦めて、名前は声をもらす。
少し泣きそうな声なのは怒鳴られると思ったのだろうか。それとも、自分の使えなさが悔しいのかもしれない。
ギアッチョはその声につい舌打ちをしそうになる。名前を怒りたいのではなく、名前にそんな声をさせているという事実がどうにも耐えられなく、腹が立った。しかし舌打ちをしたところで名前が怯えるだけだというのもギアッチョは理解していた。だからこそ寸でのところで止めることが出来たのだ。

「謝ってんじゃねえよ、クソッ…。何がどうであれ成功すりゃいいんだよこんなモノは」

ぶっきらぼうに放ってしまった言葉に、ギアッチョの怒りがまた一つ積もる。
完全に自業自得であるのだが、ギアッチョからすれば誰が何をしようとイラつくものはイラつくのだ。

「うん、ありがとう」

まだ少し沈んだ声で名前はうつむき加減にそう告げる。
自分のスタンドは如何せん不便であると名前は自覚をしていた。
それこそギアッチョと組めさえすれば何かと使い物にはなるが、今回はそれも叶わなかったのだ。名前が気に病むのも仕方無いと言えよう。
名前のスタンド『ア・フラワー』は、その名前に反してかなり致死性の高い過激なスタンドだ。手にもつ如雨露に草花の毒を凝縮して、細い口から水分として放射するというものだ。
だが今回はその水分の蒸発が異様に早かった。というのも、その毒というのが元来そういう性質だったようなのだ。
ターゲットを殺めてから一瞬、煙に包まれたような感覚が名前達を襲った。それが全てその毒だった。
この花の毒がこんなにも気化が早いなんて、と名前は息を呑む。
その時にギアッチョが花の毒を氷にするべく、大気中の水を氷に変えたのだ。空気中が酷く乾いているのはそのせいだった。


 乾いた空気というのは音がよく響く。その音の波を邪魔するものが無いからだ。
本当に僅かな音だった。小さな足音は明らかにこちらの様子を伺っていた。それに気がつかない暗殺者など居ない。

(何人?)

分厚い防弾の扉だ。身を寄せ超えを抑えれば向こうに感付かれる事は無い。何て言ったって湿度が格段に違うのだ。
そして探査能力に関しては、ギアッチョが名前より数枚上手だった。静寂のスタンドだからだろうか、と名前は勝手に想像する。本体は静寂とは無縁そうな人間であるのだが。

(1…2…………ぴったり5人。全員武装した男だ)

目つきの悪い顔を更にしかめて必死に人数を数える。
時折金属が擦れる様な音がするのは、彼らが銃火器を所持しているという事だろう。
相手が突入してくるのは時間の問題だ。足元に転がる死体を蹴り、角に寄せて戦闘態勢を取る。
ギアッチョがドア上に足場じみた氷の塊を作り、名前はすぐにそれに上る。いつもの手段だ。目配せさえも無くその体勢は作られた。
しかしやはり気持ちはそうもいかないのだ。ギアッチョは一人小さくため息を吐いた。その次の瞬間にドアが大きな音を立てて開かれる。
いつもの手段、というのはこういう状況にもっていく事が非常に多いという事だ。
ドアを開けたら構えてもいない(ように見える)ギアッチョが立っている。それに気付き、すこし余裕を持った敵が部屋に足を踏み入れた途端、上から毒入りの雨が降り注ぐ。ギアッチョはスタンドをヘルメットのように装着している。これは名前たっての希望で出来た作戦だった。
そも、名前が殺しに出る時、相方はサポートの場合が多い。その方が燃費がいいからだ。それ以外の事もあるのだが。

「死ん…だかなァ。分かんないな、これ」

目を見開いて倒れているターゲットに名前は何かしらのスイッチが入ったかの様にふらりと近付く。ギアッチョはそれに呆れた様な視線を投げ、ポケットにしまったデジタルカメラを取り出し、ターゲットの写真をそれに収める。
名前はふところからナイフを取り出し、死体に突き刺してもてあそぶようにしている。名前は快楽殺人者であったのだ。
快楽殺人者というのは自分勝手な殺人をする。だからこそ相方がそのストッパーとして、または情報管理の為に同伴させられる事が多い。メンバーは名前の行為に口出しはしないものの、進んでサポーター役を請け負う者は居なかった。これが『それ以外のこと』だ。

「死んだ?死んだかな〜。こんなモンかあ」

いつの間に出したのだろう。死体から針金がそこらに出ていて人間ではない他の生き物のように見え、ギアッチョは眉をしかめた。

「ほれ、帰るぞ」
「はァーい」

血に濡れた名前の手を取り、ギアッチョは先ほど敵が入って来た扉から出て階段を下りる。名前も何も言わずにそれに付いていった。
外に出たらそれからはもう殺しなんて無かったという風だ。そう考えてギアッチョはまたため息を吐いた。


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