暗闇に靡く青は清新で、鮮烈で、とても美しかった。


少し、小難しい話をしよう。
プルキニェ現象という言葉を知っているだろうか。プルキンエ現象と言われることもある。
理科や科学、もしくは心理学に興味がある人間は耳にしたことがあるかもしれない。
プルキニエ現象とは、明るい場所では赤色やそれに準じる暖色が、逆に暗い場所では青色やそれに準じる寒色が、より鮮明に視認できるという現象だ。
理由は眼球内の視細胞と呼ばれる二種類の細胞が関係しており、その二種類は場の明暗により活動する数が増減する。
そして、その二種類の細胞のうち明るい時に活発に動くものは暖色の視認を得意とし、逆も然りというわけだ。
なぜそのような得意分野のようなものが生まれるのかといえば光の波長の長短が関係してくるのだが割愛しよう。
いくら魔術師といえど簡潔に話を進めるべきなのである。

ーーと、彼女は一息に説明をする。
ホワイトボードに書かれた先の尖った細胞と先の丸い細胞をじっとりと見つめていたランサーはつまらなさそうに口を開いた。

「だからなんだってんだ。」
「だから、ランサーは夜になると見つけやすいってこと。」

はあ、と気の抜けたため息をついたランサーは腹側に回した椅子の背もたれにより一層体重をかける。
苦しそうに音を上げた椅子に憐憫の情を向ける人間は誰も居ない。
名前は生き生きとした顔でランサーの反応を伺っていたが、どうやら期待通りの反応では無かったらしく期待外れだという気持ちと時間の無駄だったという呆れと少しの怒りが混ざった複雑な顔をしていた。
しかし興味の持てないものは尽く持てないものだ。特にこのように椅子に座って学ぶような話など、ランサーにとっては退屈以外の何物でもないといったような感じだ。

「ま、今回は私が勝手に言い出した事だからいいや。そろそろ夕方だから夕飯の買い出しに行きましょう。
今日は牛乳と卵も買いたいから、着いてきてくれる?」
「へーへー、お姫様の仰せのままに」
「嫌味ったらしいったら」

引き出しから折りたたまれた不織布のエコバッグを取り出した名前は苦く笑ってランサーを小突く。
買い物に同行願う度にこれなのだから、もうお決まりの流れと言っても過言ではないだろう。

「夕暮れ時ってのは、赤と青どっちが見やすいんだよ」

ふと、信号を待っている時に気が付いたように言った。

「私の話、一応聞いてくれてはいたんだ」
「そりゃあ」

そこまで言ってランサーは口を噤んだ。
次にはきっと「お前の一言一句聞き逃すものか」とでも続いたのだろうが、その言葉は空気を震わせる事なく消えていった。
そりゃあ、の後に言葉が続くものだと思って口を開かなかった名前も沈黙に何かを察して質問に返答すべく小さく息を吸い込んだ。

「夕暮れ時は二つの細胞が入れ替わる時だけど、といっても見え方は活発な細胞が多い方に拠る……んじゃないかな。多分、今のこの道の見え方と帰りの時のこの道の見え方は変わっていると思うよ。」
「ふうん」

本当は私の専門分野じゃないんだ、と乾いた唇から音を漏らす名前にランサーは少し思案したが、また息を吐くついでのように「ふうん」と相槌を打つだけだった。

「……私がランサーを初めて見たのは夜だったでしょう?」
「どうだったかな」
「夜なの。ああ、もしかしたらランサーは私の事を見ていなかったのかもしれない。戦いは遠目に見るだけだったから」

聖杯戦争に直接戦闘という形で関わらなかった名前は、聖杯を求める事も無く、誰かに勝利を託す事も無くただただランサー達の戦いを見つめていた。
何かを観測しているような、監視をしているような不気味さを初めは感じだのだとランサーは記憶している。
つまるところランサーは名前に対して第一印象はあまり良くなかった。

「それでね、初め……確かあの時のランサーの相手はライダー……いや、バーサーカーだったかな?まあいいや。
だから、薄暗いパーティー会場で真っ青のドレスを着た女性を目で追うように、ランサーのことばっかり見てた」
「お前、例を言うの下手なんだから無理矢理言わなくていいんだぜ」
「うるさいなあ……」

「だからね、私がランサーのことを好きになった理由の一端にはプルキニエ現象があるって気が付いたってわけ」
「じゃあ俺がお前のことを愛してるのは」
「それは純粋に愛!」
「あ!小賢しい娘だ、このっ!」

まだ軽いバッグを肘に掛け直し名前の頬を伸ばすランサーは自然と笑っていた。



日の差す真昼間、タバコの煙越しに見た燻る赤茶の瞳に俺は目を奪われたのだ。


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