物事を口に出すのが苦手な子だった。
いや、会話は普通に出来るし、多くは無いがある程度友人も居た。つまりは普通に喋る事も出来る人間だったのだ。
言い換えよう。私は感情を口に出すのが苦手な子だった。休学してろくすっぽ勉強もしてない言語圏に旅行しに来たのも、それが原因のように思う。

「名前…と言ったか。君は他人に話せない、不思議な力を持っているようだね…。ひとつ、それを私に見せてくれると嬉しいのだが……。」

目の前の人物はそう言ってにたりと笑う。他人に話せない不思議な力、とこの人物は口にした。私はそれに、背筋が凍るような思いをする。思い当たる節があったのだ。
アルテミス・ホワイト。それがこのビジョンの名前だ。どこの誰が名付けたのかは記憶から切り取られたように無いが、アルテミス・ホワイトという名前だったのはしかと脳みそに刻まれている。
ビジョンの能力の説明を始めると長くなる。それは後に語るとしても、この目の前の人物はこのビジョンを知っているという。

「あの、どちら様でしょうか。」

妖艶な、そして圧倒的なオーラを放つこの人物に畏怖を抱かないかと問われれば、答えはNOだ。怖いに決まっている。
しかし、ここで声を震わせる訳にもいかない。他人より少し多い理性を必死に掻き集めて答えを濁す。

「ふむ、強かな娘よ。気に入った。私はディオ。D・I・OでDIOだ。しっかりと覚えるといい…。私はこの世界の頂点になる男よ。」

何故買い物に出ただけでこのような奴に出会してしまうのか。この男はどこか、頭の螺子が外れているらしい。圧倒的な雰囲気に言葉を鵜呑みにしそうな所を寸でのところで思い留まる。
冷ややかな風に吹かれ、いつもより多めに循環する血液が冷やされる。緊張は高まったが、それと共に神経も研ぎ澄まされる。
私のビジョンには力はあまり無い。ビジョンを持たずとも人間をここまで威圧出来る彼には到底敵う事は許されないだろう。
逃亡か…、そんな思考が頭を満たせた時、DIOと名乗ったその人物は口を開く。

「苦しいのだろう。楽にしてやるさ…さあ、私の側に来ると良い…名前。免罪符を授けよう。お前の全てを理解し、受け入れてやる。」

驚いた。ただ純粋に。
逃げる事だけにシフトされていた思考は全て遮断され、彼への忠誠心が湧き上がる。
それに何も違和感など無く、寧ろ何故今まで彼の言葉を聞き得なかったのか不思議にさえ思えてくる。
覚束無い足取りは、彼の方向へ向かう。段々と近付く彼に恐怖など感じない。今まで煩かった心音も、今やいつも以上に落ち着いている。これが安堵か。そう思った。

「空条承太郎、それが敵の名だ。アイツは私の平穏を邪魔したがる。お前の安住の地を傷つけたがる。いいな、お前のその安堵の気持ちが本物であるなら出来るであろう。空条承太郎を倒すのだ。いいな。」

私の手を取り、抱き締めるように包み込まれる。甘い匂いに陶酔する間も無く言葉を吹き込まれるが、決してその声が邪魔だとは思わなかった。
骨の髄まで浸透するような声色に、私の脳髄は蕩けてしまいそうだ。

「はい…DIO様。必ず…。」

触れ合う手を強く握りしめてそう言うのだ。


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