なんてことない初夏の日。
日差しは冬の曇天を思わせないくらいに降り注いでいて、まだ春の陽気を残していた。
柔らかな風が頬を撫で、俺たちの間をすり抜ける。
目の前でアイスコーヒーを飲む名前も、揺れる木々を眺めて目を細めていた。

「ケーキ、来ないね」
「ああ、今日は客も多いみたいだしな」
「ケーキが来る前にコーヒー飲み切っちゃうかも。ふふ」

憂いを口にしている筈なのにどこか幸せそうな名前は、店内を見回してまた少し笑う。
きっと俺も同じくらい頬が緩んでいるのだろうとは思う。ちゃんと笑えているだろうか。
心地の良い天気に誘われるようにテラス席を選んだが、その後に女性は日焼けを気にするのではないかと不安に駆られたが、その不安はテーブルにかかる濃い影で杞憂となった。
からりと音を立てて崩れる氷。ストローを使わずに飲み物を飲む癖がある名前のグラスの縁にはほんのりとグロスの跡がついている。
そのグロス跡を拭う親指がなんだかやけに色っぽくて、思わず目をそらす。
俺のオレンジジュースが入ったグラスはやけに汗をかいていて、なんだか俺と似ているのではと素っ頓狂なことも思ってしまった。

お待たせしましたと運ばれてきたつやつやのケーキは、いつもなら三割り増しできらめいて見えるが、今は名前と並んでもっともっと輝いて見える。
甘いクリームで彩られ早く食べてくれとせがむケーキと、店員に礼を言う名前は甲乙つけがたいのだ。

「美味しそう!英雄くんのもすごく綺麗」
「一口食うか?」

さっと切り崩してフォークを突き出したあと、どちらともなく小さく「あ」と声が漏れた。
所謂「あーん」なのではなかろうか。俺も名前もそう思ったに違い無い。
しかし出した手を今更引っ込めるわけにもいかない。

「…………………ほら、あーん」
「ひ、英雄くん……あ、ありがとう…その…」
「ほら。落ちるぞ」
「あ、あーん……」

髪を耳にかけ俺のフォークに口を寄せ、白いクリームを口に運ぶ名前。
その動作ひとつひとつが俺を惑わせる。指は震えていないだろうか。
暖かい風がそんな俺を笑うように吹く。影の中でいつもよりも黒く艶めく名前の髪がそれに答えるように揺れ、一本だけ唇に吸い寄せられるようにくっついてしまう。

「すごく美味しい!ありがとう英雄君。私のもどうぞ」

その髪を当たり前のように払って笑う名前。気を使ったのかフォークにグロスの跡はなく、そして今度はフォークが差し出されることはなかった。
チョコレートのコーティングがされた小さなケーキが皿ごとこちらへ寄せられた。

「ありがとう。そっちのもすげー美味しそうだ」
「英雄くんのおすすめだもん、美味しく無いわけないよ」
「はは、それもそうだ」

彼女にはこんな暖かな陽気がよく似合う。黒いチョコレートに黒い髪、艶めく唇、ほんのりときらめくまぶた、そして黒い瞳。全てを最大に美しく魅せるこの日に彼女とデートが出来た幸福。
そして、この柔らかな光に包まれるように緩やかに流れる時間はきっとこれから先、たくさん積み重ねられ美しい記憶となるのだろう。
俺は彼女の隣で、その記憶を重ねたいと、そう思った。


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