人が死ぬ時、一体どのようなことを考えているのだろうか。
人を殺すことを生業としている人間としては、命乞いをする人間を数多殺して来た。
それは決して人を殺したいからではなく、自分が生きたいからということに間違いはなくて、いつも死と隣り合わせになっているからこそ今を生きていることへの執着は激しい。

身近な人が死ぬ時、自分は一体何を感じるのだろうか。
人を呪わば穴二つ。日本にはそのようなことわざがあるらしいことを日本通のジェラテリア店主から耳にした。
なんでそんなことを急に言い出したのか今では覚えていないのだが、ただその言葉だけははっきりと覚えている。
なんども人を殺して来た自分たちは何百という呪いをかけられているのだろう。
私たちの感覚が麻痺しているだけで、気がつかないうちに重大な呪いになっているのだろう。

薄っぺらいペーパーバックを広げて永遠に文字の上で視線を滑らせているとギアッチョが帰って来た。
不機嫌そうな足音はいつもより穏やかで、そういえば今日は『表の仕事』の日だったことを思い出した。

その翌日からその足音は聞こえなくなった。

少なくなったものだ、このチームも。
眉間を抑えるリゾットに私もそうだねと返すものの、そこに感情はこもらない。
身近な人間が死ぬという事は、自らの危険が迫っているということだ。
うろたえている暇は無いと言い聞かせる度に揺らぐ心は何かに縛り付けられるようにおとなしくなっていた。
ギアッチョは死ぬ間際に何を想っていたのだろう。


無くなった右腕、動かなくなった両足、赤く染まった視線の先には敵のブーツしか見えない。
ここできっと私は終わるのだろう。
相手に殺される前に自分で死んでやろうかとも考えたが、それでは組織の恥さらしも良いところだ。最後まで戦って死んだ彼らへ顔見せができない。
あの世なんてものを信じているほど信心深くは無いが。
こめかみに突きつけられたスタンドの拳銃は無慈悲にもこれ以上ないくらいにひんやりとしていた。

走馬灯というものがあるそうだ。
死ぬ間際に自分の一生がまるで映画のフィルムのように脳内に流れ込むらしい。
私には過去の記憶がない。幼い頃の記憶と言い換えた方がわかりやすいだろうか。
覚えているとしたら、それは薄汚い公衆便所の床だけだ。
だから思い浮かぶとしたらチームの面々であるはずなのだ。

しかし、暗く落ちる視界に何もうつる事が無かった。
私は結局、孤独に生きて孤独に死ぬのだ。
せめて、せめてこの拳銃の冷たさで彼を思い出す事が出来たなら。
ああ神様、都合よく祈る私をあなたは軽蔑するだろうか。


back / top
ALICE+