名前はただひたすら平々凡々に生きる少女だった。
日常で特出する事はあれど、それも突飛という訳でもなくただただ人の日常だった。
クラスメイトの空条承太郎のおっかけをしてみたり、転校予定の同級生について友人と駄弁る時間に幸福を感じていた。
「と、ここまでが名字名前のデータですじゃ。」
エンヤ婆が手にした書類を机に整頓して置く。それに再度彼はそれに目を通し息をつく。
「ただの小娘ではないか。取るに足らん。」
ぱたりと本を閉じて呆れた顔をするDIO。書類を爪で一直線に切ってエンヤに捨てるように顎で指示する。
エンヤはそれにひとつ頷いて書類を全て集めて脇に抱える。
「そう思われるのも無理無いですじゃ。しかし出ているんですじゃ…DIO様…占いに。このエンヤの占いは必ず当たる…少しでも可能性のある芽は取っておくべきですじゃ…老婆のおせっかいだと思っても構わない…しかし」
「ああ、分かっている。慢心は許されない。ジョースター家は侮って勝てるような相手じゃあない。少しでも危ないというのならば殺そう。私はお前を信頼しているぞ、エンヤ。」
棚に置いてあったワイングラスを手に取り薄く笑ってDIOは言う。
エンヤはそれに嬉しそうに笑い、一言告げて部屋から出て行く。
「名字名前か。」
先ほどの書類を思い浮かべてDIOは日記を開き、新しいページをめくる。
古めかしい羽ペンを入れ物から取り出しインクに浸す。さらさらと書かれる線は少し崩れていた。
「名字名前だね。」
名前に優しい声がかけられる。
しかしその声は名前には全く覚えが無い。はい、と振り向くとそこにはやはり知らない人物が立っていた。
赤みのかかった深い茶色の髪、耳に揺れるのは一際赤いピアス。一房だけ下ろされた髪が風に揺れている。
「ああ、怖がらないでくれ。…と言っても無理かな。これからもっと怖がらせる事になるから。」
にこりと笑うその顔も声も至極普通、強いては優しいものだったから名前はその言葉を一瞬正常に解する事が出来なかった。
故にぞっとした。その言葉を理解した時、虫が体中を這ったようだった。
「あの、何なんですか…あなた…ッ!け、ケーサツ呼びますよ…。」
震える声に少年は一層にこりと笑う。
優しそうに見えたその笑顔は今や醜悪にしか見えない。
名前は背中にながれる汗と、青くなっていく顔により焦りが増す。ひっそりとポケットを探る。指先に触れる携帯にほんの少し血が巡る。
名前の頭には逃げよう、の四文字が埋め尽くしていた。視界がふわふわと白く縁取る。
しかし退路を確認しようにも恐怖が体を阻む。
そろそろ曲がり角があった筈だ。
そこを右に曲がると大通り、左に曲がると住宅街。
住宅街はこの時間人っ子一人歩いていない。左は危険だ。
学校に行くのが最善だろう。この時間でもまだ校舎には人が多い。
しかしそもそも名前は帰路についていた。学校に行くにはUターン……つまり謎の少年の横を通り過ぎないといけない。
ダメだ、ダメだ。涙が出そうになる。名前は震える手を必死に押さえる。
抵抗の術が無い。何か鋭利なものを持っている訳でも無い。それこそ特別な能力を持っている訳でも無い。
踏ん切りをつけて逃げよう。1、2の3だ。
「緊張しているじゃあないか。動かないだろう、足が。無理に動こうとしない方が良い。ちぎれるかもしれないからね。」
風が吹いた。名前の髪で一瞬、視界が完全に塞がる。
足を横に引いた筈だった。何かに引っ張られるようにして不自然に足が動かない。
喉が引きつる。
こつ、こつ、と緩慢に、確実に少年が名前に近付く。その度に寒気が地面からやってくる。
「なんっなんなん、ですかッ!わた、私が…何かしましたか…ッ!」
しゃくりあげるような声で名前が声を上げる。少年はその声にぴくりともしない。
手を掴まれる。その手つきは荒々しいもので、名前を怯えさせる事しかしなかった。
少年はにこにこと笑っている。
冷たい手が名前の制服をたくし上げる。右でも左でもない、少年は直進する。
この先は本当に何も無い。
少し先に老夫婦の住む一軒家があるだけで、そこから先は廃屋と森林。
最近は蛇に噛まれた生徒が出たと校内で話題になった。
まずい。今度は視界が黒く滲む。
「DIO様が殺すなって僕に。芽を摘むのなら殺した方がいいのではって聞いたんだけど、女はこうすれば死んだも同然だ。無理に殺す必要も無かろう。日本は殺人に厳しいのだろうってさ。お優しいよね」
保健室からすごい音がした。まるで爆発でも起こったような音で先生がここを動くなと告げて保健室を見に行く。
いつもおちゃらけているクラスメイトも、流石にこれは異常事態だと思ったのか緊張の面持ちだ。
「あ、JOJO!」
窓際の女子が声を上げる。いつも名前と空条承太郎を追っかけしていた人間だ。
この子の声を引き金にしてクラスメイトが窓際に集る。
名前はあのとき以来、あまり異性に近づけない。クラスメイトの男子と肩が触れ合う事さえ嫌うようになっていた。
しかし追っかけは続けていた。遠くから見ている分には構わないのだろうか。その辺りは名前にも分からなかった。
「ほんと?私も見る!」
名前もクラスメイトに混じり少女の隣に駆け寄って外を眺める。
承太郎は何かを肩に抱えて運んでいるようだ。緑色の布がちらちら見える。人間を運んでいるように見えた。
「…ッ」
名前は知っていた。その緑や肩にかかるストールを。
「ご、ごめんね。あの、私…帰るね。先生に言っておいてくれないかな。」
「え!?名前!?どしたの、大丈夫?顔色悪いよ」
友人の声にひらりと手を振って、鞄を抱える。
上がってくる胃液を耐え、逃げるように校舎から裏口から飛び出す。こちらなら彼らと鉢合わせなんて真似にはならないだろうと思いながら。
(甘かった…)
気を抜けば地面に伏してしまいそうだった。足に力を込める。何せ目の前には追っかけをしていた空条承太郎が突っ立っていたからだ。やはり脇に抱えているのはあの少年だった。
脳裏にフラッシュバックする光景は、やはり笑った少年が終始写っている。時折ド派手な色で見るのは何かの液体。
「あ、……ぅ」
足の力が抜ける。バランスが保てない。このままだと頭から卒倒するだろう。
視界の天地が逆転するかのように流れる。その瞬間、柔らかく何かに支えられるような感覚があるような気がした。
ここで一度名前の意識は途切れる事になる。
「ッハ!」
起き上がった名前の視界に一番に写ったのは、いつも追っかけをしていた空条承太郎だった。
憧れていた人が近くにいる、という状況は実際起こってしまうとあまり興奮しないようだ。名前の頭は妙に冷静だった。
「目は覚めたか。」
承太郎はポケットから煙草を取り出そうとしてやめる。名前の体に気を使ったのだろうか。
「あ、はい…。あの、ここって」
きっと承太郎の家なのだろうと名前は想像がついていた。そうじゃないと彼がこんな所に居て、我が物顔で座っている訳無いだろう。
彼が返して来た答えは案の定そうであった。
「ごめんなさい、空条くん。迷惑だったでしょう、急に目の前で倒れられて。」
まだあまり本調子じゃないのか、上手く力の入らない腰に気付いて無理をせず座ったまま礼を言う。承太郎もその事に何となく気がついているのだろう、とがめる事はしなかった。
「いや、それはいい。花京院も居たからな、一人も二人も変わりゃしねえ。ただ…。」
彼も言いよどむ事があるのか、と名前は思った。
至極言いづらそうにしている承太郎を見るのは初めてだった。
彼女が知っている空条承太郎という人は言いたい事は言う。クールな内にも芯がある人だという印象だったのだ。
ただ?と続きを促すと、承太郎は帽子の鍔を下げてからなんでもねえ、と言った。
そういえばなんだか体が軽い。卒倒したのだからどこかぶつけているだろうと思ったのだが何て事ないようだ。意外と人間の体は丈夫に出来ている。
「つらいならまだ寝ておけ。俺達は少し出かけるが休まったらおふくろ…いや、家に居る人間に声をかけてくれ。」
いいな、と念を押されて反射的にうんうんと頷いた。
彼は何処へ行くのだろうか。いや、彼らだろうか。一体誰とどこへ行くのか気になったが声をかけるのはやめておいた。
思い返すと、男子と一対一で話すのは久しぶりだった。
承太郎の足音が部屋から遠ざかる。なぜか足音から家の広さが手に取るように分かるようだった。
(手に取るように…?私、そんなに耳が良かったっけ…。)
「やはりインドか。私も同行する。」
遠くで聞こえた声に吐き気がする。
いつもなら聞こえないような微々たる音だったのだが、今日はなんだかとても良く聞こえる。あの日の記憶がフラッシュバックしそうになるが、会話に集中する事で意識を散らした。
承太郎達はどうやら、何かの敵を討ち取るらしい。その相手や承太郎達は何か異能を持っているかのような口ぶりでもあった。
異能、心臓が早鐘を打つ。名前はぎゅう、とシャツを握りしめる。汗が噴き出るような感覚。
(私は…私は何かを知っているの…?それとも…私も)
心当たりが無い訳ではない。むしろあると言った方が良いのだろう。
起きた時から聴覚が異常に発達している。それに加えて失神する直前の感覚。
空条承太郎はあの時驚いたような表情をしていたように見えた。
(“居る”のだろうか、私にも。)
そう思った途端、目の前が霞む。また意識を失うのだろうかと思ったが、いつまでたっても意識がフェードアウトする事は無い。
「ひっ」
思わず後ずさる。本当に居るとは思わなかったのだ。半透明に現れたそれは無機質に見える。
しかし嫌悪感は不思議と無かった。目の前に急に現れた、という事実に驚きはしたものの、すぐに冷静さを取り戻す。
「そう…やっぱり私にも居るんだ。ねえ、あなたは強いの?」
問いかけるも返事は帰ってこない。心無しか不思議そうな目でこちらを見てくるので、名前は苦く笑った。
この物体は自分の分身だ。自分の思ったように動き、自分と感覚や状態がリンクしている。
情報が頭に溶け込んで行く感覚。こんな感覚を味わうのは初めてだった。
自分にも何か出来る事がきっとあるに違いない。だからこそ、このタイミングで発現したのだ。『スタンド』が。
名前は瞬時に理解した。その物体が何故『スタンド』という名前なのかという疑問さえも湧かない。『スタンド』は『スタンド』なのだ。それをそれたらしめる理由など、とてつもなく些細な事に思えた。
先ほどまで力さえ入らなかった足腰に一層の力が入る。空条承太郎の家になど足一本踏み入れた事など無いのに、まるで足が意思を持ったように前後に動いた。その不思議な感覚でさえ、名前は心地よく感じた。やっと自分が自分であるかのような感覚。今までぽっかり開いていた穴が綺麗に塞がるような、パズルが完成したような。そんな感覚。
(これが『スタンド』…。能力はまだ分からない…けど、今までのことで少しは考察が出来る筈…。)
痛覚や疲労感の鈍化、それに聴力の引き上げ。たったこれだけのことであるが、それだけでも大いにヒントになり得た。
空條邸はとてつもなく広かった。自宅の比ではなかったし、比べることさえ烏滸がましく思える程だ。
どれが何の部屋なのだろうかと顔を左右して見回してしまうが、どこも障子が閉まっていて中を伺うことは叶わない。見えるとするのならば見事な日本庭園なものくらいだ。鹿脅しの音がやけに大きく聞こえた。
(感覚の操作…それかもしれない。痛覚を鈍化させた上で触覚を鋭く、それで…出来るのなら時間感覚を遅くするとかなり戦闘で役立つかもしれない。…よし。話だけでもしてみようか。)
いつも衝動出動くところがあったという自覚はあった。
しかし今回は衝動なんて簡単なものではなかった。なにか、大きな何かに突き動かされるような感覚。
「話は聞かせてもらったーッ!」
声が漏れている部屋の障子を勢い良く開ける。知らない人達と空条承太郎、それから少年が目を丸くしてこちらを見ていた。
「…寝てろって言わなかったか。」
ぎろりとにらみをきかせる承太郎に名前はほんの少し後ずさるが生唾を飲むことで理性をかき集める。ひとつ息を吐いて声を紡ぐ。
「私の体のことなら大丈夫。倒れたのも心因性のものだし…。」
ちらりと承太郎の横に腰掛ける少年に目をうつす。
少年はそれに気付くが、少し周りを見回してから小首を傾げながらにこやかに笑う。その笑みにあのときのような人の心を溶かすような笑みではない。
まるで本当の高校生のような。何も知らない顔。
「私も『スタンド』を所持していますし、かなりの力があると思っています。」
名前はかあっと視界が赤くなる感覚に襲われる。頭の中はぐちゃぐちゃで、何かを考えているようで全く考えていない。
「だから私を同行させて頂きたい。」
ただ煮えたぎるような怒りをこの男にぶつけたくなる。殺すか、殺そうか。殺してしまおう。殺せ、殺せ。
「私の恨みのためにも。」
怒気の塊のような殺気、険しい顔にその場に居た人間は冷や汗をひとつかく。
その殺気は全て少年に向けられている。少年は背後に『スタンド』、法皇の緑を潜ませ臨戦態勢をとっている。
「話して、もらおうか。」
口を開いたのは初老の外国人だった。えらく流暢な日本語で喋っているあたり、外交が盛んな人間なのだろう。
「ッあ…。はい。」
学生服の二人は先ほどの部屋から少し離れた縁側に腰をかけていた。
「花京院、だったか。」
承太郎は口に咥えた煙草に火をつける。
赤く燃える葉は、承太郎と合わさることでとても絵になっている。
「ああ。」
まだ体に包帯を巻き付けている花京院が何かを思い詰めたような顔で頷く。
それもそうだろう。『あの』殺気の矛先は確実に花京院にあった。
「テメー、何をやらかした。」
承太郎の声には圧力があった。ここで返答を誤ったら同行も叶わないというような声色だ。花京院は気付かれないように小さく呼吸を整える。
「…すまない。全く覚えが無いんだ。彼女には何か覚えがあるようだが…、それが何か全く分からない。」
「…そうか。」
「…ということで。あの、あんまり人に話せなくて…両親も知らないくらいで…それで、それで…あっえっと…花京院くん…でしたっけ。その、彼、DIOがどうとかこうとかって漏らしてたんです。」
当時の恐怖を思い出すようにしゃくりあげる喉に情けなく思いながら今まであったことを話す。
目の前にあぐらをかくおじさん二人はそれを神妙な顔で聞き、時折頷く。
彼らはジョセフ・ジョースターそしてモハメド・アヴドゥルと言うらしい。
スタンド能力も互いに開示した。ただ、名前のスタンドは発現して間もない。まだ分からないことが多かったが、筋肉のリミッターを外す事は容易なのだろうという話だ。ただ、その分体の負担も大きいだろう。
「辛かったじゃろう、名前。しかしそのスタンド能力はきっとワシ達の力になるだろう。辛く長い道のりになるかもしれない。しかし、力になってもらいたい。」
その声に名前は歓喜した。
自分の能力を認められ、求められているのだ。と出した才能も無かった名前には一際嬉しいことだったのだろう。
「是非、よろしくお願いします。」
名前は深々と頭を下げた。
「…ただ、花京院とはどこかで折り合いをつけないといけませんな。」
アヴドゥルはどこか難しい顔で唸った。名前の顔が少し曇ったのを彼は逃さなかった。これか
らの道がまたこじれるだろうと小さく息をついた。
「か、花京院くんは覚えてないんだよね…その、私とのこと。」
旅もかなり時間を費やした。カイロへと向かう砂漠で名前は意を決して声をかける。
今までの旅路では、二人はやはりどこか距離があった。名前も花京院もその距離を必死に埋めようとしているのだろうが、その努力が空回りする。
承太郎でさえも少し彼らに気を使っていたのだろう、二人きりには決してせず、しかし隣同士にさせる。なんてことをしたりしていた。名前はそれに気がついていたし、きっと花京院も気がついていただろう。
「ああ、すまない。全く覚えていないんだ。」
申し訳なさそうにラクダを寄せる花京院に名前は苦く笑いかける。その裏で何を考えているのか、花京院が分かる事は無かった。
「そっか、覚えてないんなら仕方無いよね。」
えへへ、と笑う名前の瞳はいつもより光を反射しているように見えた。
最近名前の様子がおかしい。
というのも、花京院が入院してからどこかぼんやりしている。と承太郎は見ている。
一人でいるときの注意が散漫だとか、戦闘で使い物にならないということは全く無い。だが、会話をしている時々噛み合ない時がある。仲間が居るとどこかおかしくなる。安心しているからこそなのだろうが、承太郎にはそれがとてつもなく危険に思えた。
「おい、聞いてんのか。」
足で名前の膝を突くと名前は容易に崩れ落ちた。承太郎はそれにため息をひとつついて、名前の服の襟を持ち上げる。
「お前、最近気が抜けすぎだぞ。置いて行かれてえのか。」
そう問うと、名前ははっとした顔をした後に、少し寂しそうな顔をした。
「花京院くん、大丈夫かな。」
承太郎はそれにほんのり笑う。何かに感付いたような顔だった。
きっとそれは本人も分かっていないものだろう。
「お前が大丈夫じゃあねえ。」
そう返すと名前はくすりと笑った。
花京院が帰って来た。突然帰ってきたものだから、一瞬仲間がみんな固まったのを花京院は見た。
ただいま、と笑いかけると花京院の腹のあたりに衝撃が走る。
「がぎょういんぐん…!よがった…よがったあ…っ」
鼻をぐずぐずと鳴らして花京院の制服を握りしめる手は名前のものだ。
名前はあの時から今まで、異性と自ら触れ合う事は無かった。しかし制服を握る手は確実なものだった。
「あの、名前…?」
花京院は他のメンバーをちらりと見回す。承太郎は煙草に火をつけているが、その口は薄く微笑んでいる。ジョセフやアヴドゥルはわざとらしく景色を眺めている。ポルナレフに至っては、妹のように可愛がっていた名前の成長が嬉しいのかはたまたショックなのか、固まったまま顔だけ笑っている。
名前もそれに気がついてさっと花京院から離れる。
「あっご、ごめん私あの…あれっ…?あ、あはは。花京院くんなら触っても大丈夫みたいだね…。」
「ブハッ」
花京院が顔を真っ赤にして吹き出す。その後に何か小言を言っていたが名前の耳には入らない。
まさかトラウマを植え付けた人間が一番に触れるようになれるなんて、と名前は苦笑した。きっと自分は花京院に並々ならぬ好意を持っているのだろう。最初の印象が悪かった分、伸びしろは多いのだ。名前はそう言って納得することにした。
承太郎が花京院と名前を同じ部屋になるように仕組んだ。それももちろんの事2人部屋だ。
今までなら絶対に二人きりにさせる事のなかった筈なのに何故こんなに急に、と名前はぐちゃぐちゃになる頭で考え込む。
(絶対そうだ…くじ引きだったのに承太郎は全部分かってるみたいな顔だったもん…。)
旅ももう終わるだろう。名前にはそんな確信がどこかにあった。
カイロに着いてしばらく経った。町の人に念者した館を聞いて回った。アヴドゥルさんのツテやSPW財団もある。きっと明日には見つかることだろう。
シャワーの音だけが部屋にこだまする。名前は先にシャワーを浴びていたが、その間ずっとテレビの音がしていた気がする。
その割に、シャワールームから出たとき花京院は椅子に座って寝こけていた。きっと今の名前と同様に気まずかったのだろう。そして座っている内に寝てしまった、そういうことだ。
名前も花京院をならってテレビを付ける。しかし流れる番組は全て現地の言葉で、数日聞いている言葉とはいえ殆ど聞き取る事は出来ない。名前も段々と瞼が下りていく。
しかしいよいようとうとしてきた頃、シャワーの音が止まりドアが開く。名前はその音に気がついてまどろんでいた思考を無理矢理引き上げる。
「っ」
息をのんだ。まだ少し湿っている髪やしっとりした肌に名前の心臓が跳ねる。
(私より断然色気がある…)
じっと見つめる名前に気がついたのだろう。花京院がにこりと笑う。ふんわり香るのは名前と同じシャンプーの香り。
「花京院くん、あのね」
きっとこの未来は優しいものになる。
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