年齢操作や捏造などがあります


昔、惹かれた人がいた。
なんだかミステリアスで、快活で、みんなからも人気な大学生。


外の風がだんだんと冷たくなって、木々も冬の支度を始めだした頃。
いつものように教室に姿を表した担任の先生の後ろには見慣れないシルエットが並んでいた。
カッチリしたリクルートスーツとそれに似合わない茶髪にアンバランスさを感じたのだが、スタイルがいいためなのかとてもまとまっていた。
「今日から一週間、教育実習に来てくれている伏見先生だ。」
先生が手のひらで指したあとみんなの視線を一点に浴びた『フシミセンセイ』は緊張した様子で薄く笑ってよろしくお願いしますと頭を下げた。
フシミセンセイはそのあと教壇に立って簡単な自己紹介をした。
彼は大学三年生であること、大学では人文学を専攻していること、人文学でも特に文化人類学を研究していること、身長はおおよそ180くらいだということ、おぼろやっこという食べ物が好きだということ、ゲームが好きだということ、彼女はいないことを生徒とのやりとりで知った。
好青年であるといったぼんやりした第一印象だった。

「私、進路にちょっと迷っているんです」
放課後、なぜか伏見先生を呼び止めた。
教育実習生は帰って1日のレポートや課題をこなさなければならないと兄が言っていたような気がするけれど、どうしても、なぜか、彼の背中を追っていた。
現役の大学生が今どのようなことを思って大学に通っているのか、生の声を聞きたかったのだろうか。
「進路…は、進路指導の先生が居るんじゃ?」
「あ、すみません。そうですよね」
伏見先生はどこか生徒と二人きりになる状況を避けていた様子があった。
実習のマニュアルにでもそのような項目があるのか、それとも自分で考えた結果なのかは定かでは無いけれど。
なのに不意に呼び止めてしまったことで今この教室には伏見先生と私だけで、暗くなりかけた外を伏見先生は気にしていたように思う。
「…いや、話があるなら聞くよ。名字さんとちゃんと話すの、初めてだもんな」
「ありがとうございます、実は親から進学は短大しか許さないと言われて…」

かなり長く話していたように思う。
伏見先生には遅くまですみませんでしたと言ったが、そんな長い話でも無かったろと笑った。
晩御飯の時間に差し掛かっているだろうと思い母に連絡を取ろうとしてスマートフォンを見たら、あれから10分も経っていなかった。少なくとも一時間、二時間は話していたと思ったのだけれど。
進路の悩みを話す途中に感極まりそうになっても伏見先生は柔らかい笑みで緩やかに頷いてゆっくりでいいからと、暖かい窓際で文庫本を捲るようなゆるやかさで話を促してくれた。
聞き終わったあとには私と一緒に悩んで、オレはこと勉学に関しては名字さんの思うことを大切にしたいと言う話をしてくれた。この時、伏見先生は自分の事をオレと言う事を知った。いつもは取り繕った『僕』だったから。
きっとこの話は進路指導の先生に渡るのだろうが、嫌な気はしない。あの暖かな時間を過ごせたこと自体に満足感があったからだろうか。
あの暖かな時間をまた過ごしたいと思ってしまう事を許して欲しかった。

「今日で”僕”の実習は終わりです。今日までありがとうございました」
不満の声が数々と上がるのは彼がそれだけにこの一週間、生徒に心を砕いてくれたからだろう。
個人的に伏見先生へ連絡先の交換をする生徒もいた。私もそれに乗っかって、伏見先生とラインの交換をした。
伏見先生のアカウントは私たちの知らない伏見先生で、アイコンは自分が好きだというバンドのマーク、ヘッダーはお友達と撮ったのだろう自撮りになっていた。

「伏見先生」
彼は今日何度呼び止められたのだろうか。何度、私と同じ目をした生徒と『話』をしたのだろうか。
私の目を見た伏見先生はギクリとしたのを私は見逃さなかった。見逃せなかった。
ごめんなさい、でもあなたには伝えておきたかった。
「今日、何度私と同じ話をされましたか」
「…………」
目をそらさないでくださいよ。


あれから私は大学に進んで、伏見先生と同じように教育実習をして、その大変さに目を見張った。
そして社会人になり、彼の事を思い出さない日も増えた。
やっぱり彼のことが好きだったのだと思う。学生特有の大人への憧れを恋愛と絡めてしまうあの現象ではなくて、私は彼のあの暖かな雰囲気が好きだったのだと思う。
そして今も彼に惹かれているのだろう。過去の美化だと言われたとしても、だ。
あの時『話』をした時、彼は何度か言ったのであろうセリフを言ったのだろう。
『大人になって、まだ”オレ”を好きでいるのならばちゃんと話をしよう。それまでは』
申し訳なさそうに眉を下げる伏見先生も愛しいと思えた。でも私はまだ、彼からしたら子供だったのだ。
テイのいい躱し方だとわかっている。誰も傷つけないと思った上での言葉だろうということもわかっている。
期待を持たされたままの数年を過ごす人が出てくるとは、自己評価の低い彼は思っても見なかったのだろうと。


「お久しぶりです、伏見先生」
久しぶりに会った伏見先生は昔見た姿と寸分違わなかった。
それこそ美化だろうと思わなくも無いが、とにかく変わらなく思えた。
雰囲気が変わらないからだろうか。
「先生ってのはもうやめてくれよ、オレは先生にはならなかったんだから」
苦く笑う顔も素敵だと思えた。

右手の薬指で輝くシルバーリングもとても似合っていた。


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