窓から月の光が漏れる中、かつん、かつんと館の廊下に杖をつく音が聞こえる。
この屋敷で杖をつくのは、エンヤ婆か彼しか居ない。
足音の大きさからきっとこれは彼だ、彼に違いない。
高鳴る胸を必死に抑え、わざとゆっくりを足を進める。
「名前」
目の前の暗闇から声がした。
気付けば彼…ンドゥールは私の前まで姿を現していた。
きっと私の心臓の音で、杖をついている音が聞こえなかったのだろうと思った。
「ごきげんよう、ンドゥール。」
ドクドクとうるさい心臓の音が彼に聞こえないだろうか。少し大きめな声で彼に挨拶する。
耳が良い彼はその声の大きさに苦笑いを浮かべる。
「ああ、ごきげんよう、名前。今日は一段と元気そうだな。」
「っええ、そ…そうね。」
元気といえば元気なのだろうが、どうにも胸が苦しい。
そこまではきっと彼にも見抜けないのだろう。いや、聞き抜けない、が正しいのだろうか。
「やけに焦っているじゃあないか。」
彼が的確に私の頬を撫でる。
さらに苦しくなる胸をしらんぷりして、彼の手に頬をこすりつける。
「貴方のせいよ。」
「ほう、それはどうして。」
クスクスと笑って問うンドゥールに顔に血が上る。彼にこの顔を晒す事が無いのが唯一の救いだ。
ただ、気持ち的にこの顔で彼と向き合うのは嫌なのでそっぽを向いておく。
「なんでもない」
「そうか。」
頬に当てられた手に力が入り、強制的にンドゥールと目が合わせられる。
本当に彼は目が見えていないのかとさえ思う。
次の瞬間、彼の顔は私の顔との距離がゼロになる。
「…んっ!?」
「…」
くっついては離れる唇に私は翻弄されっぱなしだ。
肩や胸をドンドンと叩いてみても、流石だと賞賛を送りたいくらいにびくともしなかった。
段々と反る背中が痛くなってくる。
唾液の交換が始まった口はもうまともに回らない。
それに気付いたンドゥールは元々支えていた腰にくわえ、膝の裏にも手を回す。
「名前、部屋へのリードを。」
「ぐ、ぐうう…」

わたしたちのよるははじまったばっかりだ!


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