突然だった。
どこかから女性の悲鳴が聞こえて来たのだ。
そんな事この界隈では良くある事で、特段気にかけるような事も無かった。…筈だった。
しかしその日はどこか気分が浮かれていて、小さな善意くらいやってやろうではないかという気持ちになった。
きっと、その日DIO様に褒められたのが原因だったと今になれば思う。
「おい、何をしているんだ。」
全く、ガラにもない事をしたものだ。

「あの時は、本当にどうかしていた…。」
杖に頭をぶつけるように寄りかかって、小さくため息をつく。
あの時救った彼女はあれから礼がしたいだとか、話を聞きたいだとか言って沢山アプローチをしてきたのだ。
何となく…。何となく、それに付き合ってやろうという気持ちと余裕があったから付き合っていたのだ。
気がつけば会っている時間や頻度がどんどんと上がっていき、なんだか親密な関係になってしまっていた。
…なっていると思う。
彼女は今、店の中で何かをしている様子だ。何をしているかまで視る程私も無粋ではない。
如何せんこぢんまりとした店なので、私は外で少しだけ待っていろと言われたが私は狭いからといって入れないような人間では無い事も彼女は重々承知の筈だ。
しかし少し長く居すぎなのではないだろうか。店主は確か男性だった筈だ。少ししゃべり声も漏れているところからすると、彼女はきっと店主と談笑をしているのだろう。
私を放って彼女は何をしているのか。苛立ちを感じない訳では無かったが、それを表に出すと彼女は私に幻滅してしまうかもしれない。もう少し我慢をする事にしよう。
「ごめんなさい、ンドゥールさん。店主さんったら、プレゼントを買うのよって言ったらそりゃあもう喜んでしまって。…あ!な、なんてこと…プレゼントの事は渡すまで言わないでおこうって思ったのに…。今のは忘れて!お願い。」
店から出てくるや否や、楽しそうに私に中であった事を伝えてくれる名前。
しかしやはり買っていたのは私への何かだったのか。
自分の服に隠してあるそれをこっそり確かめてほくそ笑む。タイミングまでばっちりだなんて。
その笑いが彼女にも見えたのだろう。むむ、と少しむくれて、何笑ってるんですかっ!と言われてしまった。
「いや、はは。すまない。さあ、まだ次があるのだろう?行こうか。」
彼女の手を正確にとってみせると、彼女は少し驚いたような顔をする。
「ええ、今度は美味しいお店。穴場なのよ、ここいらでも知ってる人は少ないの。…それはいいんだけれど、ンドゥールさんってまるで周りが見えているみたいに動くわよね。本当に目が見えないのって、時々疑っちゃうわ!私。」
雨が降ったわけでも無いのに湿っている地面を彼女が視認することは無い。彼女は至って普通の女性だ。
「失礼な。私にはこの杖があるからな。これがあれば、今の君の表情だって分かる。」
「まあ、やだわ。私、変な表情してなかったかしら。」
彼女の周りに花が咲いたような雰囲気が漂う。ころころと笑う彼女のこの雰囲気が私は好きだった。
彼女にとってはただのお友達としか思っていないのかもしれないが…。

「もう日が暮れて来ちゃった…。」
人も少ないベンチで他愛も無い事を喋っていたら、不意に彼女がそう漏らす。
思えば彼女とは長く居たかもしれない。
彼女と居る時間はいつもとても短く感じる。自分の体内時計に笑ってしまいそうだ。
「君に渡すものがあるんだ。」
そういうと彼女は目を丸くして私を凝視する。
「それ、私も言おうとしてたのよ。」
「それは初耳だな。」
茶化して笑うと、彼女もそれに乗ってくる。
ひとしきり笑ったら、私は感付かれない程度に深く呼吸をしてから服に忍ばせていたものを取り出す。
彼女よりも先に渡しておきたい。もし失敗しても、彼女を思い出すような品を手元に残さない様に。というのはいくらか女々しすぎるだろうか。
「私は君を友よりも恋人にしたい。」
差し出したのは長細い箱で、中にはネックレスが大切に仕舞われている。
ブルーの宝石がワンポイントである上品なネックレスは、きっと素朴な彼女に似合うだろう。
「…それ、私も言おうとしてたのよ。」
彼女の手にあるのは青い、輝く水のような花だった。


back / top
ALICE+