台所に二人で立つと言うのは、想像以上に狭いというのが最初の感想だった。
いつもの要領で調理をしようものなら、花京院くんと肩が触れ合ったりなんてことはもう数度やっている。
その度にごめん、なんて謝ってはちょっと無言になる。これじゃあまるで中学生のカップルみたいだね、なんて思っても勿論言わない。
「花京院くん、フライパンどう?」
泡立て器を握る力を少し緩め、花京院くんの方に振り返ると思いのほか近くに花京院くんが居る事に気がついて少し驚く。
花京院くんもこちらを振り向いてからにこりと笑ってだいぶ暖まってきたよと言った。
「生地、入れるかい?」
温和な笑顔で言われてどきりとする心臓に意識を向けないように、と躍起になりながら「そうだね」と返す。
ああ、花京院くんは何でこんなにも平静を保っていられるのだろう。
「あ〜、いいにおい…。」
くうくう鳴くお腹ははやくそのパンケーキを胃に収めろと騒いでいるようだ。
私がある程度ものを食べる事と、すぐにお腹が減る事はもう彼には隠せない。なんたって道中常に近くに居るのだ。腹の音など隠せる筈が無い。
「名前さんは何で食べる?バターとジャムならあったと思うよ。」
フライ返しを私に渡して冷蔵庫を開ける花京院くん。大きい手でバターやジャムを取り出していく。
その手にはブルーベリー、杏、いちご、シナモンアップルと様々な色に輝く瓶が握られていて、その光が花京院くんの大きな手や切れ長の瞳に荒く反射してきらきらと光る。
ただ純粋に綺麗だなと思うのは、例えようも無く美しいと思ったからだろうか。
「じゃあブルーベリーにしようかな。」
私も花京院くんにならってにこりと微笑みながら答えて、恥ずかしさを誤摩化すようにパンケーキを裏返す。
パンケーキは何事も無く裏返った。
☆
キッチン付きのホテルなんて珍しいな、というのが第一印象だった。
遠目からでは大きく見えたキッチンは実際に立ってみると想像以上に狭く思えた。
それは隣に彼女が立っているからなのだろうが。
先ほどから何度も肩が触れて、その度に二人して謝る。何となく話題も無くてそのまま無言になるのがなんとも腹立たしい。
僕がジョースターさんのように饒舌であれば、とか、承太郎のように無言でもどこか人を惹き付ける人であれば、とか。今後悔してもどうしようも無い思いが浮かんでは消える。
そんな事を思う度に自分の性格に嫌気が差すだけだと思うも、やはりそんなにすぐに考えを改められる訳も無い。
「花京院くん、フライパンどう?」
名前さんが不意に僕に話しかける。
はっとしてフライパンに手をかざして温度を確認する。しまったな、熱いくらいだ。
動揺している事を隠すようにぎこちなく笑ってからだいぶ暖まってきたよ、なんて言って誤摩化す。
しかし少し落ち着いたら今度は名前さんとの距離にどぎまぎする。少し手を伸ばせばすぐに届いてしまう。
僕と彼女の本当の距離は手を伸ばしても届かないのかもしれないけれど。
「生地、入れるかい?」
ネガティブな思考を振り切るように作業に集中する。名前さんの持っているボウルの生地もきれいに混ざっているようだった。
名前さんはよく食べる。だからなのか、それとも逆なのかは分からないが彼女は料理の手際も良いようだった。きっと料理自体も上手なのだろう。
「そうだね」
薄く笑う名前さんはかわいらしい。彼女はどんな顔をしていても、何をしていても可愛く見える。小動物みたいだなあ、と独り言のように承太郎の横で漏らしたことがあるが、承太郎は軽く眉間に皺を寄せて小首を傾げていた。
惚れた弱みというか、なんというか。
そのとき、隣で小さくきゅう、と音がなった。名前さんのお腹が鳴ったのだろう。
旅の中では最早日常茶飯事なのだが、お腹の音さえも可愛いのかと思うとたまらなく愛おしさがこみ上げる。
ああ、今すぐ抱きしめたい。
ぐうう、と愛おしさと一緒に熱が上がっていくような感覚。ああ、好きだ。好きだなあ。
顔が火照りそうだ。手に持ったフライ返しを名前さんに押し付けて冷蔵庫に顔を突っ込む。
「名前さんは何で食べる?バターとジャムならあったと思うよ。」
顔を冷やすために冷蔵庫に顔を突っ込んだんじゃないんだからと言うように白々しく名前さんに問う。
丁度紅茶を飲みたいという話をしたときに買ったジャムが残っていた。この旅では荷物の多さは命取りだ。このジャムも今日の間に使い切ってしまいたかった。
フライパンの前に立つ名前さんはなんだかこう、自分でもどうかと思うのだが、僕のお嫁さんのようだった。
休日の三時くらいに、二人でおやつにしようかとホットケーキを焼いているような。本当に自分でもどうかと思うし、きっと名前さんにこれを聞かれたら軽く引かれるのだろうが。
にやける顔をなんとか笑顔に取り繕って。
「じゃあブルーベリーにしようかな。」
にこりと今度は満面に笑った名前さんは花を背負っているではないかと錯覚する。
少女漫画に感化されすぎだろうか。
それだけ言って裏返されたホットケーキは綺麗な円になっていた。
ああ、名前さん。なんで君はそんなに平静を保っていられるんだ。
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