偶然入ったのだ。本当に偶然。
彼の追っかけをする少女達と同じ様に彼の後を付けた訳でも無いし、彼の周囲で彼に色目を使っていた訳でも無い。
重厚な扉。それを開けたら静かに鳴り響くベル。全て私の理想通りのお店なのだ。
そこで空条承太郎がコーヒーを啜っているとは夢にも思わなかった訳なのだけれど。

彼と私は生憎仲の良い友達な訳でも幼なじみな訳でもない。ただ同じ学年で同じクラスなだけだ。
しかも彼はある一時期から一ヶ月半程学校を休み続け、今や補習で教室に残る日々を過ごしているのだと友人から聞いている。
だとしても彼ならばすぐに補習プリントを終わらせるか、教師を威圧して単位だけ貰うかのどちらかなのだろうと、男子達は話しながら賭けに興じていた。
なるほど彼はステレオタイプの不良のようだ。
しかし、シックな雰囲気を醸し出しているこのカフェで、足を組んで新聞を広げながらコーヒーを飲む姿は何故かとても良く馴染んでいた。
全身黒の学ランも、大きな身長も、まるでそこにあって然るべきといったような風なのである。
対する私はセーラー服で浮いているのではないだろうかと急に不安にかられた程だ。

エスプレッソと甘いケーキが机に配膳される頃には視線は彼から離せなくなっていた。
何の記事を読んでいるのだか分からないくらい、表情が変わらない。時折コーヒーを飲むときにしか動かない表情筋はコンクリートで出来ているのかと錯覚させられるが、やはり彼は人間だった。
私の刺さる様な視線に気がついたのだ。鋭い眼孔が私を射抜く。

「さっきからジロジロ俺を見てるが、何か用でもあるのかよ」
私たち以外に辺りに客が居なくて本当に良かったと思う。きっと大勢人が居る中でこんな事を耳打ちされたら緊張や恐怖がないまぜになって嘔吐必須だったろう。
実際空条承太郎のみに睨まれているだけで胃液が逆流するのを感じるのだから。
「ナンデモ、ナイデス」
それだけ言うと彼は深くため息をついて自分のついていた席に戻り、
自分のコーヒーを手に私の座っている向かいに腰を下ろした。
傍から見たらもしかしたらカップルにさえ見られるかもしれない、プライベートゾーンを完全に無視した距離。
「あの」
「俺が向かいに居たら都合が悪いのか」
「都合が悪いとか悪くないとかじゃあないって言うか…」
「じゃあいいだろ。アンタも俺を観察しやすくなったろーがよ」
その言葉に目を見開き、顔が青ざめ冷や汗が垂れるのを感じる。気がつかれていない訳が無かったという事か。
実際彼が向かいに座った事によって、唇が以外と痛んでいるんだとか、下睫毛まで長い事だとかを一瞬で把握で来た。
…ただ、私のパーソナルスペースが侵害されているのも事実。反論出来ない、出来損ないの頭を恨むしか私に出来る事は無かった。
「それに、俺もアンタを観察しやすくなった」
ニマ、と悪戯っぽく笑うその顔に、彼の表情筋はコンクリートなんて言った過去の私は一瞬で打ち砕かれたのだ。


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