はた、と廊下で見知らぬ少年と出会った。
珍しい。いつも来る客人なんていつも決まっていて、知らない人など滅多に来ないのに。ましてや廊下で鉢合わせなんて始めての事だった。
「ええと…」
少年は酷く恐怖し、混乱しているようで、私が声を発するだけでビクリと体が跳ねた。
はあ…といつものため息を一つついて、彼にちょっとごめんね。と一言。
怯える彼を放置してこの館の主人を探す。
「DIO〜?ねえディオ。ディーオ、どこにいるの?」
この館は無駄に広い。
使用人…なのか部下なのかよく分からない人達を数人住まわせてもまだまだ余裕な広さだ。
まあいつもはここにいるから、と適当な部屋を開けては閉める。
「なんだ名前、何かあったか。」
後ろのドアが小さく音を立てて開いた。
「まあ珍しい、なんで空き部屋なんかに居るのよ。」
そのドアの向こうは確かに空き部屋で、誰かが居たような形跡も無いような部屋だったはずだ。
「ああ、少し用があったんだ。…で、何の用だ?」
「そう、さっき廊下で少年と会ったのだけれど。あの顔立ちは多分アジア系の人間ね。」
「花京院か。適当に館を探索してこいと言っておいたからな。」
「ふうん…?」
「なんだ、嫉妬か?」
「ばあか、んな訳ないでしょ。大体何であんたに嫉妬しないといけないのよ。さっさとジョナサンの体返しなさいよ。」
「クク、可愛げのない奴だ。」
「余計なお世話よ。」
そうか、と一言残してドアが閉まる。
あの空き部屋は多分、花京院君の為の一時部屋になる事だろう。
まだDIOが部屋を整備してる間、私はもう一度花京院君を探しに歩く。
先ほどすれ違った時からあまり時間は経っていないはずだ。
スタンドで瞬間的に移動しながら時間を短縮。
特徴的な髪と服装を見つけて速度を落として近づく。
「花京院君、よね?」
先ほどの少年…もとい花京院君はさっきのようにびくりと肩を揺らしてこちらをゆっくりと見やる。
「あの…ええと…こんにちは…?」
花京院君はそう言って頭を下げる。
「わお!これが噂のジャパニーズお辞儀ね。見るのは初めてだわ…。」
大げさに肩をすくめて手を口の前で大きく開いて眉を上げてみせれば彼はくすりと笑う。
つられて私も笑うとなんだか彼の緊張も少し和らいだように感じる。
「ねえ花京院君、この館広いけど歩き疲れてないかしら?少し休まない?」
うふふと笑って手を差し伸べる。
彼はにこりと微笑んで、それじゃあ是非と言って私の後を追ってくる。
なんだか鴨の雛のようだ。
最初に見た物を親と認識して後を追う、可愛いもんじゃあないか。
薄暗い日光が当たらない部屋でテーブルを囲みグラスを用意する。
「花京院君は赤がいいかしら?それとも白?カクテルがご所望だったら作るけれど。」
ワイナリーからDIOのとっておきを選別して聞く。
「私は白が飲みたいなあ。赤は色が素敵だけれど渋すぎるわ。」
「あ、あの…僕未成年なんですが…。」
「あら、あなたの年になったらイギリスでは場所にはよるけれどアルコールの摂取が認められてるのよ?」
「ここはエジプトですけど…」
「あは、例えよ例え。国によっては許可されるんだったら、ちょっとくらい大丈夫って事じゃあなくて?」
「ううん…?」
「さ、白か赤かどっちがいいかしら?私のおすすめはこの白ね。舌触りがよくて、後味もすっきりして飲みやすいわよ。」
薄く笑ってワイナリーから一番良い白ワインを見つけて出す。
じゃあそれで、と苦笑いする花京院君と私の分のグラスにワインを注いでテーブルへ運ぶ。
ついでにおつまみのチーズとサラミも忘れずに。
「おい、私を抜きにして酒盛りか?」
椅子に腰掛けた途端に背中にぶわりと感覚がする。
またスタンドを要らない事に使って、と思う。
振り返ると不機嫌そうなDIOの顔。
途端に花京院君の顔色が悪くなる。
「おっとディオ、嫉妬かしら?」
「ああそうだ。俺のワインを勝手に開けて、とっておきだったんだぜ。」
「まあ、まるで昔のあなたみたいな強欲さね?うふふ」
笑ってやればDIOも喉の奥でククッと笑う。
花京院君はそんなDIOが物珍しいようで目をぱちくりさせている。
「DIO…様って…そんな風に笑われるんですね。」
「いやね花京院君。この人はこんな笑い方しか出来ないわ。昔からね。」
「おい名前。そんな言い方はないだろう?」
「うるさいわね。悔しいならジョナサンみたいに清らかに笑いなさいな。」
「はは、これは手厳しい」
DIOは肩をすくめておどけてみせる。もう慣れたものだ。
私は仕方なくグラスをもう一つ出す。
がぼがぼと注いで乱雑に置いてやる。
「さ、飲みましょう。花京院君の歓迎会って事で、ね」
「そうだな。花京院のこれからの闇の僕としての忠実と、栄光に乾杯」
『かんぱ〜い』
「は〜あ、飲み過ぎよ二人とも。」
リビングに充満する酒のにおい、床に転がる数本…もとい数十本の瓶、袋のまま開いたつまみ。
極めつけには変な笑い声を上げて完全に出来上がっている花京院君とその花京院君にちょっかいをかけるDIO。
「全く、酔い方は昔から変わらないんだから。」
まず花京院君に絡むDIOを抱え上げる。
「なにをするんだ名前!俺はまだ飲みたいんだけどなァ〜?」
「うるっさい!水飲んで寝る!ほら!」
よくよく思えば何でDIOは酔っぱらっているのだろう。
あまり自分の体を研究しないものだから分からないけれど、やっぱり臓器は機能しているのだろうか。いや、機能していないからこそすぐに酔っぱらってしまうのかもしれない。
「んんん…しかしまだ酒が残って…」
「もう!鬱陶しいわね!さっさと寝室行かないと朝日に照らすわよ!」
「うげえー!やめてくれよ、行くからさ」
「ん、よし。」
さっさと脱いだ服を渡して寝室へ促す。
あとは花京院君だが…
「おお、寝てるわ」
安らかに眠っている。
ぐーすかと寝息を立てているうちにゆっくりと近づいてじいっと観察する事にする。
日本人らしからぬ彫りの深い顔、眼球運動によって微かに動く瞼とそれに合わせて震える睫毛。
ふっくらとした唇からは息が漏れている。
このまま起きるまで見ていようか、どうせ私に睡眠は必要ないのだし。とも思ったが流石に時間の無駄なのでため息を一つ吐いて立ち上がる。
瓶に一つ一つ触れてゴミ箱の中まで移動させる。
こういう時この能力が便利だと思うのは流石にもったいないのだろうか。
「名前さん…あ、わ…すみません僕…」
「あら、起きたのね。おはよう。もう朝よ」
「ああ、すみません。片付けも出来なくて。」
「いいのよ。DIOに比べたら可愛いもんよ。」
はは、と苦笑いする花京院を横目に片付けを終わらせる。
勿論彼が起きてからはスタンドは使わない。まだそこまで信用している訳ではない。
パンパンと手を払って花京院君の隣に腰を下ろす。
「ねえ、少しお話しないかしら。」
「ええ、いいですよ。」
「うふふ、じゃあ昔の話。昔って言ってもそうね…100年くらい前かしら。いや、もっと前だったかもしれないわ。この体になってから時間の感覚があまり無いの。」
「ああ…やはり貴方も吸血鬼だったんですね。」
「まあね。でもあんまり人間の血って美味しくないのよ?でもそれを啜らないと生きていけない。厄介な体になってしまったわ。全部ディオが悪いのだけれど。」
そう言うと彼は少し体を強ばらせてDIO様と何か?と聞いた。
「まあね。一方的に人質にされてそのまま」
チューっとね、と肩に爪を立ててやれば花京院君は少しだけ顔を青くさせる。
「それで吸血鬼に…」
「ま、それについては後悔はしてないわ。普通の人よりもこの世の美しいところを見て回れたもの。」
「ポジティブなんですね。」
「そうでもないわ。何度死のうと考えた事か。全部DIOに止められたけれど。」
最初のうちだけね、と少し重くなった空気を霧散させる。
「でもあいつの首の付け根見たかしら?あの傷。あれ、私の親友の体をつなぎ止める傷なの。」
「え、そうなんですか?…ええと、じゃあ体がその…名前さんの親友ですか?それとも頭?」
「聞き上手なのね。体が私の親友、ジョナサン・ジョースター。それが頭に来てね。あいつが死ぬまで死んでやるかーって。死ぬに死ねないわけ。」
「なるほど…でもDIO様は息絶えると僕たちは悲しみます。酷く。」
「あら?それはどうかしら。」
「というと?」
「それは内緒。DIOに怒られてしまうもの。」
頭にハテナマークを多く浮かべた花京院君。
DIOに怒られてしまったら朝…もとい夜立てなくなってしまうわ。
「ただ一つだけ、言っておくわ。星の運命は正義よ。穢れた血はいずれ正義に浄化されて消える。」
「それは…」
「ああ!これについては胸の奥にしまっておいて頂戴。いつか思い出す日が来るわ。」
100年も経った。きっと今では昔世話をみていたジョセフも結婚して、孫だっているだろう。
そしてきっと彼らは出会うわ。きっと花京院君と同じくらいの年の星の人間と。
そうしたらDIOを殺すのかしら。そうしたら私は
「貴方はそのどちらなのですか。」
不意に花京院君から質問が投げかけられる。
この事に関しては胸の奥にしまっておけって言ったのに、と言うとこれだけですと微笑まれた。
「勿論私は後者よ。いずれ正義に浄化されるわ。」
「本当に、そうでしょうか。」
「どういうこと?」
「僕は、あなたは正義だと思う。貴方は、名前さんは、悪を浄化する存在だ。」
「DIOもまともに飼いならせてない私が?」
肩をすくめて言うと彼は白い歯を見せてクスリと笑う。
「名前さんは僕の敵だ。きっとDIO様と敵対する。それは僕と敵対する事と同じだ。」
「そう?DIOと敵対するにしても貴方と敵対するかは分からないわよ?」
「いいえ、僕はDIO様に忠実を誓っている。きっと僕と名前さんは敵対する存在になる。僕た
ちはもしかしたら出会うべきでは無かったのかもしれない。」
「やだわ、そんな悲しい事を言わないで。きっと私たちは出会うべくして出会ったのよ。いずれ敵対するとしても。」
花京院君と私の間をずいっと詰めて手を握る。この話を終わりにさせたい。
きっとこの話に終わりは無い。なんせ未来や人間の本質に関わる話だ。多くの哲学者がいくら考えて計算しても分からない話だ。
手を握られた彼は急に口をつぐんで顔を赤くする。
私はその反応が楽しくってのどの奥で笑ってからさあもう一度しっかり寝ることにしましょうと花京院君を寝室へ促した。
ぐっすりと眠った花京院君を確認してから自室へ行き煙草を取り出す。
この体になってから、自身の体に対しての影響を考えなくなった。
肺に煙を送り込んで、じっくりと味わってから吐き出す。白い煙が鼻の先を浮かんで、部屋中に消える。
そういえば私は呼吸をしているのだから血液は確実にまわっているのか。という事は心臓も動いているし臓器も正常に動いていることになるんだろう、と思う。
でもその血はちゃんと赤なのだろうか。
そういえば花京院君の髪の色は赤だった。染めたのだろうか、それとも地毛なんだろうか。
彼はいつかきっと星に導かれて正義となるだろう。
私はきっとDIOと共にながいながい人生というにもおこがましいくらいに異形の物になって長い道に終止符を打つ。
これ以上100年、それ以上前を知って、はなせるものがこの世に居て良い訳が無い。
この世の倫理に逆らう事はするべきではない。
それが運命なのだ。私を知る者をこれ以上増やす訳にはいかないのだ。
ジョナサンの息子は、ジョセフは、その子供は、そのまた子供はどのような姿になって私たち吸血鬼を追いつめるのだろうか。
それはそれで楽しい気がする。
そんな未来に思いを馳せて煙草をもみ消し布団に潜り込む。
その時の思いは50日足らずで実現してしまったようだ。
目の前で目を丸くするジョセフ、そしてその孫。それから…花京院君。
「ああ…君は名前さんじゃあないか…昔俺の世話を見てたんだよなァ…写真が残ってるんだぜ…。」
「ああジョセフ…大きくなったのね…それに老けたわ。それからその隣はそうね…ジョセフの孫かしら?ジョナサンにそっくり…。」
花京院君はすい、と目をそらしている。きっとDIOを探しているか…この状況に目もあてられないんだろう。
「おいジジイ、こいつは知り合いなのか?」
「ああ…昔、わしの世話をしていた。ああ…そうだ、どうりで見た目が若いと思ったんだ。リサリサの事があったから…波紋でも習っているのかと思っていた…。まさか吸血鬼だったとはな…。」
「まあジョセフ、話し方まで老けたわね?」
ふふ、と笑うとジョセフは苦く笑う。
「それで名前さん…DIOはどこだ?」
「それを話す前に、私で腕鳴らしはどう?勝ったら居場所くらい話してあげる。女だからってなめちゃあ駄目よ?スタンドだって使えるんだから。」
「名前さん…スタンド使いだったんですか。」
花京院君が不意に口を開く。
彼が私の名前を知っていた事にジョセフとその孫が少し驚く顔をした。
「まあね。ただまだ能力は内緒よ。最初から分かってても燃えないでしょ?」
ただ殺さないでね、DIOを監視する仕事が残っているのだから。
そういってスタンドを出す。途端に三人は身を固く警戒する。
「ショーターイム!ってね!」
「あら、っとと…チェックね。してやられたわ。流石星の一族ね。」
ぶわ、とスタープラチナの拳が眼前まで迫る。殺すな、と言ったのが突っかかったのか、殴り抜けるまではしなかったようだ。
「まあ、殺さないなんて。それでいいのかしら?承太郎。」
「お前を殺すとDIOの居場所が分からないままだからな。」
「ああ、確かに。」
たらりと自分の口から流れる血を拭う。
その手についた赤色を見て、ああ私の血もちゃんと赤色をしていたのかと何故か安心した。
「DIOはそうね…多分寝室に居るんじゃあないかしら。少なくともこの館の中には居るはずだわ。何せアイツは貴方達が来るのを心待ちにしていたのだから。」
「なあ、名前さんは俺たちの敵なのか?味方なのか?」
「そうねえ…貴方達の敵ではないけれど、世の中の敵。そしてDIOの…ディオの敵よ。私はそうあり続ける。」
「でも名前さんは僕の敵なんでしょう?」
「あら、覚えていたの?昔はそう思っていたわ。ただ少し考えたの。貴方達の敵になっても私にメリットが一つもないのよ。でも私は貴方達と戦いたかったの。だから世の中の敵になる。うふ、これで全部解決だと思わない?じゃあ私は一足先にDIOを探しに行くから。」
しゅん、と少しの圧力に耐えて移動する。まずは私の部屋、次にDIOの寝室。
しゃべり声が聞こえる寝室の前の廊下に意識をやる。ここで出て行くのは得策では無いだろうと耳を澄ませる。
「まあた馬鹿な事して…」
一通り茶番も終わったところでドアを開ける。するとジョースター二人と花京院君ももう着いていたようだ。
「名前…聞いていたんだな。」
「ええ、粗方ね。馬鹿な事してるなァと思って。」
「ム、馬鹿とはなんだ。」
「あら?間違っていないと思うけれど?」
「つれない奴だな。」
「余計なお世話よ。さっさと灰になってなさい。」
私たちの軽口の応酬を信じられないものを見るような目で見られる。
最後にDIOから頬へキスをされる。冗談はここまで、の合図だが、私はその跡を手の甲でぐいっと拭う。
DIOはそれを見てのどの奥で笑う。嫌味ったらしいったら。
「おお、DIOが危ないわね。」
屋根の上からDIOと承太郎の戦いを眺める。
ジョセフが吸血された時は流石に頭に血が上ったが戦いに手を出してしまうとDIOが死ぬ前に私が殺されかねない。
「あは、ざまあみなさいDIO。」
屋根から屋根を移動してより近くへ寄る。
最後に足を下ろしたのは橋の赤いブリッジ部分。
その瞬間、ザ・ワールドのキックした足とスタープラチナのパンチが交差する。
ばきばきとザ・ワールドの足がひび割れる。
「ついに決着かあ…」
100年と少しの戦いの決着に思わず目頭が熱くなる。
これでやっと私もジョナサンの元へ行けるのかと、嬉しくなる。不謹慎な話だけれども。
ブリッジの頂点からふわりと着地して承太郎へ歩み寄る。
「おめでとう承太郎。勝ったのね。」
「ああ…ただジジイが…」
珍しく彼が少し動揺していた。ただまだ間に合うかもしれない。
「大丈夫よ。早くスピードワゴンの財団の救急車を呼んで。DIOの血をジョセフに輸血しましょう。一か八かだけれど。」
「…っそうだな。そうしよう。」
「ああそうだ、花京院君なら一応死なないようにしておいてあるから心配しないで。あ!別に吸血鬼にした訳じゃないわ。」
花京院は、DIOが穴をあける寸のところでかばった。私のスタンドは瞬間的に物を移動させる能力。時が止まる寸前で花京院君の前へ移動した。成功するかしないかは五分五分だった。
だけれど私は成功した。瞬間的に移動する時、私の体は全てに反して一瞬だけ(結果論からして体感的にという事になるけれど)この世界から消える。その一瞬の間、時を止めても私の時間は止まらない。結果的に私はDIOの世界に入り込む事に成功した。
そして、どうにかこうにか、私が死ぬか花京院が死ぬかを天秤にかけさせた。
枠にとらわれる事を嫌うDIOは、両方をそこそこに殺す事に落ち着いたらしかった。
「…そうか、世話になったな。」
「いいえ。」
「これからお前はどうするんだ?」
「そうねえ…DIOの最期を見届けてから私も灰になろうかしら。このままじゃ普通に死ぬだろうしね」
「…そうか」
承太郎はぐい、と帽子の鍔を下ろして言う。こうされると顔が見えなくてなんだか不安になるのだけれど、彼は知った事じゃあないだろう。
「名前さん」
不意に後ろから声が投げかけられる。
「花京院君」
振り返るとそこには赤い髪の彼がいた。
「僕も救急車に同乗します。DIOの最期を僕も見ておきたい。」
「そうね、私も同乗させて頂戴。」
「…ああ、そうだな。」
ざら、と溶けるように消えるDIOの亡骸を車から涙が浮かぶ目で見る。やっと終わったのだ。私の全てが。
「じゃあ私もそろそろ砂漠の一部になろうかしら。ふふ、ロマンチックね。」
「待ってください。」
くい、と裾を引っ張られる。裾からそれをつかむ指、手のひら、腕と順に視線をうつす。最終地点の顔は花京院君の顔だった。
「どうしたのかしら?」
彼がぎゅう、と私の手を握る。不意にだったから…そう、不意にだったから少しだけ胸が高鳴る。
「逝かないでください…というのは烏滸がましいので…せめてもう少しだけ、話をしませんか。」
「…ええ。構わないわよ。」
「貴方のおかげで僕はいろんな事があっても助けられた。僕はこの旅で貴方にとても支えられた。」
「私は何もしていないわ。」
「そんな事はないです。…僕が勝手に思ってるだけかもしれません。でも確かに貴方は僕の支えだった!」
「そう…それは…この時代に生きて良かったと思えるわ。ありがとう、花京院君。」
「それで…その…僕は…貴方の事を考えると、なんだか勇気が湧いてくるんです。元気が出る。」
「つまり?」
そう急かすと彼は手を握り直して手の甲にキスを落とす。いつから彼はこんなに日本人らしくない行動をおこすようになったのだろうか。…私は彼をそこまで知っていなかったから、昔からそういう性格だったのかもしれないけれど。
「僕はどうやら貴方に恋をしていたらしい。」
「…まあ、それは災難ね。」
「ああ…本当に。」
花京院君の手を握り返してぐいっと引いて、近くなった唇に私の唇を重ねる。
「尾を引かないで、私を忘れて生きなさい。元々私はここにいる筈の存在じゃあない。このキスが決別。私も貴方を愛していたわ。本当よ?」
もう一度、今度は深く、舌を使ってキスをして足から日へ身を投げる。
「貴方は…やはり悪では無かったんだ。こうなってしまったのはきっと…結局、吸血鬼という存在が悪だっただけで、貴方に精神は正義だっただろう!僕は…そう思う。だからこれは浄化なんかじゃあなくて、もっと神秘的な何かの筈だ!必ず!」
最後に耳に届いたのはその言葉。
痛みは無い。ざらざらと手も足も溶けていく。
もうあるのかないのか分からない目から、つうっと涙が零れた気がした。
さようなら、この時代に生きる皆。全てに幕を閉じましょう。カーテンコールも拍手も要らないわ。どうか全てを忘れて普通に生きて頂戴。
全てを忘れて
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