フライアウェイ・シンドローム01
「……は? 今なんつったババア」
起き抜け、母親を確認し舌打ちした直後に言われた言葉を咄嗟に理解できずに間の抜けた声を出すと、母親は先に言った言葉を繰り返した。
「帰ってくるって。キオ」
「兄貴が……?」
「知らない番号からかかってきたと思ったら、『俺だよ! 今週末帰るね!』って。あの子は本当いつも突然なんだから」
「……三年ぶりか?」
「そうねぇ。でもキオが今のあんたを見たらどう思うかしら?」
「! ……うっせぇ!」
「あらあら」
荒々しくパーカーを羽織り出て行った息子に母は溜息を吐くと、呟く。
「でもあの子がグレちゃったの、兄のせいでもあるのよねぇ……。吉と出るか凶と出るかって感じだわ」
「シノさん!」
「おっせーぞシノォー」
「わり」
先に待っていた二人の少年を見やって、シノは片手を上げ、軽い謝罪を投げる。
「シノさん、なんかありました?」
シノを慕う少年フリーに続けて声をかけられて、シノは肩を竦める。
「ババアに捕まってた」
「ん? お前のかーちゃん家にいるの珍しくね?」
軽そうな口調で話すのはハックだ。その隣に腰かけて、シノは伸びをする。
「そういうこともあんじゃねぇの」
そういえばそうだった。ひょっとして自分が起きてくるのを待っていたとでもいうのだろうか。だから特になにも思う訳ではないが、珍しいのは確かだ。
「ハック」
「ん?」
「今週末泊まらせろ」
「はー!? 急じゃね。なに? 寂しいの」
「言ってろ」
「シノさん! なんでオレじゃないんですかー!?」
「フリーは家族いるからだろ。二人っとも本当俺を駆け込み寺にするよなー」
「だめなら他当たる」
「ちょちょ、だめとは言ってないじゃん!」
ブティック前でそんな会話をしていると、誰かの囁きが耳に入った。
「……チンピラかな」
「スカル団だけで手いっぱいなのにな」
「学校も行かずに……」
ハックには聞こえたようだが、フリーは気づいていない。
「とりあえず行こうぜ。二人とも」
「はぁい」
「おう」
ハックの提案は見た目はとんがっているが根が傷つきやすいフリーを案じてのものだろう。シノはこの手の発言に特になにかを思う訳ではないが、フリーが無駄に傷つくのはやっぱりよろしくないと思う。
「今日はどこ行くんですか?」
「コニコ辺りまで行って、適当に時間潰して帰ってこようかと思うんだけど」
「わーいいですね! ポケモン持ってるのハックさんだけだからオレらなかなか行けないんですよねーカンタイシティから近いのにねー」
「お前らも持てばいいじゃん」
「家は妹や弟たちの食費でカツカツなんで……そういえばシノさんはなんでっすか? 一人っ子でしたよね?」
一人っ子。その言葉に足が止まった。
「シノさん?」
「……ポケモンに興味持てないだけだ」
「あらら、そうなんすか」
「……帰る」
「え?」
「今日は気分じゃない」
「来たばっかじゃん。やっぱりお前なにかあったな」
ハックがじと目になる。琥珀のような色の瞳で見つめられ、シノは少し唸る。
「その内、話すから」
「ん、待ってる」
「はい!」
こういう時追及されないから友人として長続きしているのだろうなぁと思う。今まで何人か不良仲間とつるんでいたが、やはり彼らが一番居心地がいい。
家の鍵を開けようとして、シノは首を傾げる。鍵は施錠されていないようだ。母親がまだいるのだろうか。だとしたら仕事を休んだことになる。顔を合わせるのは嫌だがここまで来て入らないという選択肢はない。一度息を吐いて、シノは扉を開けた。
瞬間。
「おかえりー!!」
「は……」
その男は玄関に入ってすぐのところでしゃがんでおり、シノを見上げてにっこり笑った。
「早かったね。驚いた?」
「……おま、え」
「やだなぁ」
自分に全く似てない顔が更に笑みを深くした。
「お兄ちゃん、だろ? お母さんが正式な帰ってくる日言うと帰ってこなさそうだから週末って言ったんだよ。実は今日でした!」
「ババア……!」
額を抑える。してやられた。目の前にいるのこそキオ。自分の実兄だ。
【170627】