フライアウェイ・シンドローム02
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「なんか言えやぁ!!」
「シノ血の気多くなったね」
思わず怒鳴ったシノに特に驚くでも眉を顰めるでもなくキオは笑った。今二人は顔を突き合わせて昼食を取っている。
「いやーしかしでかくなったね。僕より背伸びてるとは思わなかったよ」
「……」
「なんか言ったら〜?」
「お前は三年もどこほっつき歩いてたんだよ。くたばったかと思ったぜ」
「お母さんにも聞かれたけど。トラオムだよ」
「?」
「トラオム地方で博士になった」
「は……」
「と言っても見習いだけどね、楽しいよ!」
キオはおいしそうにウインナーを齧る。そういえばこの兄はウインナーが大好きだったな、と少し場違いなことを考えながらも、シノは呟いた。
「博士……」
「そ。進化について研究してる」
「お前に務まんのかよ」
キオはにっこり笑う。
「僕は要領がいいからね。シノと違って!」
「……」
「あれ、もう行っちゃうの? まだ全然食べてないじゃないか」
「気が散って食えねぇ」
まだキオはなにか言っていたが意識から追い出し、シノはリビングを後にした。
部屋に戻りベッドに転がり、天井を睨む。そういえばここはキオと合同で使っていた部屋だったが、もしかしたら奴もここで寝るんだろうか。二段ベッドはそのままになってはいるが。真下で眠られるのは正直落ち着かない。
「こんなことならハック達とコニコ行けばよかった……」
コンコン。
「……?」
部屋の窓を軽くノックされ、視線を向けるとよく見慣れた顔。隣には手持ちのポケモンであるライチュウが尻尾に乗って浮いている。
「なんだよ、ハック。コニコは?」
「行ったってーの。フリーが弟たちの迎え忘れててトンボ返りよ」
「それはそれは……」
「ほら、これやる」
「?」
手渡されたのは綺麗な石。稲妻のようなマークが入っている。
「かみなりのいし! 土産だとでも思ってくれ」
「ありがとう……でもこれポケモン進化させる奴だろ? 俺はポケモンは……」
ハックはにかっと笑う。心からの笑顔であるこの笑顔はシノは大好きだった。
「生きてる限り、なにか変わるかもしれないだろ? 無理に使わなくてもいーんだしな!」
「ライ!」
応えるようにライチュウが鳴く。
「……そうだな」
「じゃーな。俺も今日は帰るわ」
「おう」
窓が閉まり、やがてハックの気配が消えた。
渡されたかみなりのいしを布団の上に乗っけてふっと笑う。
「そんな顔もできるんじゃん」
しかしその笑みも次の瞬間には消えてしまった。
「勝手に入ってくんじゃねぇよ!!」
「えー僕の部屋じゃん」
「俺の部屋だ!!」
「ベッドそのままじゃん……ねぇさっきの子、友達? 随分派手な見た目だったねー」
「関係ねぇだろ」
キオはクスクスと笑う。同じ笑顔でもこいつのはムカつくと、つくづく思った。
「そんな訳で、僕からもプレゼントです!」
「いらねぇ」
「なんとなんとなんとぉ!!」
「聞けよ」
強引に手渡されたのはボール。見たことがある。モンスターボールの一種だ。
「まさか。お前……」
「そうだよ。シノも今からポケモントレーナーだ! よかったなー!」
「……!」
カァ、と頭に血が上った。
「いらねぇって言ってんだろ!!」
ボールが床に転がった。
「……これに当たるのはないんじゃない?」
いやに冷たい声にはっとした。
「シノは八つ当たりなんてしない子だと思ってたけどね。それこそポケモンじゃあるまいし」
キオの顔に表情はない。これは知っている。本当に起こった時の彼はいつもこうだった。
「あ、あの……」
「僕なりに、いろいろ申し訳ないと思って準備してきたつもりだったけどシノには僕はどう頑張っても悪ふざけしてるようにしか見えないんだね」
だってお前もへらへらしてて悪いじゃないか。そう思うのに、言葉が出てこない。
……兄が、怖い。
一つ息を吐いて、キオはボールを拾って部屋を出て行った。残された自分は、どうしようもなく惨めで。
「……!」
部屋を、家を飛び出した。どこに、なんてどうでもよかった。ここじゃないところに行きたかった。
【170628】