フライアウェイ・シンドローム03
「……」
気がついたらディグダトンネルの前にいた。野生ポケモンがいるし、これ以上は進めない。
『シノは八つ当たりなんてしない子だと思ってたけどね』
「なにがわかりやがる……好き勝手言いやがって」
そうだなんで自分は逃げてきたんだ。言い返せばよかったのに。今になって怒りが湧いてきて。しかし当たるような人物はここにはいない。
「……?」
不意にディグダトンネルから何かの気配を感じた。普通に考えれば通行人やポケモンなのだが、どうもそういうのとは違うような……。
「……」
シノはトンネル内に足を踏み入れた。なにかしてたい気分だったし、その『何か』に呼ばれている気がした。
『……はぁ!? 喧嘩した?』
「うん、そうなんだよお母さん。つい、ね」
電話越しに母親の盛大な溜息が聞こえる。無理もないか。帰っていの一番にこれなのだから。
『私が言っても、油を注ぐだけだと思うわよ。私も嫌われてるし』
「お母さんはそれについて、後悔してる?」
『ん?』
「僕は後悔してるよ。シノを置いて行ってしまったこと。当時はそれしかないって家出したけど、今になってもっと話せばよかったなって。だってあの子僕がなにしても怒るんだ」
『ああ……あんたがいなくなった直後は酷かったわよ。家庭内暴力とか喧嘩とか』
「わお」
『……そうね、私も後悔はしてるのかもしれないわ。昔からあんたたちのことはほっといていたに近いし、ちゃんと向き合ってればシノもあんたもなにも言わずあんな風にならずに済んだかもしれないしね』
「家出については申し訳なく思ってるってば〜」
『それをシノにも伝えたの?』
「伝えてない……」
二回目の盛大な溜息。
『どうせ仲良くなろうと小細工したんでしょ』
「……返す言葉もございません」
『そういうのいいのよ。あんたがなにを思ってここに立ってるか、伝えればいいの。シノだってあんなだけど心底グレてる訳じゃないんだから』
「かなわないなぁ」
『あんたたちの母親だからね。……ねぇ』
「ん?」
『昔から仕事ばかりで寂しい思いさせて、ごめんね』
「……それシノに言った?」
『いったいとこ突くわねぇ〜!!』
「ははは、それじゃ切るよ。シノを探さなきゃね」
受話器を置いて、キオは伸びをする。そしてボールを一つ取った。
「ムーランド。頼む」
出てきたのは、大きな犬のポケモン。少し一般と色合いが違うのは、色違いだからだ。
「これ、シノの匂い。わかる? 追いかけてね」
「わふ」
食事中使ってた布巾の匂いをかがせると、ムーランドは了解、というように鳴いた。
ディグダトンネルを通るのは初めてではないが、一人で入るのは初めてだ。いつもハックとフリーがいた。妙な気配は近くなっている。そして多少は覚悟していた野生のポケモンたちは姿させ見えない。不気味な静けさが洞窟内を支配していた。
「……不気味だな」
呟いた時だった。背後になにかが現れた。見えていないのにはっきりわかった。オーラ、とでもいうべきか。
なにかいる、なにかが。
振り向きたくない。そう思いながらも、シノはゆっくりと振り向いた。
「じぇるるっぷ……」
半透明の体をと触手を持った、見たことのない生物がそこにはいた。
(ポケモン……!?)
こんなポケモンは見たことがない!
逃げようと、竦む足で後ずさるとその生物は触手を自分に伸ばしてきた。
「!」
弾かれたようにシノはそれとは反対側に走り出す。
(ポケモンがいなかったの……あいつがいたから……!)
背後すぐ近くに奴が迫っているのを感じる。
(怖い……!)
「ムーランド、とっしん!」
ドギャァン、と大きな音がすると同時に、なにかが自分を包み込んだ。
「やあ、ダイジョブ? さっきぶり」
「……あ」
キオであった。キオが自分を抱きしめている。後ろを振り返るとあの生物は壁に吹き飛んでいて、犬型のポケモンが二人を庇うように立っている。
「走れる? 帰るよ」
「お前、なんで」
「なんでって?」
「怒ったんじゃねぇのかよ?」
「怒ったけど、兄弟喧嘩なんてよくあることだろ? いいから行くよ」
抱擁を解かれて引っ張られて、訳がわからないまま歩き出すと、
「じぇる……」
壁からよくわからない生物が起き上がってきていた。
「しつこいなぁ」
「お、おい……」
「シノを狙ってるみたいだね」
確かに触手を震わせ、シノの方を向いている。
「シノ、いいね? 恐らくあいつの触手はやばい。絶対に触らないようにするんだ」
「そんなこと言ったって……」
「僕のムーランドがもう一回とっしんするから。その隙に君はあいつを通り抜けて、出入り口まで振り向かず走るんだ」
「……お前はどうするんだよ!?」
「なんとかするよ。だって僕はお兄ちゃんだからね」
にこ、と笑う彼は記憶の中の兄そのままで。昔、泣き虫だった自分を安心させようとする時はいつもこの笑顔だった。
「言うこと聞いて。今だけでいいから」
「わかった……」
「よーし、行くよ。ムーランド、行って!!」
ムーランドが相手に勢いよく突っ込む。それを合図にしたかのようにシノは走り出した。
ディグダトンネルを抜けると、時刻は夕方になっていた。
「……」
ぺたりと座り込んで、息を吐く。怖かった。本当に怖かった。キオは大丈夫だろうか。膝を抱えて待つ。帰ってこなかったらなんて、いやな考えが頭をよぎる。そのまま数十分が経った。もう一度、トンネルに入るべきか逡巡していると。
「アローラ」
「あ……」
ボロボロになったキオがトンネルからムーランドと一緒に歩いてきた。
「あいつ毒吐くんだねー服溶けちゃったよ。シノは大丈夫?」
「……」
「あれ?」
反応がないことにキオは首を傾げ、シノの顔を覗き込む。
「ってええ!? シノ泣いてんの!?」
「……るっせ!」
キオの胸のもたれかかりシノは呟く。
「ごめん、ごめんなさい……兄さん」
その言葉に目を見開いたキオはその後苦笑した。
「ポケモン持ってないのにトンネル入ったこと、強く怒れなくなっちゃったねぇ……」
そして弟の頭をぽんぽんと撫でた。
【170630】