blue valet03
まるで、あの人に興味があるみたいですね。
「は?」
「だって」
イッテツは腕にとまったピジョンの羽毛を撫でながら言葉の続きを紡いだ。
「わざわざ僕に聞いてくるんだから、よっぽど興味があるんでしょう」
「……」
イッテツはルシナの後輩で、研修時代はサクレンが担当していた。その時は彼に指導などできるか、と気を揉んだのだが、イッテツはなんでもそつなくこなすタイプであったので、安心したのを覚えている。
「で、なにが聞きたいんですか」
「い、いや……あいつには妙なとこがなかったか?」
「妙、とは」
因みに場所は昼休みの屋上である。グラエナは皿にあけられたポケモンフードをもぐもぐと咀嚼し、そこにイッテツの肩から離れたピジョンが加わった。
それを横目で見ているとイッテツが呟いた。
「よりによって……」
「なんだ?」
「いえ、今の発現自体はルシナさんの件とは無関係です」
「そ、そうか……?」
「結論から言うとサクレンさんはなにもないと思いますよ」
「しかし……」
「なにもない、から厄介なんだと思いますよ」
「なに?」
イッテツはフェンスをぎゅっと片手で握り、遠くに目を凝らすような仕草をした。この男は考え込むときは遠くを見つめだすちょっと変わった癖がある。
「文字通り、欲求も、羨望も、夢も地位なにもない。なにも享受せず生きてきた人なんですよ。だから傍若無人だし人が関わろうとしてもどこかうまく行かない。……俺の親父が、そうでしたよ」
「……!」
「おんなじ匂いがし過ぎるんで吐き気しましたね正直」
「イッテツ……」
「だから、ルシナ先輩も関わることはないんですよ」
この話は終わりだ、というばかりにイッテツは体を半回転させフェンスによりかかった。
「ところで今週の日曜日非番でしたよね」
「ああ、……それが?」
「ミナモシティでやるコンテスト、見に行きませんか。姪っ子が出るんですよ」
「構わないが?」
「絶対ですよ」
納得がいかない。
いつもならパトロールに出向く時間なのだが、なんともじっくり考えたくて。一人資料の整理をしながら、ルシナは思う。
初めて見た激昂した彼。イッテツの言うなにもない、彼。
どれも今までの自分の評価にそぐわない、彼だ。
「あっ」
不意に資料が何枚か宙を舞った。
なにごとかと茫然としていると後ろからくえっと嬉しそうな声が聞こえてきた。
「お前か……」
彼の手持ち、悪戯好きのペリッパー。かぜおこしをされたのだろう。鳴き声よろしく嬉しそうだ。
「おーい、レキ」
そのタイミングで彼が待機部屋に入ってきた。そしてルシナを見て、数秒固まった。
「なーんだ、こんなとこにいたのか、ペリッパー」
「くぇ」
ペリッパーが首を傾げる。その動作を見て思った。このペリッパーは『自分が呼ばれた』と思っていないのではないか?
「この子の名前、初めて聞いた」
「なにが?」
ゴリ押しする気か。
「レキ、というのだろう、確かに聞いたぞ。思えば私の前でこの子の名前を呼んだことは一度もなかったな」
「……誰もいないと思ったんだけどなー……」
観念したように頭を掻くサクレンを見て、問いを畳みかける。
「で、なんでそれを隠す? NNくらいつける者はつけるだろう」
「や、そういうことじゃなくてさー……この話終わりにしよう?」
「……何故、」
「過去を調べられたら困るからでしょう」
ドアの前にたつサクレンの後ろから聞こえた声は昼休み話した相手の声。彼はサクレンを押しのけるように待機部屋に入ってきた。
「イッテツ」
「そのレキ、とかいう名前調べれば、なんか知られたくない情報が、出てくるんでしょ、おっさん」
区切るように放たれた言葉は若干、嫌悪に染まっている。
「そういって先輩に迷惑かけるのやめろよ、おっさん」
「俺は先輩じゃないの〜?」
にへら、と笑ったサクレンをイッテツは睨みつける。
「俺は、あんたが尊敬できない」
「そりゃあねぇ」
「その空っぽの心の底になにがある?」
にへら笑いが真顔に変わった。
「わかるんだ、あんたがなにか隠してて、それに対して薄汚い感情を抱いてて、それが原因で道化を演じてるって、そういうずるい人間なんだってな!!」
沈黙が落ちた。ペリッパーですらも微動だにしない。そのまま何十秒か過ぎただろうかという頃その言葉は放たれた。
「もし、そうだったら」
サクレンだ。
「俺はそんなに邪悪なことをしてるか?」
「は……?」
サクレンは真顔のままだ。放たれた言葉は氷のように冷たい。
「大した審美眼だ、おめでとう。でもお前は俺が嫌いなだけだろう? ルシナちゃんが俺に興味を示すのが気に食わない、遠ざけようと自分が持ってる一番殺傷能力の高い武器で俺を殴ってるようなもんだよ、それは」
刹那、サクレンの表情が酷く歪んだ。
蛇睨みにも近いとてつもない、憎悪の笑顔、この憎悪がなにに向けらているというのか。
「ガキが、悪戯に年だけ取ってるとでも思ったのか」
「あ、あんた」
「なーんて、ね」
声と表情がいつものふざけた印象に戻った。
「レキ、行くよ」
やっと名前を呼ばれたレキがくええ、と天井を旋回し部屋を出る彼に向かっていった。
「……あ」
「こないで。君はこない方がいい」
柔らかな絶対の拒絶。席を立ちかけたまま固まってしまったルシナをサクレンは少し申し訳なさそうに見た後、足早に部屋を出て行った。
「なんだ、あいつ」
イッテツが憎々し気に呟く中、ルシナは数分動くことができなかった。
結論として、サクレンは二度と出社しなかった。重要な会社のデータを持ち逃げした、と聞かされたのはその出来事の二日後だった。
【160610】