君が生きる物語02


 暗い空間に二つの目がある。
 僕は思う。こいつは僕を殺そうとしていると。
 でも、不思議と逃げる気にはならないんだ。
 だって、君も……。



「……夢」
 イチトの横でスボミーがあくびしている。いつもはイチトの方が早く起きるので、今日は寝坊してしまったようだ。
「お目覚め……ですか」
「うわっ!!」
 ベッドのすぐ傍にはヒスイがいた。初めて紹介されてから一週間ほど。年が近いからか、打ち解けるのは早かった。……今のはびっくりしたけど。
「びっくりした……君、気配ないね」
「……よく言われます」
「ひょっとして、僕の寝顔ずっと見てたの」
「……」
「無言になることかな!?」
 ヒスイは暫く無言だったが、呟くように言った。
「……ひどく」
「?」
「ひどく、寂し気な顔をしていたので……」
「え?」
「……忘れて、ください。坊ちゃんのポケモンは……このスボミーですか」
「う、うん……。違う」
「違う?」
「キチト……あ、僕の死んじゃった兄なんだけどね。そいつのポケモンなんだ」
 ヒスイはイチトの胸に手を当てた。年頃の女の子に触られたことなどなくてドキドキするし、何故こんなことをするんだろう。
「……辛いことを思い出させました」
 ああ、そうか。
 この子は優しいんだ。
「僕は大丈夫だよ」
「……本当に?」
「うん」
 ヒスイはイチトの胸にあてていた胸を離した。
「イチト様!! 遊びに来たぜ!!」
 バーン!と部屋の扉が開いた。勢いよく開き過ぎたせいで壁に跳ね返った開けた本人の頭に当たってバウンドした。
「いってぇ!!」
「……コテツ。朝からうるさい……」
「わりわり。今日は椿が咲いたから、イチト様に見てもらいたくて」
「椿?」
「ここキッサキって寒いじゃないですか。あまり花が育たないけど、椿ならいけるかなって植樹したんですよ。ビンゴでした!!」
「ああ、うちの庭、最低限の植物しかないからね……」
 コテツはイチトの手を取る。この二人はスキンシップが好きなのだろうか。
「見にきますよね?」
「……うん」
 椿という花はどんな花なのだろう。
「スボミーはどうする?」
「スボ……!」
 行きたいようだ。ぴょんぴょん跳ねている。



「わあ……!」
 椿は濃い赤口の丸っこい形の花だった。イチトとスボミーは初めて見る花に浮かれている。その後ろでヒスイはコテツの頭を小突いた。
「いだ。……なによ」
「チョイスが悪い……」
「ああ、椿の散り方?」
「散り方?」
 イチトに聞こえたらしい。振り向くとコテツは嘘ついても仕方ないか、と呟いて、続けて言った。
「椿ってそのまま花ごと落ちて散るんですよ。首が落ちるみたいで縁起が悪いとも、潔いとも言いますね」
「……ふーん。大丈夫だよ。僕も潔いと思うから」
「よかった〜!」
「キチトも多分そう言う」
「キチト?」
「死んじゃった僕の兄貴」
「あ……」
「ヒスイさんもコテツ君も優しいね。もう過ぎたことだよ」
「……コテツ、ジュレ出して」
「え?」
 ヒスイはボールを投げ、パオラを出した。
「ボチャ」
「ポケモンバトル。坊ちゃんのスボミーも参加」
「えっ」
「スボー!!」
 その言葉にスボミーは跳ねて喜んだ。
「スボミー……」
「ちょっと待てよ。ダブルバトルにしたって一人足りないだろ! イチト様のスボミーは赤ちゃんだし」
「出番ですかな?」
 庭の奥から声がした。
「じいや」
「坊ちゃんの相手を務めさせて頂とうございます。そろそろ坊ちゃんもポケモンバトルに触れるべきだとは思っていました」
「……スボミー、本当にいいの?」
 イチトがスボミーを抱き上げるとスボミーは笑顔で頷いた。
「……やろう。ヒスイさん、コテツ君」
「そういうことなら、行けっ! ジュレ!!」
「頼めますかな。オニゴーリ」
「……トル」
「ゴォッ!!」



「パオラ、みずでっぽう!」
「ジュレ、すいとる!!」
「なんの! オニゴーリ、こおりのつぶて! 先制ですぞ!!」
「……えっと」
 バトル開始と共に飛び交う指示にイチトは戸惑う。スボミーはうずうずして指示を待っている。
「し、しびれごな」
「ボミー!!」
 スボミーの体内から分泌された粉をパオラが浴びる。
「やりますね……」
「動きが鈍くなりましたな! フリーズドライ!!」
 じいや、名前はウッドという。ウッドのオニゴーリの技をダイレクトに受け、パオラはフラフラした後、倒れこんだ。
「俺一人かー!! 燃えてきたぞ」
「コテツ君……すごい」
 自分なら諦めて試合終了にしてしまうだろう。ナエトルと相性不利なオニゴーリがこちらにいるのに。
「よーし、のろい!!」
「ナエーッ!!」
「坊ちゃん、あれは厄介な技です。重ね掛けされる前に倒してしまいましょう」
「うん、スボミー、すいとる!」
「はっぱカッター!!」
 宣言は同時だった。技を放とうとしたスボミーにジュレの技が直撃する。
「スボ……」
「スボミー!!」
 スボミーは地面に落ち、気絶してしまった。
「オニゴーリ、フリーズドライ!!」
「……トルッ!!」
 オニゴーリの一撃がジュレにとどめを刺す。ヒスイが呟く。
「試合終了……ですね」
「スボミー!!」
 イチトはスボミーに駆け寄る。まだ動ける元気があるようだ。瀕死ではない。しかし様子がおかしい。
「スボ……」
「スボミー!? どっか痛いの!?」
「坊ちゃんご安心を。これは」
 ヒスイが目を細めた。
「進化ですね……。スボミーは懐き進化。今までバトルをしてこなかったから進化しなかったのでしょう……」
 刹那スボミーの体が光に包まれた。イチトの腕の中で姿を変えていく。光が収まった時にはその姿は別のポケモンになっていた。
「……ロゼリアですね。坊ちゃん」
「ロゼ……リア」
 ロゼリアと呼ばれたポケモンはその薔薇の腕でイチトに甘えてきた。
「はは、性格は変わらないね……」
 イチトは笑う。次にはその顔が陰った。
「キチトにも見せたかったな……」




「何故、君が突然バトルを申し込んだのか。坊ちゃん……イチト様の身を案じたのだろう?」
 ロゼリアと遊ぶイチトとコテツを庭の石段に座ってウッドは隣のヒスイに言った。
「君はスボミーがもうロゼリアになるのを読んでいた。人は変わると伝えたかったのではないか?」
「……」
「イチト様がキチト様のことでずっと悩んでいるのを見てきた。どう思ったのかはまだわからないが……今日の出来事は間違いなくイチト様に取って意味を持つものになると思う。……ありがとう、ヒスイ」
「いえ……。一つお聞きしていいですか」
「なんだね」
「キチトさんは、なんで……?」
「エイチ湖に落ちて溺れて死んだのだよ」
「そうですか……」
「私からもひとついいだろうか」
「はい……」
「君とコテツは何者だ?」
「……」
「君たちは突然現れた。身よりがないと。有能であったのとイチト様と年が近かったのがあって、私は君たちを迎え入れた。……しかし君とコテツのイチト様への献身はまるで」
 ウッドは言葉を切る。
「『初めからそうしようと思っていた』ように見えるのだ」
「……ごめんなさい。……今は話せません」
「そうか。変な言い方をしてしまったが、私は君たちを信用しているよ。これからもイチト様……坊ちゃんのいい友であってくれ」
「はい……」


【170824】