かごめかごめ01


 帰ると同時に部屋に転がり込む。母親がこら、とかはしたない、などと言った気がするが気にしなかった。机の上には今朝母が言った通りポケモンのボールが置いてあった。小さな付箋が『メノウへ』と貼られている。
「お兄ちゃーん! ボールの開け方ってどうやるのー!?」
 障子を開けて兄に問いかけたつもりが、受け答えしたのは違う人物だった。
「ミカゲ、そんなことも知らないの」
「コハクには聞いてないだろ! あと姉を呼び捨てにしない!」
「姉と呼ぶにふさわしい人になったら姉さんて読んであげるよ」
「ふんっ」
「あと普通にボタン押して投げればいいから」
「……ありがと」
 二つ下の弟は軽く手を上げて去って行った。反抗的なのか親切なのか。
「えい」
 教えられた通りにボールを投げるとボールからは黒と黄色い糸目のポケモンが出てきた。なにか持っているようだ。
「……メール。そうか、持たせられるんだっけ」
 早速開いてみると。おめでとう、という文字が目に入った。

『今日から君もトレーナーだね

             メノウ』

「できた? お、ヒノアラシじゃん。メノウ兄さんがくるのは週末だっけ」
「うん! 楽しみ! コハクもポケモン頼めばよかったのに」
「俺は……いいよ」
 ザクロイシ家。ここ、ジョウト、キキョウで知らないものはいない旧家だ。
「おや、来たのかい」
「……あ、オニキス兄さん」
「もう、コハクはお兄ちゃんやメノウは兄さんって呼ぶんだな」
「ヒノ」
 ミカゲの腕の中でヒノアラシが身じろいだ。
「ヒノアラシか。さすがいいポケモンを奥ってくるね、メノウは」
「はい」
「これ以降は君はこのヒノアラシの主だ。信頼と、友情を築いていくんだよ」
「はい!」



「オニキス兄さんは、これでいいの」
「なにが」
 書物を読む兄の背中に、コハクはまっすぐに問いかけた。
「ミカゲは気づいてない……知ろうともしていない、の方が合ってるけど。メノウ兄さんは分家だろう」
「……」
「ごめん、いやなガキで。でもミカゲが傷つくのは嫌だから」
「そう思っている時点で、君はガキではないよ」
「……」
「ハヤトさんにポッポを借りて、文を飛ばしたよ」
「どうだった?」
「返事はなく、ポッポだけが帰ってきたよ」
「……」
「覚悟を決めなくては、いけないかもしれないね」
 重苦しい表情で、オニキスは書物の頁をめくった。



 週末。
「あーまだかよー。待ちくたびれたー」
「ミカゲ、その言葉使いは汚いよ」
「だって女が女の言葉を使わなきゃいけない理由もないだろ。それにたまにじゃーん」
「……」
「ミカゲ様、コハク様。メノウ様が到着されました」
「あ、うん!」
「……わかった」

 ザクロイシ・メノウ。

 エンジュにあるザクロイシ家の分家の当主で今年25になるらしい。ミカゲは顔も覚えていないようなこのメノウが大好きだった。
 最初に手紙が来たのは自分が五つの頃だったと思う。急な手紙に驚いたし、なにかと身構えたがどうしてかその内容はとても目を引いた。
 日常話、相談、他愛もないこと、愚痴。手紙の中のメノウは全てを受け入れ、返してくれた。
 ヒノアラシをくれたのだって、自分がポケモンが欲しいと文でこぼしたからだ。
「どんな人なんだろう。ヒノアラシは知ってるんだよね?」
「ヒノ」
 ヒノアラシもどことなく嬉しそうだ。
 ドキドキしている中、本殿への扉が開いた。
「あ……!」
 茶髪の背の高い、快活な書生服の青年がそこにはいた。
「……ミカゲ様と、コハク様ですね。……オニキス様は」
「あ、えっと」
「兄は仕事で少し出ています。メノウさんですか」
 言いよどむミカゲを押しのける形でコハクが聞くと、青年は頷いた。
「お二人とも、健やかに成長なされているようですね」
「おかげ様で」
「あっあの!」
 ミカゲが出した大声に皆の視線が集まる。
「ひっヒノアラシ! ありがとな!!」
「ああ……」
 メノウはにこりと笑った。
「大事にされているようで、なによりです」
 ミカゲにはその笑顔が、太陽よりも輝いて見えた。



「うん……まだわかんない、すごいいい人そうだった」
『わざわざ連絡をありがとう』
「……オニキス兄さん」
『ん?』
「なんでもない」
『そうかい。こちらは帰り支度が済んだから、もう帰るよ』
「気をつけて」
 ポケギアを切って部屋の方を見ると、遠目で楽しそうなミカゲとメノウが見える。
「では、メノウさんもトレーナーではないんですか?」
「ええ、ヒノアラシは知り合いの博士の伝手でして」
「へぇ」
「わざわざ姉のためにありがとうございます」
「ああ、いえいえ」
 特に問題は感じない。コハクも溜息を吐いてそれに混ざることにした。



「にど」
「ああ、ニドキング。ありがとう」
 手持ちのポケモンから渡された資料をパラパラとめくる。場所は役所。受付に資料の閲覧を申し出ると古い資料なので自力で探してくれと言われた。ニドキングが嗅覚に優れた個体でよかったと心底思う。ニドキングが感じ取った匂いはやはりザクロイシ家共通のものなのだろうか。
「ザクロイシ・メノウ。父親はザクロイシ・コンゴウ……ああ、そうだったね。今分家で最も力のある人だ。母親は……あれ?」
 黒く塗りつぶされている?
 オニキスは、瞬間ゾッとした。
 ミヨウトシタナ。
 まるで耳元でそう言われたようだった。慌てて振り返るが不思議そうなニドキングしかいない。それはそうだ。
「やはり、覚悟はいるかもしれないね……」
 汗の引く感覚を覚えながら、オニキスは呟いた。


【171010】