ア・ピアチメント12


 優しい光。青い光。ああ、俺はこれを……。
「……」
「あ、起きた! あのまま気絶するように寝ちゃうから心配したんだよ!」
 ソーガが自分を覗き込んでいる。起き上がると場所はあのポケセンのロビーのようだ。
「! そーだ、リーフィア!!」
「ここにいるよ」
 椅子の上にジャラコと共に座ったリーフィアは起き上がったオスカーを心配そうに見る。攻撃してしまったことを謝っているようにも見えた。ソーガに聞けば早いのだろうが、なんとなくそんな必要もない気がした。
「それでね、オスカー。孵ったんだよ」
「? なにが」
「アリマさんからもらった卵」
「マジ? 見せて見せて」
「ここにいるよ」
「おお! ジジーロンじゃん!」
 愛着の湧きそうな顔をした竜のポケモンは楽しそうに首を揺らした。
「ジャラコとは大違いだなぁ」
「ジャラッ!」
「いてぇ! ジャラコてめぇ!!」
「あはは、仲いいね」
「本当にそう見えるのか!?」
「なんだ。起き抜けくらい静かにできないのか」
 そこにエネココアを三つお盆に乗せたオボロがやってきた。
「元気なようでなによりだ」
「そうか」
「後お前のイワンコ進化してたぞ」
「マジィ!? ソーガの卵は孵るは大所帯だな!」
 慌てて辺りを見渡すと、タテガミの鋭い赤いポケモンがいた。
「お前を運ぶ途中丁度夜になってな。ルガルガン、まよなかのすがただな」
「うおーよかったな! カ……」
 え?
 撫でようとした手が止まる。
「オスカー……」
 今、俺はなんて?
「オスカー、お、おめでとう!!」
 ソーガがオスカーの腕を掴んで笑う。それはかなり無理をしている笑顔に見えた。
「お、おう……」
 オボロは厳しい顔でソーガを見ていたが、オスカーに向き直った時はいつもの少しだけツンとした顔だった。
「私からもおめでとう。オスカー」
「お、おう……よろしくな、ルガルガン」
「バウ!」
 ルガルガンは大きく一声泣いた。



「お前の能力は私より強い」
「……」
「あの時のオスカーの様子がおかしくなった理由をお前はわかっているのだろう」
 あの後オスカーをリビングに待たせて二人は廊下で話していた。
「はい……」
「しかし、だからといって、私たちが口を挟むことでもない」
「……はい」
「言いたいことはそれだけだ」
「あっあの!」
 踵を返したオボロをソーガは呼び止めた。
「なんだ」
「オボロ様はなんでそんなに強いんですか」
「……私であるため、かな」
「自分であるため」
「話がそれだけなら行くぞ」
 今度こそオボロは行ってしまった。



「エーテルパラダイスぅぅ〜?」
 カンタイに戻った三人だったが、オボロに提示された次の目的地にオスカーは至極不服そうな表情をした。
「随分いやそうな反応をするな」
「いやだからだよ!」
「なぜだ。彼らに学ぶ点は私たちに取っては大きい。代表のルザミーネも……」
「俺、行かないからな!」
「お前自分は島巡りにつき合わせといてあんまりじゃないか?」
「それはこれ、です」
「なるほどお前は傲慢な面もあるようだな」
「ていうか、オスカー……次は大試練じゃ」
「それなんだけどなー……ハラさんにまた勝ってからにしようと思ってて。イリマの試練もほっといてるし。それ言ったらスイレンもなんだよなー」
 オスカーが顎に手を当ててうーんと唸る。それなら、とオボロが重ねた。
「だとしたら、ここで別れるのが一旦理想だな」
「そう思うんだけどな、俺ヘン……エーテルパラダイスには行きたくないし。お前らがどんどん俺を置いてけぼりにしないなら、いいよ」
「それは約束の手前とピチューの件もあるしな。信頼してもらいたい」
「合点」
「えっと……オスカーとはここで一旦お別れ?」
「おう、メレメレ戻るわ。なーにリザードンで一っ飛びよ。お前らはウラウラで待ってろ」
「わかった……」
「顔全然わかってねぇじゃねぇか」
「え!?」
 ソーガの頬をオスカーは軽くつねる。
「いひゃい」
「ははっ、やっぱお前は間抜け面が似合ってるな」
「ひどいよ……」
「そんくらいのんきにかまえてろって言ってんの。お前考え過ぎるとこあるからさー」
「じ、自覚はしてるけど」
「なら、いいか。んじゃーな」
 ライドウェアを持ってオスカーは手を振る。ソーガとオボロは手を振り返した。
「……少し傲慢だが、いい奴だ。ピチューからせせらぎの丘とヴェラ火山公園での無茶も聞いた」
「はい」
「でも、いつかこんなことを続けていると、死んでしまいそうで心配になるな」
「そうですね……」
「さあ、行くぞ。ハノハノリゾートから定期便が出てしまう」



 エーテルパラダイスは真っ白な人工の島だった。
「この書類をいいかな。キース」
「わかりました。ノイン様」
「エカヒ、ながねぎの在庫の計算が合わないんだが」
「えっ、本当? あとで倉庫を確認してみるよ」
「アスカー! あんたはまた悪戯して!!」
「ごめんなさーい!」
 白い服を着た人々が忙しく動いている。それに気を取られていると男性が声をかけてきた。
「ご予約頂いたオボロ様ですね。一人足りないようですが……」
 綺麗な金髪の色素の薄い男だ。
「それについては申し訳ありません。欠員が出てしまいました」
「そんなに外部から来る方に厳しい訳でもないので問題はないですよ。私はガルシアと申します。主に外部から来た方の案内、接待を担当しています。一緒にいられるのはオスカー様とソーガ様どちらでしょうか」
「あ、ソーガです……」
「代表は保護区にいらっしゃいます。今ご案内を……」
 がばっ。
 なにが起こったのかわからなかった。視界が急に黒く染まる。布のようなものがかかっているのだと把握するのに時間がかかった。その布はやや煙草臭い。散々身じろいで布を払うとへらへらとした黒髪の男性がにやにやとしていた。隣では穏やかだったガルシアが般若のような顔をしている。
「ヘンリーさん?」
「なに、ガルシア」
「なにをしてらっしゃるのですか?」
「えーと、見学者に、コートかぶせて悪戯した」
「ヘンリーさん!!」
 ガルシアが怒り出す中、男、ヘンリーにされたこと以上に、ソーガはその瞳を知っていた。深紅の瞳。顔は全然違うが、ソーガの直感が告げた。
「オスカーのお兄さんですか……」
 ヘンリーの動きが止まった。



「いやー!! エスパーかと思ったよね! あ、グランブルママウンテンでいい? いーよねー! ロズレイティーなんて気の利いたものはないからね!」
「ああ……いや……ご兄弟がいることは聞いてたので」
「だからって目の色と雰囲気だけで当てるー?」
 あの後驚いた後ソーガはラボAという研究室に連れ込まれてしまった。一番絡みにくいテンションだ。オボロはガルシアと保護区に行ってしまったし、どうしよう。
(でもこの人妙な気配もするんだよな……)
 そこまで考えて、あ、と思った。もしかして。
「ごめーん! モーモーミルクしかなかっ……どったの」
「ヘンリーさんは……『カラット』のことを知ってるんじゃないですか」
 同じなのだ。この違和感は。オスカーが『NNのある』あのルガルガンをずっとイワンコと呼び続けていたことも。この男性から感じる全体的な違和感も。
 まるで、『そぐわない』ような……。
「知ってるよ」
 ヘンリーが出会ってから初めて真面目な声を出した。
「イワンコに『カラット』とつけたのはオスカーだよ」
「じゃあ……」
「オスカーが今回来なかったのは僕のせいなんだろ? それで大体察して欲しい。『あの子の本能は僕を拒んでる』。怖いんだね、昔に戻るのが」
「なにを……」
「『オスカー』に新しい人格を与えたのは『僕』だもの」
 ……なにを、言っている。
「別に悪の親玉じゃないよ。たまたま大喧嘩して突き飛ばしたらそのまま頭打って動かなくなっただけ。僕が十六歳の頃だからオスカーは六歳かな」
「……」
「それで病院から帰ってきたら別人になってるわ、僕と下の弟を嫌い倒すわ……」
「……………」
「多分今のオスカーは過去に戻るのが怖いんじゃないかなぁ。僕がいなくちゃなにもできないくらい鈍くさくて根暗だったからさ。カラットは全部知ってるから可哀そうだよね」
「んで……」
「なんであなた、その話、笑ってしてるんですか!?」
 ヘンリーは口をへの字にする。
「えー笑ってたー? 僕表情筋緩いんだよねー」
「っざけん、な」
「おお、こわ……」
「オスカーに会わせなくて、ほんとによかった……!」
 こんなに怒ったのはいつぶりだろう。握りしめた拳の中で爪が食い込んだ。
「失礼します。オボロ様に合流します」
「うんー」
肩を怒らせたソーガが出ていくのをぼーっとして見ていると次は見知った顔が覗いた。
「モルヒネ君」
「や、随分もめてたから」
「もめてないよー友好を深めようとしたら逆に嫌われちゃっただけ」
「あらら、それはつらいねぇ。ね、ゲームしない?」
「え、僕また台詞文字化けしないかなぁ」
「ヘンリー君の文字化けのタイミングは神がかってるよねぇ」
「あはは……。『何故笑ってる』か……」
 ヘンリーはモルヒネに聞こえないように呟いた。
「だって、それ以外は忘れちゃったんだもの」



「次オスカーに会ったらどんな顔しようかなぁ……」
 エレベーターに向かいながらソーガは嘆息した。あのイワンコ……今はルガルガンだが、の名前が『カラット』だというのはかなり早い段階で気づいていた。ルガルガンがもう一度その名前で呼ばれたがっているのも。
 それなのに、ヘンリーを含めたオスカーの家族はオスカーがその名前を思い出さないために封じたのだ。混乱を避けるためかもしれない。でもそれだって。
「ポケモンを、なんだと思ってるんだ……っ!」
「本当、その通りだよねぇ」
 笛の音のような耳に心地よい声が辺りに響いた。慌てて周りを見渡す。
「ここだよ」
 声の主は近くのコンテナの上に座っていた。赤い服の少年だ。とても綺麗な少年だと思った。まるで人、でないようだとすら思えた。
 よいしょ、と少年はコンテナの上から飛び降りる。全てが絵になっていて、ずっと見ていたかった。
「話は聞いていたよ」
「あなたは……」
「あはあ、盗み聞きを怒らないんだね。……僕はイリヤ。ねぇ、君は」
「……ソーガ」
 この少年には逆らえないと思った。なんだろう、この。不安になるような心地よくなるような感覚は。
「じゃあ、ソーガ。簡単だよ。『カラット』も『ソーガ』も君が救ってあげればいい!」
「俺が……」
「もう直ウルトラホールが開く……」
「ウルトラホール……?」
「中から出てきた存在を従えることができたら、すごい力が手にできるかもね……?」
「!! それは本当? イリヤ」
「真実にするかは君次第だ」
 耳に入っている声は相変わらず心地よい。嘘なんてついてない。きっと。
「教えて……くれないか。方法を」
 イリヤは妖艶に笑った。


【171012】


めあさん宅ノインさん、キースさん。しそらんさん宅アスカさん、花さん、モルヒネさん。もちこさん宅エカヒさん。黄泉さん宅イリヤさん。
それぞれお借りしました。