ア・ピアチメント13
話は少し前にさかのぼる。
「このように保護区ではポケモンの生態に合わせた飼育を……」
「ほう……カナロナの牧場に少し似ている気がするな」
「私はそこを知らないので答えかねますが、ポケモンたちには適した状態で保護されて欲しいですしね」
「そうだな……」
「あれ!?」
「む」
「オボロさんじゃないですかー!!」
柵の向こうでぶんぶんと手を振っているのはアリマだ。
「お知り合い……でしょうか」
「まぁそんなところだ」
そんなことをしている間にアリマは二人の方へ向かっている。
「オスカー君とソーガ君は?」
「少し、離れている」
「そうですか。聞いてくださいよー! この後のルザミーネ代表のお話、聞けなくなっちゃったんですよ! プラターヌ博士から聞きたいことのメモ束になって預かってきてたのに!」
「代表はお忙しい方ですからね」
「それでは私とも、会えないということだな」
「申し訳ございません。先ほど無線で来ていつお伝えしようかとは思っていたのですが……」
「こちらこそ手を煩わせて悪かった」
「じゃあ、少しお話しませんか。オボロさん!」
「ナンパか?」
「閉鎖的な島に住んでる癖になんて言葉使うんですか! ソーガ君のことですよ!」
オボロは肩眉を吊り上げた。
「実は、ソーガと話したのは村を出てからが初めてだったんだ」
数分後、居住区のソファを借りて二人は話していた。
「それでどこかぎこちなかったんですね」
「ソーガは権力が一番下に位置する生まれだ」
「つまり、カースト制度。確かオボロさんは村長の娘」
「私はいつだって、ソーガと話したかった。でもいつだって大人が邪魔した。その時思ったんだ。こんな、友達になりたい子と友達になれないこの村は狂っている、と」
「そうですね……」
綺麗に掃除された床に、二人分の溜息が投げ出された。その時だった。
『タ ス ケ テ』
「!!」
「オボロさん?」
「下だ!!」
今、確かに聞こえた。いつもと違ってノイズが入っていたような気がしたが、ポケモンの気持ち。弾き飛ばされたように走り出したオボロをアリマも追う。
声の聞こえる方、大きなお城のような建物。
「ち、ちょっと! そっちはルザミーネ代表の私室ですよ!?」
「かまうものか!」
ポケモンが苦しんでいるのだけは、ほっとけない。
「……待ちなよ」
一人の少女が立っている。赤い目に若草色の髪の、黒いいでたちの少女だ。アローラでは何人か見かけた気がする。
「スカル団!」
アリマが叫んだ。
「折角僕は相手にされないでみんな行ってくれたのに、君たちが来たら、スカル団として君を止めないといけないじゃないか」
「なんでスカル団がエーテル財団に……」
「知らなくていいことを聞くんじゃないよ。やるんならさっさとやってくれる?」
少女はボールを取り出した。
「オボロさん、先に」
「しかし……」
「俺、トレーナーズスクール主席ですから!」
「それはすごいのか?」
「そう言われると自信なくなってきたなぁ……とりあえず、行っちゃってくださいよ!」
「ああ、そこまで言うのなら、任せたぞ!」
「いい大人がいたいけな子供にみっともないなぁ。行ってよ、スナバァ」
「スカル団に情けは持ち合わせてないんでね……行けっ!ムウマージ!!」
バトル開始の音を聞きながら、オボロは建物に滑り込んだ。
奥のワープパネルを通過すると開けたところに来た。写真に写っていたルザミーネ代表、そしてそれに髪質がよく似た二人の男女、黒髪の少年、そして。
「……リオ」
「あんた、あの迷惑ヤローの……!」
「ひょっとしてオスカーのことか……?」
「うっさいあんたの相手してる暇ないのよ!」
『ダ メ 。 ヒ ラ イ タ ラ ミ ン ナ ガ』
「!」
ルザミーネは鉄の箱を持っている。中からしたのはあの声。
「それを離せ! ルザミーネ!」
「誰ですか? 無粋なトレーナーばかりで困ってしまいます」
そして世にもぞっとする表情を見せた。
「離す訳ないじゃない」
メレメレ島。
「また一段と強くなりましたな! オスカー! 一緒に歩むポケモンがそうさせうるのですな!」
「重い一撃浴びせといてよく言う……」
「まあまあ。そしてこれがかくとうZです」
手のひらに収まるZクリスタルを見ながらオスカーはふと顔を上げる。
「ハウの奴はどーよ」
「便りがないのは元気の証拠! ですな!」
「ふーん……」
「おや……?」
「どしたんハラさん……、!?」
風が変わる、というのだろうか。ハウが最初に感じていた違和感はこれだろう。しかしなんだ?
なにか、くる……。
『ピ……チュ……』
「!」
ピチューの声。そしてこの声は聞きなれている。オボロのポケモンになったピチューだ。何故聞こえるのか、わからない。しかし確実になにかは怒った。
「ハラさん、俺! エーテルパラダイス行ってくる!!」
「なんと!」
ライドウェアをひっつかんでオスカーはリザードンを呼ぶ。
「理由はわかりませんが気をつけるのですぞ!」
「はい!」
ソーガとオボロ、どうか無事であってくれ。
ゴースが地面に落ちた。
「あーあ、負けちゃった」
「……君、手を抜きましたね」
「気づいた? じゃあ僕が男なのにも気づいた?」
「!」
「それは気づかないとか聡いんだかバカなんだかわからないねぇ」
「なんで手を抜いたんです?」
「どうだっていいから」
「!」
「リーダーがあの人に固執するのは勝手だし、スカル団が潤うのはいいことだよ。でも僕が駒として動かされるのは頂けない。僕はこの世界が嫌いなだけの善良な市民なんだよ?」
少女、いや少年は笑う。歪んだ笑い。
「よく言う……っ」
「僕は誰のためにも動かないし誰かが僕のために動くことはない。僕は誰のものでもない」
「ふ……」
アリマからもれたのは笑いだった。
「なに」
「ちょーしづいてんじゃねぇぞクソガキ」
「ん?」
アリマの目は今までにないぐらいギラギラしていた。唇を一回舐めて、叫んだ。
「群れに自分から飛び込んでいながら! いちいち御託並べてんじゃねーぞクソが!! てめぇが今無駄にひんしにさせたポケモンはなんだ!」
「!」
少年に微かに隙が生じた。そこにアリマは切り込んでいく。
「どんなに去勢張ったって、意地張ったってなぁ! 人は人に触れて世界を知ってくんだよ! 閉じたままの暗闇の世界がいいなら一生そこで手持ちくたばらせてろ!!」
言い放つとアリマも居城に入っていく。後には呆然とした少年が立っていた。
ヒドイデとピチューが、吹き飛ばされ壁に激突した。
「ヒドイデ! ピチュー!」
「あきれました。そのような弱さで、よくもこのわたくしに意見できたものですわ」
資料を見る限り立派な人物だと思っていた。しかし本性はこれか。
「さて、そろそろですね」
ルザミーネが鉄の塊を掲げる。
「母様!」
金髪の少女が叫ぶ。
なにかがくる。
オボロは直感的にそう感じた。そしてそれが故郷であるエハ島に若干近いものであることも。
「オボロさん!!」
そこにアリマが入ってくる。そして、
「ソーガ……!」
「大丈夫ですか、オボロ様」
「そこで合流したんです。な、なにが起こってるんですか……え、リオさん!?」
「うっさいわね!」
「すいません……」
「オボロ様、お怪我はありませんですか?
「ああ、お、お前こそ……」
なにか違和感がある。
「お前、なにか、あったか?」
「? いいえ?」
「そうか……」
その時“何か”がルザミーネの上で開いた。
開くホール。有象無象がくる。
守るもの。戦うもの。逃げるもの。
それはきっとアローラの“災厄”なのだろう。
一人の女の狂気から始まったそれは、永遠にアローラに傷跡を遺すのだろう……。
「なぁ、なにがあったんだ」
俯くオボロ。項垂れるアリマ。唇を噛み締めるリオ。顔の知らない三人の少年少女。
いない。
ソーガがいない。
「あの男は……母とグズマに続いてウルトラホールに飛び込んでしまった」
金髪の少年が苦々し気に言った。
「ウルトラホール……
「バーネットという博士の論文を見たことはないか。異邦、というのが正しいのだろうな」
「なんでそんなとこにソーガが行くんだよ!」
「俺が知るか!!」
「やめてください、兄様! ……あなたも」
今にも掴みかかりそうだったところを少年と同じ髪色の少女に止められ、オスカーは一歩後退する。その時だった。
『おにいちゃんのせいだよ』
嗚呼、まただ。
『おにいちゃんがいなくなっていれば全部解決したんだよ』
やめろ。
「オスカー!」
「!」
オスカーに肩を揺すられハッとする。
「聞いていたか。ガルシアさんとビッケさんが来てくれた。とりあえず、居住区でみんなゆっくり話すことになった」
いつの間にか二人のエーテル職員が来ていた。
「自己紹介がまだだったな。俺はグラジオ」
「リーリエ、です」
「ハウだよー!」
「アリマです」
「オボロだ」
残るは自分ひとりだ。
しかし、名乗っていいのか。この名前を。
俺は本当に『オスカー』なのか?
それでも。
「オスカー、だ……」
ソーガを取り戻すまでだけは『オスカー』でいさせてくれ。
隣でルガルガンが、悲しそうに鳴いた。
【171012】