ア・ピアチメント15
冷たい、場所だと思った。
「ウルトラスペース……ってところかな……」
「本当に来ちゃったのかよ」
「オスカー兄ビビってんの?」
「いや、不思議と安心する」
「頭おかしいんじゃないの?」
「私はなんだか、この空間から拒否されている気がする……」
「とりあえず進もう……」
あとになど退けない。帰り方だってわからない。
「従者の気配は」
「ある。ソーガのカリキリだ……いやこれは……」
「よっしゃってどうした?」
「ラランテス? 進化しているな……」
「レベルまだまだだったよな……なにかあるかもしれないな……」
三人でじりじりとウルトラスペースを進んで行く。そして奥にいたのは。
「やあ! 遅かったね、みんな! 知らない人もいるけど」
それは確かにソーガだった。
よく知った顔、よく知った声、よく知った。
いや、知らない。こんな人を見下す顔を、彼がしたことなどない。知らない。こんな彼は知らない。
「お前……どうしたんだよ……」
こんな。
「こんな……!」
クラゲ型の“なにか”に寄生された彼なんて!
「ルザミーネや、グズマは」
「ああ、一緒の世界にいたけど俺が切り離しちゃった。邪魔だったからね」
「邪魔……!?」
「うん、だってここは今から俺とオスカーの世界になるんだもん」
ソーガはボールを投げていく。色違いのルガルガンのマロン、グソクムシャ、ラランテス、ジジーロン。
「だから俺とオスカー以外はいらないよね?」
なんで、そんなことを言うんだ。ソーガ。
「お前……」
「なんでそんな悲しい顔をするのかな。オスカー。やっぱり余計な二人が邪魔かな? 待っててね俺が処理するから」
「ソーガ! 冗談はやめて今すぐその変な生物と離れろ!」
オボロが叫ぶとソーガはギッと彼女を睨んだ。
「昔からうざったくて仕方なかったんだよなぁ! 村長の娘ってさぁ!!」
グソクムシャが技を放つ。であいがしら。
それを済んでのところでオボロは避けたが信じられない、という顔をしていた。
「それがお前の本心か」
「そうだよ! お高く止まって、ずっとさぁああ壊したくて仕方なかったんだよなぁあぁ!!」
今度はマロンがストーンエッジを放ってくる。
オボロはショックなのか動けない。オスカーも似たような状況だった。
「っ!!」
「ドロシー!?」
動いたのはドロシーだった。オボロを突き飛ばし、オボロを避けさせることには成功したが、自分の足に岩のトゲが容赦なく突き刺さった。その痛みを耐えるように腰を落として立った後ドロシーは叫んだ。
「なにやってんのさ! こんな子供にここまでさせてさ! 駒になってやろうって言ったじゃんか!! ちゃんと使ってよね! あれがあの人の本心なら、殴ってでも矯正させなきゃいけないでしょ!!」
殴ってでも矯正、の一言にオスカーの消えかけていた心の火がまた少しずつ燃え広がってきた。そうだ、話してだめだら。
「男は拳だよな」
「遅いんだよ、バカ兄」
「わり」
その時ボールが勢いよく揺れた。中のポケモンは確か。
「ルガルガン……?ジャラコ……?」
ルガルガンはわかるが自分のことを嫌っていたのではなかったのだろうか。
「乗ってくれるってか」
にやりと笑ってボールを取り、投げる。ルガルガンとジャラコはボールから躍り出てストンと着地すると、ちらとオスカーを見た後、にやりと笑った。
「へっ」
『おにいちゃん』
あの声。恐れはまだある。それでも。
『おすかーは、ぼくだったよ』
ああ、そうだな。ごめんな。奪っちまって。
『……あのこのなまえをよんであげて』
わかった。もう忘れないよ。
「今は俺が『オスカー』なんだ! 俺のだけじゃない! みんながくれたもの! だから頼む、ジャラコ、……『カラット』!!」
ルガルガン、カラットが大きく吠えた。
「訳わかんない。オスカーが邪魔するなんて」
ソーガは苛立ったように呟く。
「やっぱりあれかな! 一回ぐっちゃぐちゃにして調教した方がうまくいくのかな!? そっちが二体ならこっちも二体で相手してあげるよ! マロン! ラランテス!!」
戦闘は熾烈を極めた。同じルガルガンでもフォルムによる戦い方の違い。小さい体で相手を翻弄するジャラコと、重い一撃を放ってくるラランテス。
「うーん……」
ドロシーは痛みに顔をしかめながらもその戦いを見てる。
「足、大丈夫かドロシー。その……」
「君のためにやったんじゃないから謝らなくていいよ」
「そ、そうか」
「そろそろかな」
「は?」
「君がカリキリが進化してるっていうのとコソクムシを連れてたって聞いてて、それもグソクムシャに進化してた。だからこのウルトラスペースのオーラがポケモンの進化を一時的に促すものだと仮定して、ソーガがウルトラホールに飛び込んだ時間を考えると……」
「次は……オスカーの番?」
「バカ? ボールの中で僕たちのも綺麗に進化するよ。あーあ、スナバァ可愛かったのになぁ」
「そ、そうか」
「ただこれ、オスカー兄が気づいてない訳ないんだよなぁ……だから粘りの試合にしてるんだろうし」
それまで走り回っていたジャラコが止まった。
「ただその場合最も狙われやすくなるのが、進化の時間」
ドロシーの言葉通りマロンもラランテスも進化の光に包まれているジャラコに向かい攻撃を放つ。
「カラット、ストーンエッジ!!」
「ガオオン!!」
ジャラコの周りに岩のトゲが出現する。
「ヒュウ! 攻撃を守りに使うか」
岩の間で光が更に激しくなる。そして。
「ジャラーッ!」
大きなドラゴンポケモンが立っていた。
「ジャラランガだ。うっわ進化一個飛び越えたえげつな」
「決着をつけようや……ソーガ」
オスカーの言葉は力強く、決意に満ち溢れたものだった。
「お前が俺を望んでくれたのは嬉しくない訳じゃないけど、こんなの違うもんな!」
「だま、れぇぇ!!」
「だから俺のゼンリョク!!」
オスカーはポーズを取る。
「黙れぇぇぇぇ!!」
「うおおおおおおお!!」
ウルトラダッシュアタック。
それをマロンが受け止める。相性は最悪。しかし。
「ジャラランガが俺を信じてくれたんだ! 俺も信じぬいて勝つんだ!!」
「そんな根性論が通じるかっ……あ?」
マロンが壁際まで押し切られた。シュウウ……と煙が立っている。
ソーガがマロンに駆け寄ると、ぐったりしている。ひんしだ。
「もう続ける意味、ねぇだろ」
「……んで」
「なんでぼくのことをみんないじめるのぉぉぉ!!」
ソーガが子供のように泣き出すと同時にウルトラすぺースの崩壊が始まった。
「ちょっとやばくないこれ!?」
「どうやって戻るんだ!?」
ソーガはひとしきり泣いた後、駆け寄ったオスカーの腕の中にぐったりと倒れてしまった。寄生していた生物は、ゆっくりと離れて行った。
「マジで、やばいかもな……」
何か策、何か策は。
その時、一筋の光を見た。
その子は孤独だった。
一番下の位で産まれ、親からは疎まれ捨てられた底辺の子だった。
暴力と罵倒と涙が、その子の毎日だった。
いつも子は海を見た。
この向こうに自分を求めてくれる人がいる。
きっといる。ここにいないだけなんだと。
『過去の記憶にオスカーが苦しむなら、もう思い出さなくていいところに俺が連れていってあげる』
『そのためにUBも手なずけたんだ』
『ねぇオスカー、俺は君が……』
「え!? オスカーさん!?」
「リーリエ!?」
鉢合わせて二人は驚きの声を上げる。後ろからオボロとドロシーが覆いかぶさってきて、んぎゃ、とオスカーは潰れた。
「なんでみんながここから出てくるんですか! さっきまで一緒にいなかったじゃないですか!!」
「アリマさん……その前こいつらどかして」
自分以外は気絶しているようだ。腕の中にはソーガがいる。
「ほう! 客人が増えたな!」
「だれ」
「ハプウじゃ。のんきに自己紹介しとる暇はないようじゃがの。重症者はバンバドロでふもとに運ぶでな」
てきぱきと指示を出すハプウを見ているとアリマが話しかけてきた。
「一緒に出てきたってことは、ウルトラスペースに行ってたの?」
「そっちも?」
「うん、なんかすごかった。あとリーリエ可愛かった……」
「あ、そう」
「塩対応やめて!?」
色々あったといえば色々あった。いや、自分たちが色々あったと思っているだけで、本当は世界に取っては痛くも痒くもない出来事だったかもしれない。
極論、人類やポケモンがいなくなったって世界は回るしそこにある。ちっぽけとか、大きいとかではなく世界はきっと受け皿なのだ。零れ落ちる時もあれば満たしきってくれる時もある。きっとそれが俗に言う『世界は回る』ということなのだ。
「Zクリスタルを全部集めたのに、島巡りチャンピオンに挑戦しないなんて変な子」
母親がふうと息を吐く。別に否定的な意味で言っている訳ではないと14年も生きていればわかる。
「島巡りチャンピオンはリオでいいと思ってるし」
「なんかあんた変わったわねぇ。大人になったというか……」
「よくわかんね」
変わったとは思うが、それがいいことなのか悪いことなのかオスカーにはいまいち判別がつかなかった。
「まあ今はレンジャーなってやんよくらいには思ってるよ」
「ホウエンから帰ってきたらお父さん泣いちゃうかもね。あ、オボロちゃんからハガキ来てたわよ。これはポニのバトルツリーね」
「母さんと親父が出会ったところだっけ」
「昔の話よ〜あんたにはそういう人いないの?」
「いるよ」
「え、誰!?」
食いついてくる母親にオスカーはあっさりと、
「ソーガ」
と答えた。
「え」
「ソーガ」
「……」
「わかりやすく固まるなよ……」
オスカーが病室に入ると、ソーガがあ、と声を上げた。
「調子はどうだ」
「大分いいよ」
ルザミーネもソーガのような状態になっていたとあとで聞いた。そちらの方は本当に深刻で、治療の希望を求めてカントーにリーリエと共に渡ったことも。余談だがアリマは泣きながらカロスに帰って行ったらしい。
ソーガは時間さえかければあのUB、ウツロイドの神経毒は抜けるらしい。それでも時間はかかるが。
「オスカー」
「ん」
「なんで毎日来てくれるの?」
「……」
「俺、あんなことしたのに」
「……はー」
「え」
「お前が俺のこと好きすぎるからだろ」
ぼそりと呟いただけだがソーガにはしっかり聞こえたらしくえ!? とわかりやすく赤くなった。ボンッと音が出そうなくらいに。
「くっくくく……お前やっぱおもしろー」
「からかうにはタチが悪すぎるよオスカー!」
「からかってねぇよ。むしろこれが本当じゃねぇと俺が困る」
「え」
「俺もお前が好きだから」
世間話のようにぽつり。三秒ほど間。
「えええええ!?」
「うるさっ! お前元気じゃん。病院では静かにしろよ」
「ご、ごめっ……そうじゃなくて……あのあの俺本当今回やらかしたしだめな奴でそのその」
「あの時なんでぼくいじめるのってお前泣いたじゃん。すげー可愛くてさー」
「すぐそうやって人の黒歴史掘り返す!!」
「付き合ってくれないのか?」
少ししゅんとして言ってみるとソーガはぐ、と詰まる。
「まあ返事は待つけどな、時間だけはあるし」
「……う」
「あ?」
「付き合う!!」
「お、おう」
「なんで引いてるのさー!」
「わり、嬉しすぎて」
「いつ登場する?」
「ポニからライドですぐ来れるってなんで気づけないんだろうかあいつは」
外野、ドロシー、オボロの公開告白であった。
「私今あなたのせいで物凄く胸糞悪いものを見せられてるんですけど」
チリーンが乗っかる鏡を見ながらタランテラは呟く。後ろではジルコニアがくっくっくと笑っている。話しかけているのはジルコニアではなく黒服の白髪の少女だ。
「今頃この青春してる人たちウルトラスペースにのまれてる筈だったんですけど」
「いい気味だわ。私が邪魔した甲斐があったってものだわ」
「そうですよね、あなたは私の捨てた善の部分……いらないお節介は得意でしたね」
「私だって人間がただただ幸せになるのはおもしろくないわよ。ただ」
「ただ?」
「私はあなたが嫌いなの」
「飼い犬に手を噛まれるとはこのことですよ!」
タランテラは顔を覆う。ジルコニアの笑いが大きくなった。
「ふふ」
「そのまま今ご執心の光の奪われた世界に飲み込まれてしまえばいいのに!」
憎々し気に言い放つとタランテラは鏡を閉じた。
【171012】