フライアウェイ・シンドローム05
カンタイシティの夜。某シノ宅。
「……でね、トラオムは移動する地方なんだよ」
「それさっきも聞いた」
「そだっけ〜それでね、トラオムは移動する地方なんだよ」
「……」
成人する前に別れたから気づく訳がなかった。こんなことなら酒など飲ませなかったのに。
「ざらめも飲む〜?」
「やめろよ!」
酒を受け取りかけるざらめを引き寄せて、キオにタオルを投げる。
「顔洗ってこい。俺は散歩に行くから」
「へ?」
「ざらめなんか重いんだよ」
「それはゴンベだからだと思うけど……」
「いやダイエットさせる」
「ゴン!?」
ざらめが青ざめたが、シノは彼を家から押し出しながら出て行った。
「ゴンー!!」
「ざらめ……スリムになってね……」
酔っていつも以上にへらへらと笑ってるキオに助けを求めたざらめはいよいよ青ざめた。
「ゴン」
「落ちるなよ」
ハノハノリゾートで遊ぶざらめを見ながらふとシノは思う。
最近、ハックとフリーに会ってない。連絡は取りあっているが、兄が来ていることを告げてから二人は連絡してこなくなった。そんなことに気を使うことないのに。
「お前らだって、家族なんだからよ」
向こうに言ってないことだ。察せという方が無理かもしれない。見上げると夜空。同じ空の下にいる彼らがこんなにも遠い。
「ゴン!!」
「はは、お前だって家族だよ。安心しろ」
わかっているのかいないのかざらめはニコニコとしている。
少し前は家族なんて認めなかった。意固地な自分がいた。簡単に丸め込まれたものだ。あの兄に。でも悪い気持ちはしなかった。
しかし、あの謎のポケモンはなんだったんだろう。自分なりに文献を探ってみたが、あのポケモンはどこにも文献がなかった。
透明の、くらげのような。
「お花はお好き?」
「わっ!」
ぼうっとしていたのか背後に人がいたのに気づかなかった。振り返るとアローラにしてはスーツで厚着の男がいた。黄色と桃色の髪で、その様はドラマで見る他地方のジェントルマンを彷彿とさせる。
「僕のエンターテイメントはいかが? 本当は女性にしかサービスしないんだけど、君はとても悩んでいるようだからね!」
「え……えっと……」
「気しないで! 笑顔の人を一人でも増やすのが僕の役目!」
男は胸元の緑の薔薇を取るとそれを鳩のポケモンに変えた。
「おお……」
そのポケモンはざらめにじゃれた。ざらめも嬉しそうだ。
「マメパトというポケモンだよ。アローラでは珍しいから、君みたいな新鮮な反応が多いね」
「あんたはどこの出身なんだ?」
「マジシャンのプライベートを暴くものじゃないよ? つまりシークレット! そこに笑顔があれば僕はいいのさ!」
男は恭しく敬礼しシノの前になにかを差し出す。その手を裏返すと、一瞬で橙の薔薇が出てきた。
「花言葉は無邪気、絆、健やか、信頼だよ。さすがに男に赤薔薇を送る趣味はないんだ! ごめんね!」
「は、はあ」
「案外、君の悩みも花ひとつで済んでしまったりしてね?」
「……あ」
そうだ、ハックは花が好きだった。
「橙薔薇、喜びそうな奴、います」
「それなら渡さないと! 人生は早過ぎて困ることがない!」
「はい。……あなた、いい人ですね。お名前は? 俺、シノって言います」
「名乗られたのなら名乗らねばならない! 僕はササ! 流れのマジシャンさ!!」
「……?」
チリ、と頭の中でなにかが焦げた気がした。
「なにか?」
「いえ……」
「では僕はこれで! 君の未来に幸がありますように!!」
鳩のポケモンを引き連れて、ササは去って行った。
「変な人」
「ゴン」
「でも、いい人だった」
「ゴン!」
手の中に残る橙の薔薇をくるりと返す。明日、これを買いに行こう。フリーは花が好きかわからないけど。自分から動かないと、なにも変わらないと思った。
とりあえず今日は帰ろう、そう思った。
家の前に着くと、意外な光景が広がっていた。
「……フリー?」
キオの前でフリーがぐしぐしと泣いている。
「シノ……さん」
「どうした?」
「ハックさんが……」
フリーはそこで崩れ落ちる。わんわんと泣き出した彼を宥めながら、キオはシノに告げた。
「フリー君も今知ったんだって。今日の昼、コニコに行く道の途中落石に遭って……行方不明らしい」
うそだ。
すぐにそう思った。悪い夢だ。だって、やっと会いに行く理由ができたのに。
でも、目の前で泣くフリーが全てを肯定してしまう。
握りしめ過ぎた橙の薔薇がひしゃげて落ちた。棘が刺さる感覚も、気にならなかった。
【171104】