フライアウェイ・シンドローム06


 絶望が、ある。
 そう思った。この感覚は覚えてる。父親が自分たちの元から去って行ったときの感覚。『おとうさんまって』と引き留めた自分を父親はゴミでも振り払うように離した。
 あの時自分は確かに絶望した。今回の絶望をそれを凌駕する絶望だった。
 フリーが泣いている。慰めてあげなくては。それでも、シノの体は動かない。ハックの部屋で二人はずっと待っている。警察にも訊き尽くしたし、コニコへの道の事故現場にも行った。しかし、どこにもハックはいなくなってしまった。
 まるであの日世界から消えたみたいに、ハックはいなくなってしまった。
「シノ、フリー君。やっぱりここにいたんだね」
 キオだ。無言で頷くと、キオはフリーと自分の頭を撫でた。
「つらいよね……それくらい僕にもわかるよ。……それは?」
 キオはシノの手の中にある黄色い石を見つけ首を傾げた。いつぞやかハックからもらったかみなりのいしだ。
「ハックから……」
 それだけで察したようにキオは頷くと、どかりと座った。
「警察は捜査を打ち切ったらしい」
 フリーの泣き声が大きくなった。
「それと、これは僕の勝手な発言だからスルーしてもなにしてもいいんだけど、ちょっと警察をみんなをゴチルゼルのさいみんじゅつで眠らせて事件現場に立ち入ってみた」
「なにやってんだお前」
 シノはそこで自分が久しぶりに言葉を発したことに気づいた。
「人為的な事故だと思う。落ちた岩のところにかいりきの跡があった」
「な!?」
「それで死体が見つからないなら、なにかあるのかもしれないよ」
「ハックさん生きてるんですか!?」
「そうは言いきってないよ? 手持ちポケモンとか臓器とか売るのかもしれないしね」
「おい……」
「僕は甘くないからね、事実しか言わないよ」
 ここで気づいた。この兄は怒っている。怒ってくれているのだ。自分の友人に手を出されたことに。自分の友人のことのように怒っていてくれるのだ。
「ここで、すごく微妙な話するんだけど。僕アローラへのビザがそろそろ切れるんだ」
「……はぁ!?」
「トラオムに戸籍こっそり移しちゃったからさぁ……怒った?」
「怒るっていうか……お前博士だもんな……」
 キオはきょとんとしてシノを見た。
「なんだよ」
「いや、キレてボールに当たった頃に比べて成長したなって」
「うるせ」
 話している内にシノは自分が調子を取り戻していることに気づいた。キオが狙ってやっているかは別として兄弟という関係はこういうときによく働くらしい。
「帰っても、たまには顔見せにこいよ」
「シノはいないんじゃない?」
「場合による」
「シノさん……?」
 大粒の涙を零しながら呟くフリーにシノは言う。
「悪い、フリー。俺、ハックを探す旅に出るわ」
「え!?」
「まずアローラから探す。どこかにいるかもしれないなら、見つけてやらないと」
「さっき言ったけど臓器になってるかもよ?」
「その可能性が低いから俺たちに話を振ってきたんだろ兄さんは」
「そうだね、デメリットが高すぎる。相手はもっと別の目的で動いていた可能性が高いと思う」
「なら、行くしかねぇだろ」
「僕もそれでいいと思うよ。後ろでなにが動いてるかわからないから、気をつけてね」
「シノさん!」
「フリーはここに残ってくれ」
 フリーはぐっと詰まる。
「……シノさんは優しいから、そう言うと思います……でもっ」
「帰る場所があった方がいいだろ。ハックも俺も」
「……そうですね。オレ、ポケモンないし」
「ポケモンが欲しいならリリィタウンのしまキング、ハラさんを訪れたらどうかな〜?」
「え?」
 フリーはきょと、とする。
「メレメレくらいまでなら一緒に行ってもいいじゃない? 待ってもらうのはそれからでも、ね? シノがフリー君を守りたい気もわかるけど、ただ待ってろは酷だと思うんだよ」
 シノは目を伏せた。
「できれば巻き込みたくないけど、それは俺のエゴだな……フリー、どうする?」
「行きます!」
「弟と妹は?」
「近所の人に面倒見てもらいます! 聞き分けいいんでわかってくれると思います!!」
「なら準備してきてくれ。三十分後に波止場だ」
「うす!」
 シノは軽く息を吸う。あんなに濃かった絶望の味は薄れていた。
「あ、兄さん」
「ん?」
「俺、博士になるから、帰ったら、大学行くよ」
「は!?」
「やり、初めて驚いた顔見た」
 キオは顔を覆う。
「影響与えちゃったか〜、ま、シノなら俺よりいい博士になれるよ。専門は今からちょこちょこ決めといた方がいいよ〜」
「ああ」
 シノはざらめの入ったボールを撫でる。微かに頷くように揺れた気がした。


【171106】