blue valet06


 潜水艇をグレードアップするという名目で急激に暇になったサクレンは、マグマ団のアジトをうろついていた。というのも、あのカゲボウズがまた迷子になってしまったのだ。本当に迷子の天才だったようである。通りすがる団員からやや嫌そうな視線を向けられながらサクレンはカゲボウズを探す。
 それもそうだろう、サクレンは団員ではない。しかしサクレンの持ち逃げした情報なくしては、あの妙な形のスーツは完成しなかっただろう。これに関してはホムラという幹部は殊更いやそうであった。聞けば元はデボンの社員だという。納得だ。
 話をまとめると、急に現れたゲストが大事な装置の開発に関わったり必要とあらばリーダーであるマツブサにも重宝されているのが皆気に入らないのだ。そりゃそうだ。
「……クェ」
 隣を旋回していたレキがサクレンの頭を軽く小突いた。
「なに」
「ペ……」
 すまなさそうにする彼に思い当たって、サクレンはへにゃ、と笑った。
「俺を助けてくれたんでしょ?」
「ペリ……」
「なら、怒れないよ」
「……なぁ」
 サクレンは床に座り込む。その肩にレキはまだ不安そうにしながらも乗る。
「もうここにはいる意味ないんだよね、実際」
 レキは何も言わない。
「後腐れなく、情報だけにしましょーって話だったのにね。なんか引き止められてだらだらしちゃったよね、俺としては寝る場所があるのは助かったけど、彼女に見つかってしまったし」
 ふぅ、と息を吐く。
「ルシナちゃんなぁ……」
「気安く呼ぶな」
「……やっぱり君も、来てたんだぁ。やんなっちゃうよね」
 憎悪を宿った目で自分を見る存在に、サクレンは心底安心した。
「お前を許さない」
 そう、その言葉を待っていた。許されなくていい。
「お前を、連行する」
(彼女も言ったね、それ)
「でも、なんでだろ」
「あ?」
「んーん」
 あやふやな返事をした途端、頬から始まり、頭全体に衝撃が走った。一瞬なにが起こったのかわからなかったが、くらくらする頭でイッテツを見やると拳を突き出したまま震えている。それを見て、殴られたのか、と結論づける。
「殺してやりたいくらいだよ!」
 冷静なイッテツからは想像もつかない程の激情。
「そうだよね、お前、ずっとルシナちゃん、好きだったもんな」
「ああ!?」
「見てたら、わかったよ。でも、彼女の傍離れてまで、なにやってんの、怪我してるでしょ、彼女」
 軽い脳震盪を起こしているのかもしれない。イッテツは細いが筋肉がついているのは知っているので、ちょっとした格闘家の拳を受けた感覚だ。
「怪我はお前がっ」
「うん、そうだ、ね……でも、だったら尚更彼女の前を離れないで欲しかった、かな……」
「……お前が」
 イッテツはサクレンの服の襟を掴んで掴み上げる。その顔には憎悪しかない。それを向けられているのは自分なのに、どこか他人ごとのような気がして、笑えてしまった。
「そうやってへらへら笑って! この道化者!!」
「……イッテツ君は」
「あ!?」
「ルシナちゃんが俺のこと気にしてるから気に入らないんだと思う」
「!!」
「それも見てたらわかるよ。……俺が彼女に怒られてる度、逆に彼女に悪戯してる時とか、お前はとても複雑そうな表情をしていた」
「なっ……」
「でも安心して」
 サクレンの顔から笑顔、いやそれだけではない、表情そのものが消えた。
「俺は彼女が嫌いだ」
(なんでだろ、俺を連行するって言った彼女は酷く泣きそうで、それが凄く不愉快だったんだ)



「大丈夫、ルシナさん」
「大丈夫だ」
 捻挫した右足を庇いながらマグマ団アジトを歩くルシナとベルベットである。団員の姿は見かけない。もっと奥にいるのかもしれない。必要があれば今支えになってくれているグラエナで応戦するつもりだった。
 ベルベットもパートナーであるライチュウを外に出している。因みに今回出場したコンテストのパートナーでもあったらしい。
「にしてもワープパネルめんど過ぎ。よくこんな面倒な装置作るつもりになったわねー」
「ズ?」
「なによライチュウ変な声出して……えっ!?」
 目の前をふわふわと飛ぶゴーストポケモン。
「カゲボウズ!? やだ見つかった!?」
 ルシナは素早く辺りを見回す、がトレーナーらしき影は見当たらなかった。
「お前一人か?」
「ズゥ!」
 カゲボウズは笑顔で頷いた。人懐こい性格のようだ。
「トレーナーは?」
「ズゥ……」
 今度はしょんぼり、これはまさか。
「迷子?」
「……」
 二人と二匹はそれぞれ顔を見合わせた。
「探してあげた方がいいかなぁ」
「できればそうしたい、な。お前はどうする?」
 カゲボウズは笑顔でルシナにすり寄った。
「この短期間でこんなに懐くとか……」
「置いてくことはできないな……」
 その時だった。足音と話声が近づいてくる。
「やばっ」
「こっちの部屋だ!」
 咄嗟に皆で反対側の部屋に飛び込んだ。ここに人がいたらかなりの詰みだったが幸い誰もいなかった。
 やがて足音がより大きくなり、話している内容も聞こえてきた。
「いやー本当あのサクレンって奴ほんっと邪魔だよなー」
「わかるわ、あいつカガリ様に馴れ馴れしく話しかけてたぜ。……いやカガリ様の方から話しかけてたけど、俺話しかけられたことないのに」
「下っ端の辛いとこだよなー尚更ムカつくっていうか。……てかさ、ここだけの話、あいつの家ってここミナモにあったんだってよ」
「別にたいした話じゃなくね?」
「それがさぁ……なんかここで、デボンの子会社だったらしいんだよね。なんか、潰れたらしいけど」
「なんで」
「それがさぁ、どうも汚職らしいんだよね。上の、天下のデボン様の金に手をつけて」
「なんだ、親が親なら子も子か」
「機密泥棒だもんな!」
 笑い声が遠ざかっていく。
 すぅ、と体が冷えたような感じだった。
「ルシナさん?」
「なんてことだ」
 思わず漏れた言葉は。
「私たちは同じだった」



 ルシナ。
 本名をアルシルナ。
 彼女の父親はカナズミシティに建つ小さな会社の副社長だった。優しく、誰よりも仕事に一生懸命だった父親。
 しかし、ある日、その世界は壊れてしまった。
 汚職を暴露され、父親は失脚し解雇された。
 しかし実際は汚職などしてない筈だ、とアルシルナは未だに信じている。だって。
『ごめんなぁ、ルシナ。父さん不甲斐なくてごめんなぁ……』
 酒が入っても暴力を振るうことはなく、ただ泣きながら謝っていた。本当に優しい人だったのだ。
 そんな人にそんな汚い真似ができる訳がない。
 しかし母親はそんな彼とルシナを捨て、男と一緒に出て行ってしまった。
 カナズミに知れ渡った噂で、親子は後ろ指をさされることも多かった。
 自分はともかく、アルシルナに罪はないと思って父親は彼女をルネシティの親戚に預けた。名前を変えるように指示したのも彼だ。いつか就職活動をするために大都会カナズミに戻った時があったら、困るかもしれないから。
 アルシルナは泣いた。自分の無力が悔しかった。母親も止められなかった、父親も救えない。唇を噛みしめ過ぎて滲んだ血は、当時六歳だった少女には余りにも苦い味だった筈だ。
「それから一ヶ月くらいしてそのお父さん自殺したらしいよ」
「……」
 イッテツは茫然とする。
「ちょっと調べれば幾らでも出てくるから、名前変えても無意味なのかもしれなかったね」
「あ、あんた」
「だから」
 ガツッと、鈍く鋭い音がした。イッテツの腹にサクレンの靴先が刺さったのだ。衝撃に流されるがままに地面に転がったイッテツの右腕を踵で踏み抉った。
「ぅあっ」
「それともこれ、反撃する隙を探してただけかもね」
「ぐ……ウソ、なのか」
「本当だよ? でも今した意味は言った通り隙見せるのを探してたから。ほんっとーにルシナちゃんが大好きなんだね」
「……ゴミカス、が……」
「口に気をつけてね」
 もう一度蹴ろうと、足を振り上げた、振り上げ、
「サクレン!!」
(やっぱ来ちゃうんだ)
「……なに」
「もうやめろ!! 無意味だこんなの」
 ルシナがグラエナに寄りかかりながら走ってくる。足を怪我しているのか。
「なんでそんなに必死になるんだ?」
「お前が間違っているからだ、シノノメ・サクレン」
「その名前が出たってことは、知ってるんだ。俺が、薄汚い金銭亡者の息子だってこと」
「それはっ」
「勘違いするなよ。あんたと境遇は似てるかもしれないが、俺は違う。あんたの父さん、本当に汚職らしいことはしてないと思うよ。だが俺の親は俺の目の前で儲かったって言いながら出どころの汚い金自慢してきたからね。本当ならもっと下請けの会社に入る筈だった、潰れた会社だってあった」
「サクレン」
「もうほっておいてくれ!!」
 怒声、肩で息をするサクレンにどう声をかけていいのかわからない。
「もう、行けよ……」
「ズッ」
 ルシナの後ろから、カゲボウズが顔を出した。
 サクレンはそれを見ない。
「これ以上、いらつくのはごめんだよ」
 俯いて言った。
「いい加減にしろっ!!」
 起き上がると同時に放たれたイッテツのアッパー。不意打ちもありそれをもろに受けてしまったサクレンが今度は地面に転がった。その上に飛びつくなり続けざまに頬に二発。
「うわー……獣の方がまだ上品だよー……」
 そのバイオレンスさにベルベットが若干引いている。
「なにすんだよっ!!」
 サクレンもサクレンで膝でイッテツの腹を膝で蹴り上げ、頭突きで応戦した。
「お、おい」
 いきなり大喧嘩を始めた二人に戸惑いながら、ルシナは慌てる。このままでは誰か来てしまうかもしれない。考え抜いた末、至った結論。
「カゲボウズ頼む、いやなおと!!」
「ズッ」
 形容しがたい音が辺りに響き、皆が耳を押さえた。事実上、殴り合いは止まったので、その隙を見て二人の間にグラエナを滑り込ませる。ベルベットもライチュウに指示を出し、二人の間に入ったので事実上壁ができた。しかし二人はその壁越しにまだ睨み合っている。
「……なんで、こいつの肩持つんですか」
「持ってない。殴り合うのはやめろと言ってるんだ」
「だって!」
「いい加減にしないか、イッテツ。サクレンも。このままカナズミにお前を連れて行くが、異論はないな?」
「……」
 沈黙を肯定と受け取って、とりあえず溜め息を吐いた。


【160702】