blue valet07
「……いった」
「我慢しろ、男だろう」
「このガキ、手加減しないで……」
目の前で包帯まみれで舟を漕いでいるイッテツを睨みつけたサクレンも同じく包帯まみれだった。あれだけ果敢なファイトをしたのだ。当然といえる。イッテツの方はかなり体力を使っていたのか、デボンの車に乗るなりすぐ眠ってしまった。
そう、デボンからの迎えの車。これからサクレンは会社の査問にかけられる。
「……このガキにも言ったけど」
「ああ」
「俺、あんたが嫌いだから」
「……ああ、そうだな。お前をあんなに邪険にした私だ」
ルシナは考える。サクレンをなにもない、能天気に生きていた男だと思っていた時のことを。
考える。詳しくは聞けないながら会社が潰れてからどう考え、生きてきたのかを。
サクレンが時折見せる激情はその経験から培ったものなのだろう。
それがどうしようもなく。
「……私は酷い女だ」
可愛くて仕方がない。
「なにが」
つっけんどんに返されて苦笑してしまう。まるで最初と逆の立場だ。
「端的に言うと、消えた男の代わりを、彼に見出してしまったんだ」
「そりゃ、最低だね」
「そうだ」
「このガキも、俺も災難だね」
「全くだ」
それきり、社内での会話はなくなった。
時間はそれから数週間後に進む。
査問の結果、サクレンはクビになることも、SP達がしわ寄せを受けることもなかった。
というのも、世界を救うためにサクレンも開発に関わったマグマ団お手製のマグマスーツが活躍してしまったからなのだ。
あの後、マグマ団のリーダーマツブサは伝説のポケモングラードンを目覚めさせてしまい、世界を壊滅寸前まで追いやった。
それを未然に防いだ少年を助けたのがマグマスーツだった。結果サクレンはお咎めなし。部署にもしっかり彼の席は用意してあった。
しかし以前のような単独の視察などはなくなった。元々危なっかしい情報のやり取りを任されていたようで、さすがにそのポストまでは元通りと行かなかったようだ。
肩の荷が降りた気分ではあるけどね、と彼自身は笑った。解放されたのなら、もうあれこれ言うのはやめようとルシナは思う。
「……サクレン! いつまでサボってんの! とっとと次の書類出してよっ!」
「うるさっ! サボってねーし、黄昏てただけだし!」
「そんな高尚なことあんたにできる訳ないでしょっ!!」
サクレンが復帰してからは事務室はこんな低年齢の子供のような喧嘩が増えた。主にサクレンとイッテツの間で。殴り合って感じいるものがあったのかは知れないが、とりあえず仲はいいんだと思う。
あの日、サクレンが役員に査問へ連れられていくところを見ながら、イッテツは言った。
「だから負けたくなかったんだけどな……」
「イッテツ」
「ルシナさん」
イッテツは膝を折り、ルシナに傅く姿勢を取った。
「イッテツ?」
戸惑うルシナの手を取って、軽く、唇を寄せる。
「あなたが、好きでした」
過去形。
「ああ……」
ここで謝ることはしない。
「もう迷わないでくださいね」
「ああ、勿論」
「ルシナー……もう鍵締めなきゃいけないんだけど」
「あ、ああ」
些かぼうっとし過ぎていたようだ。イッテツは既に帰宅している。サクレンはルシナを呼び捨てで呼ぶようになった。
「……」
「……」
二人きりになったのはいつぶりだったか。
「……送る」
「は?」
「送る!」
「あ、ああ」
「早く支度して」
「ああ!」
鞄を取ろうと勢いよく一歩踏み出した時。
一枚束から外れて落ちたらしい書類を踏んだ。滑る。こんなのもう転ぶしかない。
しかし覚悟した衝撃がなかなかやってこない。恐る恐る目を開くと、サクレンの顔が目の前にあった。
「なにしてんのっ! そんなキャラじゃないだろお前!」
「すまない……」
「本当にあんた見てるとなんかすっげーもやもやすんだよっ! 嫌いなんだけどほっとけないってゆーかさぁ! 本っ当嫌い!!」
そう言って手を離すサクレンの顔は少し赤い。今の発言に、その反応。これは……。
「なぁ」
「なに!?」
「お前……」
「わかってる」
「私の、」
「わかってるっつーの!」
だー!!と頭をがしがし掻くと、サクレンは言い放った。
「仕方ないだろっ! 人を好きになったことなんてなかったんだ!!」
「本当かお前」
「生きてきてそんな余裕なんてなかったからね! しかも一目ぼれ!とか!」
「お前」
「あっ余計なこと言ったー!!」
テンパりまくっているサクレンが、本当に可愛くて、笑う。怒るかな、と思ったがサクレンは急に真面目な顔になり、ぼそぼそと話す。
「俺ずっとあんたのその顔見たかったんだよ。いっつも、怒るか悲しむかのどっちかだったから」
「そうか……」
そういえばいつから自分はこの男をこんなにも慕うようになったのだろう。
『今日からお世話になります、サクレンでーすっ』
ひょっとしたら自分も出会った時からだったのかもしれない。
「……改めて言うけど、これからの時間を俺といてくれますか?」
「お前次第かな」
「やっぱあんた嫌いだわ」
二人はどちらからともなく手を繋ぐ。
「どうする?」
「夜の街を散歩するのも、いいじゃないか」
「そだね」
空気を読んで黙っていたグラエナとレキ、カゲボウズをそれぞれボールに戻し、彼らは並んで歩く。繋がれた手が離されることは、多分もうない。
【160702】