奇妙な出会い


「行ってくるよ。父さん」
「……ああ」
 いつだって返事はそっけない。特になにも思わない。靴の踵でトントン、と地面を叩いてビルトは家の扉を開けた。
「あらビルトちゃん。今日が試験だったかしらね?」
 庭に水をまいていた隣の女性の声にビルトはん、と頷く。
「こんなチャンス、二度とないから」
「頑張ってねぇ、応援してるわ」
 父親より血の繋がっていない女性の方が応援してくれるもんなんだな、とビルトは思いながら小さく手を振った。女性は振り返してくれた。
 ここはカッコウシティ。『誰かのために囀る町』の名を冠する小さな町だ。場所はウロボロ地方南側に位置する。ビルトはその町のちょっと地価がお高めな地方に住む少年だ。年は11。ポケモントレーナーではない。これからなるつもりだ。
 というのも。
「ぶわっ!!」
「……!」
 角の死角から少年が出てきた。弾き飛ばされ、尻もちをついたところで罵声が降ってきた。
「どこ見てんだよ!!」
「……ごめん、なさい」
 立ち上がり呟くと、ぶつかってきた少年はビルトの顔を覗き込んできた。蒼海のような深い青の髪に少し目つきの悪い少年だ。
「なにか」
「なに謝ってんだよ。プライドってもんはないのかテメー」
 驚いた。どう返しても怒られる運命らしい。
「……ないので、行きます」
「けっ」
 この手合いに関わってもいいことはないので頭を軽く下げて去る。しかし少年の肩に乗る、銀色のポケモンは気になった。



「ビルトさんですね。お話はお父様から」
「はい」
 場所は『スアマ博士研究所』。ビルトの隣の地区にある。あることは知っていたが、ビルトは来たのは初めてだった。そういえば、こんなに長い時間外に出してもらったのは初めてかもしれない。
 ビルトはここに博士助手の試験を受けに来た。ダイレクトメールで『ポケモンの有無など、年齢性別問いません! スアマ博士はあなたを待っています!』というチラシを見たのがきっかけだった。情熱的だな、と流した半面。『あなたを待っています』という文面はずっとビルトの心に残り続けた。そしてある日父親にこぼしたのだ。『博士助手になりたい』と。そしてビルトはここにいる。全ては父親が手続きしてくれた。言ってみるものだ。
「面接はすぐ始まります。ていうか面接官私です」
「はい」
「あれっ、驚かないんですねっ」
「驚いてます」
 カウンターの向こうから出てきた桃色髪の少女はあれー、などと呟きながらビルトを奥の部屋へ誘う。
「こちらへ。あ、私はレレミです。博士助手なので、あなたが合格したら先輩になりますねっ」
「はい」
「……小さいのにクールなんですね」
「よく言われます」
 気を悪くしてないかだけが心配である。
 隣の部屋には大きな機械や散乱した書類の中椅子が一個置いてあった。そこにビルトを誘い、レレミは適当な機械の上に座った。機械と部屋の大きさがあっていないし、書類は本当にあちこちに散らばっているし、スアマ博士とは杜撰なのかもしれない。
「最初に、何故博士助手になろうと思ったんですかっ? ここ大事ですよー」
「……『あなたを待っています』」
「え?」
「書いてありました。……スアマ博士はあなたを待っていますって」
「ああ……」
「……俺も、必要とされたくて、来ました」
「……ふむ。あなたのことをお聞きしていいですか?」
「……」
「ビルトさん?」
「少し、びっくりするかもしれませんが」
 ビルトが訥々と語ろうとしたときだった。
「レレミ。探してる書類があるんだけど……」
「うわっ!?」
「!」
 部屋の隅の機械の穴から人間が出てきた。初めて会う人間だが、ビルトは知っている。だってテレビによく出てた。ダイレクトメールにも笑顔で載ってた。
「スアマ、博士……」
「はい、僕がスアマです」
「スアマ博士〜っ!!」
 レレミが少し怒った顔で叫ぶ。
「今日は昼から外出って言ってたじゃないですかっ!!」
「なしになったから機械にプログラム打ち込んでた。ガオウ君が預かりシステム強化したいっていうから」
「それ博士の本職じゃないじゃないですかーっ! ごめんなさい、ビルトさん」
「……いえ」
「ん? さっき聞いてたけどそこの子可哀そうな子なの? 必要とされてない子なの?」
「失礼じゃないですか!私も『重っ!』って思いましたけど!!」
 結構言われているが、無理もないかとビルトは思う。言い方が多分悪かった。
「俺は、子供です」
「うん」
 スアマの黒い瞳と目が入った。
「できないことが多いです。……さっき話そうと思ったんですが、少し感情が、希薄です」
「それは少し思いましたけど……」
「レレミ、多分この子が言いたいことはそういうことじゃない。『感情が希薄なことは君のせいじゃ』ないんだな?」
 ごく当たり前のうようにスアマ博士は言いきった。ビルトは首を傾げる。この人はすごく頭がいいんだな、と思った。当たり前だ。博士だ。
「はい、でもこんな俺でも、できることがあるならしたいと思いました。博士と一緒に仕事がしたいと思いました」
「……うーん、及第点」
「博士、それって」
「合格。レレミ君が一緒に仕事するの泣くほどやだって言っても取り下げないから」
「なんで人の印象悪くするんですかっ!?」
「折角だからポケモンもあげようか。なくてもいいとは言ったけどないとやっぱり困るから」
 余りにも軽い言葉と共にビルトに向ってボールが投げられた。キャッチするとスアマはまた機会の海に引っ込んで行った。
「僕はスアマ博士、専門はポケモンの分布だけどなんでもやるよ。今日はもうすることないから帰って。明日十時集合ね」
「さては相手が誰でも採用するつもりでしたね……?」
「そんなことないそんなことないレレミが便りないなんて思ってない」
「博士ーっ!!」
 今度こそ機械にのまれてしまったスアマは返事をしなかった。



 その夜。
「スアマ博士は妙な人だったろう」
「変だった」
 その言葉に父は頷いた。
「この町に来た時から私たちは彼の奇行には悩まされたものだ。町外れのダゲキの噴水も彼が勝手に作ったんだ」
「ナゲキじゃだめだったの」
「青いからじゃないか」
 絶妙に論点がズレ始めたことに気づいたのか父はこほん、と咳をした。
「とにかく、ポケモンまで託されたんだ。これからは博士の助手として節度ある行動をな」
「うん」
「スアマ博士が初めてのトレーナーに渡すポケモンはスボミー、トゲピー、ゴンベ、ピチューのどれかだったな。どれ、見せてみなさい」
 ビルトは頷きボールを投げた。出てきたのはとんがり耳のまるっとしたポケモンだった。
「ゴンベだな」
「ゴンベ」
 初めて出されたゴンベは戸惑うかと思ったが、ボールに中で事態は把握していたようで、ビルトの腰に抱き着いてきた。
「ビルトをよろしくな。ゴンベ」
「よろしく、ゴンベ」
「ゴン!」
 夜は更けて行った。


【170831】

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