LosTIME Maker!

ジェネリック・リゾートバイト 発端

 いつの世も学生というのは大変だ。
 眠すぎる一限の授業、出席代わりのレポート提出、持ち込み禁止の抜き打ちテスト、ゼミの研究、部活動、サークル活動、エトセトラ、エトセトラ。
 中でも、特に重要なのはアルバイト……有り体に言えば、お金だ。


 初夏ういなつ葉月はづきは通帳アプリの残高を睨みつけながら、夏の過ごし方を思案していた。

「ん、む……先月ちょっと使いすぎましたか……? でも、あのはお迎えしないと、もう二度と会えなさそうでしたし……」

 金欠とまではいかないが、だいぶんピンチなお財布事情。
 試算を重ねて数十分。日雇いのバイトをいくつか入れないと、生活費が心もとないことに気がついてしまった。

「……これはまずいです。圧倒的に。とんでもなく」

 とはいえ、この身が働ける場所がどれくらいあろうか。接客は無理だし、飲食のホールだって不安だ。オフィスの清掃や荷物のピッキングならなんとか……と考えながら、様々なホームページを流し見する。
 急な電話に対応できたのは、そうしてブラウザを見ていたおかげせいだろう。
 デフォルトのまま変えていない着信音が鳴り、手の中でスマートフォンが震えた。

「みょっ、わ、ぁ……!」

 慌てて、しっかとスマホを持ち直す。通話ボタンをタップすれば、名乗りも無いまま本題が告げられた。

「葉月、お盆休み空いてる」

 クエスチョンマークがついているのかいないのか、よく分からないトーンだった。
 画面には『花井さん』とディスプレイされている。


   ◇◇◇


 某県、重葩かさえ市。太平洋沿岸部。

「じゃあー、今日から五日間! よろしくね」

 古き良き民宿を背に、女将は朗らかに笑う。

「……よろしくお願いします」
「よっ、ろしく……お願い、しまぁ……す」

 反して花井と葉月の両名は、民宿と女将を前に、もちゃもちゃの小さな挨拶をした。
 知る人ぞ知る静かな観光地で五日間のアルバイト、三食おやつ付き。初日は移動で潰れ、帰りも同じだけかかるので、実質的には七日間の拘束だが……それは仕方なしだ。
 アルバイト初日の今日は、諸々の指示から始まった。

「お願いする仕事は、募集に書いてた通りお掃除ね! 掃除用具は大体ここにまとまってるから、中のものは好きに使っていいよ」

 先導する女将の後ろで、教えてもらったことを順番に咀嚼する。朝は民宿周辺と浴室掃除、昼は客室と受付の掃除、夕に広間の掃除をしてフィニッシュ。健康的なスケジュールだ。

「ああでも、お風呂に入るのは朝の清掃前にしてね。夜は、お客さんが入るから」
「あっ、は、ハイ! もちろん……です!」
「女のコにはキツいかもだけど、堪忍ね」

 ピークタイムを外しての朝風呂というのも、バイトらしくていいだろう。
 今回のアルバイト先である民宿〈よばな〉は、海岸線に対しておよそ四十五度で建てられている。民宿を背にして立つと、左側に海が見え、右側に山がある。
 その贅沢なロケーションから、『右手に風光、左手に明媚』というキャッチコピーがあるとかないとか。
 玄関前で掃除をしていれば、海風に乗って波のさざめきがやってくる。抜けた先で山に吹きつけ、木の葉の音がりょうをもたらす。滲む汗すら爽やかだ。
 昇り始めたが、きらきらと水平線を煌めかせた。

「あぁ〜……。夏、ですねぇ……」

 綺麗なロケーションで真夏のアルバイト。暑さでイヤになるこの季節も、今年は好きになれそうだ。

「葉月、裏に道祖神あった」

 夏もアルバイトも嫌いである。
 宿の裏手からひょこりと顔をのぞかせた花井は、こいこいと葉月を手招きした。
 生活費のためにアルバイトを申し込んだのに、なぜオカルト体験をしなければならないのか。その答えは同行者にある。

「ま、まあ? 道祖神くらいどこにでもありますし? ビビるとこじゃないといいますか……ウン……」
「はやく」
「いいい行きます! 行きますよっ」

 急かしてくる花井に威嚇をしてから、呼ばれた通り裏手へ向かう。
 表側とは逆で、右手側に海があり、左手側に山(とはいえ地形上、申し訳程度に見えるくらいだ)がある民宿の裏。花井が指し示した先に、ちんまりとした地蔵があった。

「お、おお……」

 道祖神とするには情報が少ない気がしたが、花井が言うならそうなのだろう。まじまじと眺める。

「これですか? 道祖神」
「うん。

 たぶん、とは。訝しんで隣を振り返る。
 ちらと葉月を見た花井が、半身を山へ向けた。

「この地蔵、山、見てるから。たぶん道祖神」

 思わず地蔵へ視線を戻す。地蔵の体……眼差しの先は、花井の言う通り山だ。

「山を見てるって、」
「あの山、トンネルが通ってる。だからじゃない」

 要するに、山のトンネルを通って来る悪しきものを、この地蔵が防いでいるのかも、と言いたいらしい。あくまでも花井の推測だが。
 開通だけで精一杯、道幅で全てのトンネル。土地と土地の境目が山をまたいでいるのなら、通り道であるトンネルの監視は外側からするしかない。

「面白いね」
「面白くないですよ! ていうかなーんで、あの山にトンネルがあるなんて知ってるんですか!? そういうのいいですから掃除しましょう、掃除!!」

 むくれる花井を置いて玄関先に戻る。中途半端になっていた掃き掃除を仕上げ、次の仕事に取り掛かった。



 浴場の清掃を済ませ、昼食をいただく。
 女将とその旦那は別で済ませたらしい。静かな食卓には、大皿に乗った山のようなおにぎりと、伏せられたお椀が二つ、インスタント味噌汁の袋が二つ、お箸が二膳、それから書置きがあった。
 書置きには、昼食の席を共にできなかった謝罪と、ポットのお湯で味噌汁を作って食べてほしいこと、食後に大皿とお椀、お箸を洗ってほしい旨が書かれていた。女将の第一印象に似た、やや筆圧の強い丁寧な字だった。
 花井と揃って席につく。被せられていた蠅帳はえちょうを畳んで、無言の「いただきます」をした。
 食事の間も、スマホの通知はせわしない。
 オカルト研究部のグループチャットが動いているのか、葉月のスマホに通知が来るのと同時、花井のスマホもマナーを守って震えた。きっと朝の掃除で見た『たぶん道祖神』の話でもしたのだろう。
 オカ研は皆、オカルトの『オ』の字さえ見つければ、『カルト』の部分はセルフで見つけるか作り上げるか突撃するか考察するか――とにかくなんやかんやする。葉月の脳裏に、志筑ますたぁや佐能、西川の顔が浮かんだ。

「ご飯食べたら客室のお掃除ですからね」
「わかってる」

 二人で無言の「ごちそうさま」をして、次は午後の仕事だ。清掃用具を準備していると、女将の声が我々を呼んだ。

「初夏さん、花井さん、ちょっといいかしらー!」
「は、はい! はぁい!」

 声のした受付へ向かうと、カウンターの奥に女将が、手前には二十代半ばごろの男女二人が立っていた。

「ごめんけど二〇二号室、先に掃除してくれない?」

 教えられていたチェックインの時間にはなっていないが……おそらく、この男女が来てしまったからだろう。掃除のため、部屋の鍵を渡された。
 申し訳なさげに頭を下げる二人の客に、こちらも倣って会釈をする。あまり待たせるわけにはいかないが、汚いのも問題だ。急いで、かつ丁寧に仕事をしなければ。
 民宿の二階にあがり、花井と二人になったところで葉月がぼそりと漏らす。

「お客さん、いらっしゃるんですね……」
「民宿じゃん」
「そりゃそうなんですけども」

 二〇二号室のドアを開けると、眼前に海が広がっていた。
 正面に大きな窓。部屋が薄暗いせいか、海の青が光となって天井を照らしているように見えた。

「オーシャンビュー……!」

 備え付けの調度品は年代を感じるものの、かえってそれがノスタルジックだ。この景色、この民宿を目的に泊まる人がいると言われても、確かにそうだなと頷いてしまう。
 アルバイトではなくプライベートで泊まって、のんびりするのもいいかも……。と考えた辺りで、朝の道祖神の話題がよぎる。

(あああ、オカルトがノイズに……!)

 この建物の裏手に意味深な地蔵。心が休まるかと言われると、少なくとも葉月は『否』だ。
 キュッと顔をしぼめながら、葉月は粛々と掃除を進めた。



 例の男女二人は無事にチェックインできたらしい。気を遣ってくれたのか、彼らは部屋に荷物を置くなり出かけて行った。海岸の方に二人で並ぶ影が見える。
 他の客室の清掃を終えて受付に向かえば、女将が察したように「掃除よろしくね」と笑って内側に招き入れてくれた。
 受付内は思ったより狭い。
 経営開始から保存しているだろう大量の宿泊客名簿、宿泊客向けの三つ折りパンフレットの在庫、領収書の原紙や日誌のリフィル、ほか事務用品。そりゃあ狭くもなる。

「女将さん、あれなんですか」不意に花井が呟く。
「ん? ああ、『いわらさま』だね」

 あまりの不穏ワードに振り向いた。
 花井の視線の先、壁の上部に、小さいタペストリーにも似たものが額に入れられていた。
 山に巻き付く長い胴体。てっぺんにはいかめしい顔をした頭がある。天から落ちる雷のような角が生えていた。
 神聖さの象徴なのか、はたまた経年劣化のせいか、身体は生成きなりの色をしている。

「いわらさまって、蛇ですか?」

 いつになく饒舌な花井が、立て続けに質問した。

「蛇なもんか。龍だよ、龍。山を守る龍神様さ」

 ふぅん、と花井が『いわらさま』に視線を戻す。
 葉月はといえば、段々と濃くなるオカルトの気配にとんでもなくした。きらきらリゾートでのうきうきアルバイトだというのに、オカルトに付き合わされる身にもなってほしい。

「も〜……いいですから、掃除しましょう。花井さん」

 こそこそ苦言を呈せば、花井はむすりと口を閉じた。

「いわらさまはねぇ、キレーな神様しとってねぇ……。毎年、」

 揃って振り返る。女将が遠くを語るように目を伏せ、それからパッと笑った。

「ああいやだ! こんな話、するもんじゃないね。さ、出納をまとめようかしら」

 ほほほ、と日誌と出納帳を手に、女将は受付から去っていく。
 しん、と静寂が落ちて数秒。受付の出入り口をじっと見つめていた花井は、そこから頭を外へのぞかせ、誰もいないことを確認した。その証明に、受付のドアをぴしゃんと閉めてしまう。人の存在を確認できるのは、カウンターの部分だけになってしまった。
 掃除を放った花井が、おもむろに宿泊客名簿を引っ張り出して、中の写真をパシャパシャと撮っていく。

「ちょっ……! は、花井さん、ダメですって!」
「絶対オカルトある」
「あるかもしれませんけれども!」

 拒否柴と呼ばれる現象が思い浮かんだ。拒否する柴犬が花井、頑張って引っ張るのが葉月。ただし、現状を『拒否』したいのは葉月の側である。
 次の宿泊者名簿を引っ張り出そうとする花井を押しとどめて、無理矢理に掃除用具を握らせる。花井は『とても不満です!』という顔を隠しもせず、受け取ったT字ホウキで床をつついた。

「……葉月の臆病者」
戦場いくさばでは臆病者が生き延びる習わしですよッ」
「それだと武功は上がらない」
「何と戦ってるんですかぁ……!」

 エエン……と葉月が顔をくしゃくしゃにしていると、カウンターの向こうを誰かが横切った。あれ、と視線を向ける。
 ――黒々とした瞳が見ている。

「ッッッ!!」

 心の底から驚き恐怖したとき、声帯は仕事を辞めるらしい。葉月は文字通り、声も無くギョッと飛び上がった。
 その妙な動きを不審がった花井が、横目で葉月を見た。「なに」と怪訝そうに尋ねて、その様子に顔を顰めて、同じようにカウンターを見る。

「なんでぇ、コソ泥かと思ったら。いつもの……アレ、学生バイトかい?」

 視線の先……カウンターの向こうには、白いタンクトップを颯爽と着こなす日に焼けたおじさんがいる。



「それでよ? ここの旦那が民宿……〈よばな〉を始めるっつうもんだから、おれが待ったをかけたのよ。宿始めんなら、海と山がなきゃあダメだっってな? だってそうだろ、ロケーションつうのが、一番大事なんだから。そんで、さあ建てるぞってなったら、今度は設計書がなきゃなんねえだろ? みーんな寄り集まって、ああじゃねえ、こうじゃねえ、つってな? 宿建てんのにな、……三年もかかっちまって! なんだもんで、気合い入った建築で、そりゃあ地元のヤツもまあまあ来てよ? もう、うるせえのなんの――」

 話が長い。
 言葉を選ばずに言えば、葉月も花井もうんざりしていた。とりわけ葉月は、先ほど酷く驚かされたのもあって、日焼けおじさんに対する負の感情が三割増だった。
 夕方にするはずだった広間の掃除は免除された。女将が「いいよお、私やっとくから! お話聞いてあげて」と気を利かせてくれたからだ。その優しさが今は憎い。

「ここの女将さん、えれぇ別嬪さんだろ? 昔、都会の方で劇の女優さんやってたらしくてな。壇上でスポットライト浴びてたんを見て、旦那さんがビビーッ! てきたみたいでな、もう差し入れして出待ちして、熱心だったってよお。ま〜ァ、『愛』ってヤツだよなあ。な? んだもんで根負けした女将さんが、そんなに好きならしゃーねぇやっつって、一緒に宿をうまァ〜く切り盛りしてなあ。器量よしで気立てもいい、三歩後ろで元気ハツラツ! いやぁ〜、ここの旦那は本当にいい嫁さんを持ったよなあ〜! 後ろ姿もスラーっとしてて、なんつったら今はアレだ、あの〜……そう! だな!」

 話が長い。
 がはは! と日焼けのおじさんが闊達に笑うのを、葉月と花井は微妙な眼差しで眺めていた。このおじさんが前時代的な、昭和の頃の価値観を持っていることが分かった。当時、接客業をしていた人たちはすごい。そう思った。
 二つ三つ話を聴いて(やって)いると、女将さんが日焼けのおじさんを呼んだ。酒の準備が出来たらしい。それは同時に、未成年である葉月と花井の解放を意味していた。



 夜。本日のタスクを全て終え、夕食を済ませた頃。
 ようやく自由時間になった二人は、割り当てられた部屋でのびのびと身体を休めていた。明日も朝から仕事なのだ。
 そんな中、花井は自分の旅行鞄を漁って、ボディバッグに小物を移し替えていた。

「……花井さん?」
「外、出てくる」
「外!?」

 確かに自由時間なのだから、外に出たって良いはずだ。
 しかしバイト初日の、このクタクタの体で何をしようというのか。まさか、これからさらにオカルト的な何某なにがしを見つけに行こうというのか。

(オカルト好きって本当に……!)

 葉月の脳裏に、志筑ますたぁと佐能と、西川、そこに花井が追加された。

「葉月は」
「えっ?」
「一人で部屋に残る?」
「えっ!」
「別にいいよ」
「えっ!?」

 花井は、葉月がついて来ようが来まいが、どちらでもいいらしい。言葉の意味を咀嚼して飲み込んでいる間、花井は黙々と身支度を整えていく。このままでは確実に置いていかれるだろう。
 しばし考える。たぶん道祖神の地蔵、いわらさま、日焼けのおじさん……。今日一日で浴びた致死量のオカルトが、容赦無くノミの心臓を襲う。
 葉月は勢いよく立ち上がった。

「行きます……ッ! 行きますよ……! 行きゃあ、いいんでしょう……!」
「どっちでもいいけど……」
「行゙ぎま゙ず!」
「そう」

 花井は本当にどちらでもいいらしい。あっさりと返事をすると、旅行用鞄をゴソゴソと漁った。

「じゃ葉月、これ持って」
「えっ?」

 ぐい、と『これ』を手元に押し付けられる。
 セルカ棒だ。自撮り棒とも呼ばれ、先端にスマートフォンを取り付けて使用する。中にはブルートゥースやタイプCケーブルで、持ち手のボタンとシャッターを連動させられるものもある。手元のはそうだ。

「カメラ係でしょ」

 棒の先端には、既にスマートフォンが装着されていた。

「カメラって、カメラ……ァ……?」

 葉月は、このスマートフォンに見覚えがあった。
 このスマホ、およびセルカ棒は、オカルト研究部が映像記録……いわゆるVログを撮影する際に使われるものだ。

「アッ……ア! はな、花井さん? 花井さんッ!?」

 ワッと詰め寄った。こういうときばかりよくひらめく。
 花井からの電話で参加したこのアルバイトについて、『ちょっと遠いリゾート地にある民宿の短期清掃バイト』としか教えられていなかった。

「う、うそつき!! リゾートバイトって言ったのに!!」

 オカルト研究部のVログ撮影用機材を渡されたということは、だ。
 確かに通話中、カメラ係だと言われた記憶はある。
 バイト先がリゾートであるなら、多かれ少なかれ観光スポットだと思うだろう。そりゃあ、記念写真の撮影係だと思うだろう。
 まさか記録カメラ係だったとは。

「ウソはついてない。リゾートバイトなのはホント」

 どこ吹く風の花井は、しれっと視線を逸らして唇を尖らせた。

「曰くはあるけど」
「曰くがあるじゃないですか!?」

 ヤダァ!! と鳴いた。
 しかし思ってみれば、日中からずっと不穏なオカルトを聞かされていた。そもそも普段から、興味のあることしかやらない花井が、突拍子もなくアルバイトなんてするわけがない。



 リゾート地でのアルバイト。
 確かに『リゾートバイト』だ。


 ただし花井の言う『リゾートバイト』は、当たり前のように『洒落怖のリゾートバイト』である。


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投稿日:2026/05/21
最終更新日:2026/05/21

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