創作小話
忍神再編 街角シャングリラ

※シノビガミシナリオ「枯れよ我が涙、と機忍は言った」ネタバレ注意※
※もしも、ハッピーエンドだったら?

 ハタハタハタ、と廊下を駆ける。この間の戦闘で大怪我をした香苗は、千春からの一報を受け、大慌てで研究室へ向かっていた。医務室のスリッパを履いたまま、荒く結われた長い三つ編みを大きく揺らし、戦闘時のような音速で。
 ドアロックのパスワードを口内でサッとそらんじながら、慣れた手つきで指を動かす。はやる気持ちを抑えきれず、ウィーンともったり開いていく自動の引き戸をこじ開けるように指をかけた。
 魔女とまで言われている、あの研究員が失敗するはずもないが――あれは、私の大切な。
「間宮研究員!」
「あら、如月さん。早かったですねえ」
 香苗の、研ぎに研いだナイフのような鋭い声を、千春はやんわりと包むような色で返した。それが少し気に障ったのか、ム、と香苗が眉を寄せる。足音荒く千春の研究デスクへ近寄ると、「それで、」と結果の開示を催促するように切り出した。
「実験の結果は?」
 千春は鈍く輝くサファイアの瞳を円やかに細めると、先ほどの自動ドアに似たもったりとした笑みを浮かべる。何回見ても、この笑顔には慣れない、と香苗はうっすら思う。
「私から見たら、大成功ですよ」
「おい、」
「心配しないでください、真庭さんも成功しましたから」
「……」
「どうぞ、如月さん。こちらです」
 ゆらりと核心から逃れるような言葉選びや、含むような言い回し。食えない笑みに、見えてこない信念。ただ、仕事は確実に行う。
(……信用できるんだか、できないんだか……)
 しかし、今回の件をすべて知っていて、悲しく絡んだ因果をほどくための手立てを行えるのは千春くらいなのだ。香苗は息を吐く。まあ、彼女の開発が間に合わなければ、手立てがあっても意味が無かったが。
 千春が奥まった一角のドアの前で、パスコードを打ち込む。シュウ、とドアが開いた瞬間、薬品の独特な匂いが鼻をついた。毒の研究もしていたせいだろう、どことなく研究室内の空気がけぶって見える。
「とりあえず、先に真庭さんを出しましょう。もみじくんを先に出したら、たぶん如月さん、殺されちゃいますから」
 言われて香苗は、この大怪我の原因となった少年を思い出した。ひどく昏い瞳をした、幸薄そうな彼を。
「……私は別に、殺されても構わないが」
 きょと、とまんまるなサファイアが香苗を見た。香苗はチラと千春を一瞥してから、ゆるりと円柱型のガラスケースに近づく。ホルマリン溶液に浮かぶ素体には、香苗の大切な人の脳が入っている。崩壊ギリギリの、壊れかけた吊り橋のような状態のそれが。
「殊勝なこと言いますね、如月さん」
 千春が、あの食えない笑みをたたえながら香苗の横顔を観察する。その視線に気付いているのか、いないのか。ガラスケースに歩み寄った香苗は、そっとガラスに触れた。表面からじんわりと、人肌のような暖かさが伝わる。
「あの少年には、私を殺す権利がある」
 香苗にはわかる。大切な人を喪うと――彼女の場合は、“喪いかけると”と言った方が正しいだろうが――、どうしようもない激情に駆られ、普段の自分ならおよそしないであろう行動をしてしまう。香苗自身が大切な人を喪いかけ、喪失の恐怖から機忍狩りを行ったように。
 千春は視線を前に戻すと瞑目し、深呼吸をした。そしてハタリと目を開け、基盤をいじる。
「……じゃあ、真庭さん出しますね。これから一生、彼はお注射とお友達ですから。彼にも説明を聞いてもらわないと」
 プシュ、と空気の抜ける音。次いで、溶液がゴポゴポと抜けていく音。顔全体が溶液から出た瞬間、サカシラの細い目がわずかに動いた。まぶたの動きから、辺りの状況を確認しているのだろう。ぐりぐりと素早く動き――千春を認めた瞬間、眼前のガラスを一度、激しく殴打した。
「うわ、荒いお目覚めですね。強化ガラスですから、忍術じゃあ破れませんよ」
「――」
「……私は、貴方の恩人と言っても、差し支えないくらいの存在なんですけどね」
 眉をハの字に下げて苦笑する千春の横で、香苗がやれやれと首を横に振った。
「やめろ、サカシラ」
「……」
「間宮研究員が、お前の脳の損傷を止める投薬を開発した」
「!」
「ひとまず今は停戦中だ。……攻撃するなよ」
 言って、香苗が千春へ視線を投げる。千春がコードを打ち込み、ガラスケースを開いた。パカ、とどこか間抜けた音を立てて開いたガラスケースから、ホルマリン溶液で濡れたサカシラが足を踏み出す。
「……。……タオルをいただけませんか」
 踏み出し、両足を床に着いたはいいが、自身が溶液にまみれていることを思ったのだろう。サカシラはその場で直立不動の銅像と化した。そして現在進行形で足元に水溜まりを作る彼を見て、千春は研究室内に備え付けてあるタンスからバスタオルを差し出した。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
 体を拭き始めるサカシラを尻目に、彼女はそのままタンスを漁る。
「服はタートルネックにスラックス、軍支給の白衣でいいですか?」
「構いません」
「サイズは……180くらいでいいでしょう」
「はい。それで」
 ぽいぽいと軽く投げ渡しながら、千春は言う。
「すみませんけど、靴は我慢してください」
 元よりそのつもりだったのか、サカシラは無言で頷いた。
 ――さて。
「そろそろ、本題に入ってもらってもいいか」
 静かに切り出した香苗に、千春がにこりと薄ら笑いを返す。サカシラが横目で胡乱げに千春を見た。それを黙殺しながら2人に椅子をすすめ、腰を下ろしたのを確認してから、千春は向かい合うように椅子を持って来て座る。
「では、今回の投薬についての説明をします。使用は簡単よ。2週間に1回、血管注射で投薬。他は普通の生活を送っていただいて構いません。
 成分は、もみじくんの病の元となった毒。段々と身体が機能しなくなる効果を逆手に取って、脳の損傷を起こす細胞の機能低下・停止をするワクチンとして作り変えました。毒を以て毒を制すというやつですね。副作用はほとんど抑えてあります。もし出るとしたら、軽い頭痛・眠気・気分の悪さ、かと。投薬後、2日ほどは忍務を入れないことをオススメします」
 千春はペラペラと滑るように話し始める。脳にインプットされた情報をそのまま引き出すような喋り方は、彼女の記憶力ならびに頭の回転の良さを表しているようだ。香苗は舌を巻く。
 サカシラが、イマイチ信じにくい、というような顔で千春を眺めた。
「軽度記憶障碍(しょうがい)の人間70人に協力を得て人体実験をしましたので、信憑性は確かかと。記憶障碍により、新しい出来事を記憶できない方に開発薬を投与したところ、記憶力の低下が止まり、投薬後の出来事が記憶されるようになりました。脳の記憶に関する部分……まあ海馬の、短期記憶を長期記憶に変換する部分ですけれど、その部分の損傷の低下・停止が起きていると考えられます。真庭さんの場合、過去の記憶の消失ということで、本実験で開発した薬を、大脳新皮質の脳細胞死滅を食い止める薬に作り直したものも用意しております」
 なるほど、と香苗はクッとわずかに顎を上げた。やはり、仕事はきちんとこなす人だ。
「その投薬、2種類とも受けよう」
 彼女は組んでいた腕をほどき、左手はお腹辺りへ、右手はだらりと自然に体側へ投げた。
「わかりました。サカシラさんも、よろしいですか?」
「ええ。主人が受けると申しておりますので」
 サカシラの返答を聞いた千春は、にこりと彼へ無機質に笑んだ。どこか妙な雰囲気を持つ彼女の表情に、サカシラは瞳を眇めて片眉を跳ね上げる。
「……間宮氏、なにか不都合がおありですか」
「え?」彼のクエスチョンに、千春は逆に尋ねた。「なぜですか?」
 この上なく不思議そうな顔をして見つめる彼女に、サカシラはどことなく落ち着かなくなって、「いえ……」と言葉を濁す。微妙な空気が漂う中、香苗が仕切り直すように咳払いをした。
 怪我人の彼女に本日の予定はないはずだが……おそらく職業病だろう。癖のように時計を確認し、ハッと空を映したような瞳を丸くする。そして、浅く唇を噛むと、ゆるりと鼻から息を吐いた。
「薬を投与する方向でまとめてくれ」
 彼女はサッと恥ずかしさを隠すように、時計を見るために捲った袖を直す。
「わかりました、これから準備しますね。本日投薬しましたら、2週間後。ちゃんとココに来てください」
「わかった。感謝する」
「いえいえ」
 千春は手早く注射器を用意し、サカシラに腕を出すように指示した。しかし、いまだ懐疑の念が拭えないのか、彼が袖を捲る速度は緩やかだ。千春はニコニコと笑んだまま、右手に注射器を構えている。
 機械と機械の隙間を縫うように針を入れ、動脈の役割を果たしているだろう管に注射針を刺した。
「仲良くしましょうよ、真庭さん」
「……、……」
「お人形遊びは趣味じゃないんです」
 サカシラが上目で千春の顔をうかがうと、意図せず視線がガツンとかち合う。彼の、宵闇に浮かぶ月のような眼が細まると、彼女の深海にも似たサファイアの瞳が同じように細まった。
 発言の意図を探って、サカシラが眉間にシワを寄せると、千春は逃げるように身を引いた。
「終わりですよ」
「、」
「何度でも言います。次は2週間後、ですからね」
 準備時と同様にテキパキと片付けていく姿をぼんやりと視界の中央に留めつつ、投薬の話か、とサカシラは淡く考える。
 感謝を述べて席を立つ香苗に倣うように、サカシラも立ち上がる。どこぞのお嬢さんとその執事のようだ、と千春は愉快さを覚えた。

 彼女ら2人が研究室から出て行き、途端に空間が静けさを取り戻す。千春は大きく息を吐き出した。処置の間、香苗からとてつもなく硬い視線で監視されていたのだ。息も詰まるというものである。
「そんなに只の脳みそが大事なのかしら」
 千春は心底理解できない、と口元に手をあてて首をかしげる。
(まあ、今は“脳みそを守る”というより、“真庭サカシラを守る”というふうに見えるけれど)
 どちらにせよ、千春には解さない思想だ。彼女が唯一、信頼しているのは自分であり、自分の研究なのだ。そして、その成果を一番発揮してくれるのは、生きた人間である。千春からすれば、サカシラはただの機械であり、言うなればコピー機や洗濯機が人型をとって肉をつけているようにしか見えていない。それでも彼に治療をしたのは、彼がまだ、わずかにでも感情を持っているから。
 彼女は、もみじが入っているガラスケースの手前にある基盤をいじり始めた。
 脚パーツ、左右良好。
 腕パーツ、右に同じく。
 胴パーツ、内臓機能オールグリーン。
 頭パーツ、――。
「ほんとうに、よかった」
 稀代の科学者は、胸のつかえが全て取れたようにうっとりと微笑んだ。
 サカシラの身体の細胞――厳密に言えば、もみじの兄の細胞であるが――を媒介として、人型アンドロイドの素体にもみじの頭をすえ、頬まで侵食していた毒を治療して綺麗な皮膚へ戻し、素体と頭で拒絶反応が起きないよう最大限の努力を尽くした。一度、すでにアンドロイドの身体となったもみじの脳を調べたとき、自ら思考している、という脳波が取れたのは、千春の実験が大成功したという証である。
 彼女は生きた機械を作り上げたのだ。
 機械は機械でも感情があり、自ら思考し動く人型は、彼女の中ではまだ“生きた人間”の範疇に入る。
「おはよう、もみじくん」
 千春が優しく微笑めば、応えるように少年のまぶたが持ち上がった。昏い紫苑の()が、混乱したように濁っている。

 一方、香苗とサカシラの2人は、久しぶりに食堂へ行こうと廊下を歩きつつ、今回の事件が起きてから今までの経緯を説明していた。
 あの戦闘後、四肢爆散したもみじの肉片を掻き集め始めた千春に、香苗は空恐ろしさを感じながら問うた。
――彼は、君にとって大切な人なのか?
 彼女は間髪入れずに答えた。
――ええ。私が治すと決めた子なの。この子は治らなきゃならない。
 目をかっぴらいたまま、どこも見ていない少年の生首を抱え、毒で変色した少年の肉片が詰まったビーカーを持ち、さっさとこの場を去ろうとする千春を、香苗は呼び止めていた。
――間宮研究員、私と取引をしないか。
 香苗は“人型アンドロイドの作り方”と、“サカシラの体細胞の譲渡”を商品として、交換に出した。代わりに、“脳の損傷を止める薬”を要求した。香苗の言を聞いた千春は、瞬間的に真顔になって逡巡してから、こっくりと頷いたのだった。
 ……それが、半年前のこと。

「サカシラ。君の意見を聞かずに、君の細胞を交換に出したことはすまないと思っている」
 サカシラは、自分の目線より下にある香苗の顔をチラとうかがった。彼女は真っ直ぐ前を向いており、凛としたまま、歩みを止めない。
「いえ。結果的に、私は薬を得ることができました。それに……主人とこうして変わりなくいられることも、その当時の主人の判断あってこそだと思います」
 後を追いながら、彼は答えた。
「そう言ってもらえると、ありがたいな」
 思わずといったように、フと香苗は笑みを漏らす。彼女自身も、このようにして変わらずサカシラといられることができるとは思っていなかった。千春が薬品開発の研究に没頭していた期間も、サカシラの脳の損傷は進行していた。助からないかもしれない、と思ったこともあった。
 それが、今。そこに彼がいる、彼女がいる。それだけで、寒い日に身を寄せ合って、暖炉で温まるような、そんな“いつも通り”の尊さが感じられる。
 香苗は話を続ける。
「その後、私は療養。間宮研究員は研究。さっき言った取引の関係で、サカシラを彼女へ預けたんだ。……突然、スリープモードにしたのは、本当に申し訳なかった」
「いえ。それが主人のお考えだったのでしたら、私に異論はございません」
「そうか」
 それきり、パタンと会話が途切れた。しかし沈黙なぞ、この2人にとってはちっとも苦にならない。
 香苗が明日から復帰する仕事のことを考えていると、はた、とサカシラが何か思い出したように歩みを止めた。
「どうした?」
 香苗も足を止め、不思議そうに問いかけると、彼は通常装備の無表情で言う。
「私の自室に、主人に渡しそびれたものがありまして。差し支えなければ、私の部屋に寄っていただきたいのですが」
「ああ、構わないよ。通り道にあるしな」
 それだけ交わして、また2人は黙々と歩く。
 サカシラの部屋の前へ到着すると、彼は至極自然な動作で扉を開け、香苗を部屋へ招いた。彼女が招かれるまま入室したのを確認してから、自分も部屋へ入る。
 他人(ひと)の室内をジロジロ観察するのも失礼だろうと、香苗は目を閉じてドア横に立った。
「主人、これを」
 目を開ける。
「これは……」
「あの少年に()られた御様子でしたので、最後の時に取り返しました。……誠に勝手ながら私はこれを、主人のものだと考えておりますれば」
 傷だらけの懐中時計が、香苗の手のひらにふわりと優しく置かれた。じんわりと溶けるように手に馴染むそれは、確かに香苗の記憶の奥底にある引き出しを開ける鍵であり、記憶そのものでもあった。
 ……香苗は機忍狩りを行ったことについて、後悔はしていない。が、たまに深く考えてしまう事柄があった。大切なひとが瀕死の状態に陥ったとき、必死で生きながらえさせることだけを考え、行動していたが、それは正しいことであったのか、と。
 懐中時計の傷を、ツッと指先でなぞる。
 あの人に死にたい、と言われたわけではない。だが逆に生きたい、と言われたわけでもない。あの日あの時、香苗はエゴで動いていた自覚がある。それでも。自分がやったことだから。後悔するのは、この世の全てに失礼であるから。
(よく、ここまで来れたな……)
 作り上げた彼を当初、ただ脳味噌を入れておくための素体と見なしていた。しかし、人間誰しも情というものは出てくる。そして情なんていうものを抜きにして、それよりもなによりも、彼は。
「ありがとう、サカシラ。……君は、私の最高傑作だよ」
 彼は恭しくこうべを垂れた。
「身に余る、光栄でございます」
「――ありがとう」
 研究所内にいるときの香苗からは、まったくもって想像できないほどに柔らかく微笑む。おそらく千春でさえも目を疑うであろう。それほど、優しく目を細めて笑んだ。
 すると、それに応えるように(おもて)を上げたサカシラが薄く、本当に薄く。ぷわりとタンポポの綿毛が舞うように、朝露に濡れたサンカヨウが花開く。
 雷に撃たれる、1億円の宝くじに当たる、それらにかなり酷似した、史上最強と言えるほどの驚きに、香苗は秋晴れの空のごとき水色の瞳を瞬かせた。その瞬きの間に、サカシラの表情は元どおりになっている。
「サカシラ、今、」
「……なにか?」
「いや、ええと、なにもない。うん。なにも」
「……?」
 小首を傾げるサカシラに、香苗は動揺を隠せないまま、もだもだと言葉をこぼした。そして言いたいこと諸々を全て押しとどめて、ひとまずといったように深呼吸をする。
(笑ってた……)
「主人、食堂へ行きましょう」
「あ。そ、そうだな」
 またも先導して、サカシラが扉を開ける。廊下に出ると、天窓から差し込んだ日の光が、2人をやわく包み込んだ。


***


 こっくりとしたとろみのある沈黙が、小一時間ほど場を占拠していた。その(かん)、もみじはジッと座って静かに目を伏せていたし、千春も真っ黒なコーヒーを啜るだけで自分から話そうとはしなかった。
(どうしたものかしらね)
 コーヒーの湯気でメガネが曇らないよう配慮しながら、カフェインを胃に流し込む。
 ガラスケースから出て開口一番、なぜ自分は死んでいないのかを問うてきたもみじに、自分が命を繋ぎ止めたことと、あれから半年経っている旨を伝えると、少年は弛緩剤を打たれたようにへなへなとその場でへたり込んだ。まるで人形のようにぼんやりとしてしまった彼を見て、千春は心中で舌を打つ。
 しかしながら、彼は彼女の研究結果である。無気力でいるもみじに容赦なく着衣を促し、席に着かせ、ホットココアを提供して、冒頭シーンに戻る。
「……生きていることが、そんなに嫌?」
 千春は眉を下げて質問した。少年はゆらゆらと顔を上げる。
「そんな、ことは……」
 ない。とは、言い切れなかった。もみじは言葉を紡ごうとしてなにも思いつかず、はくりと息を吐く。そんな彼らしい(・・・)反応を見て、千春はフと目を細めた。
「でも、目が覚めたら半年後っていうのは……苦痛かしら」
「いいえ……」
 沈殿していく砂を見るように、もみじの視線が手元にあるマグカップにおりていく。自分の顔すら映らないココアをぼんやりと眺めながら、ぽとんとこぼした。
「天国に、いると……思ってました」
「……天国に?」
「はい。……僕の隣に、兄さんがいたんです。
 なにも語りはしなかったけれど、寄り添うようにそこにいて……。あたたかくて、ぽかぽかしてて、人ひとりを私怨で殺そうとした僕の隣に、静かに、ただ静かに……」
 もみじの、“僕の隣”というワードに千春は鋭く反応した。そしてほぼ確信する。その、“僕の隣”にいたのは、“真庭サカシラ”である、と。
 サカシラの細胞(もみじの兄の細胞)が、しっかりもみじとシンクロするようにと、たまにケーブルで脳をつなげ、脳波の同調を行っていたことがある。おそらくそれが原因で、意識がない間のもみじの夢にサカシラ……もとい兄が出てきたのではないか、と千春は考えた。しかし、それを伝えたところで、もみじとサカシラの間にある、香苗襲撃に関する因縁は晴れないだろうなとも、考えた。
「そうなの」
 ふつりとそれだけを返して千春は、芋づる式にもみじの復讐心を思い出した。
 しかしながら、ここでああだこうだ言っても、結局はもみじ自信が復讐心(それ)をなんとかしないことには復讐は止まないし、そもそも千春にとって、もみじが復讐を遂行しようがしまいが、どうでもよかった。彼女はただ、十影もみじという、研究の証明があればよかった。
 けれども、自分が手塩にかけて育てたと言っても過言ではない実験の証明を、どうにかして“手元に”置いておきたいと思っているのも確かであり、この生温い平穏が愛しいのも、事実。そのために、もみじには殺人を思いとどまってもらわなければならない。殺害対象はいいとしても、金魚のフンが厄介だ。
 それに千春は、申し訳程度にだが、もみじに対して情が湧いていた。
「……そうだ」
 彼女が切り出すと、仄昏い紫苑が話を聞く姿勢を取り、わずかに灯る。
「話は違うんだけれど。君を生かそうと提案してくれたの、如月さんなのよ」
「え」
(しのび)にしては優しすぎるけど……あの人の気概は本物でね。治療中でも技術力の提供をしてくれたわ。まあ、機会があったら、一言ぐらい……」
 そこで彼女は、言葉を切る。
「…………」
 千春が話した内容をゆっくり、本当にゆっくりと飲み込んだもみじは、原子の大きさにも満たないくらいのほんの僅かな感銘と、それを易々と覆い飲み込む地獄よりも深い絶望と、言い得ない怒りを混ぜた、言葉にできない複雑な色をさせた瞳を、ギラリと沸騰させた。まだ香苗を許していないことが、火を見るよりも明らかであった。
 千春はそんな彼の色を、異言語を翻訳するように読む。
(半年の時間が、なんとかしてくれると読んでたんだけど……。兄を亡くしてからずっとだから、やっぱ根深いわね)
 正しく読まなくては。緊張で渇いた喉を、ゴグリと唾を飲み込むことで潤した。絶対に許してはならぬ巨悪を討伐しに行くような目付きをした彼を、千春はどうにか言葉だけで、手元に留めなければならない。心も、身体も。
 しかしながら、こういうときに限って、一言も出てこないものである。
「……」
「……千春さん」
 ざらり、と氷で出来た猫の舌が、千春の首筋を舐めた。
 目の前の復讐者が、深く、深く頭を下げる。
「ココア。……ごちそうさま、でした。……すいません、僕は、自室の整理がしたいので……」
 嘘だ。
 千春は目一杯に否定してやりたかった。
 もみじが立ち上がる。もう一度へこ、と頼りなく一礼し、扉へ向かって歩いていく。そのヒョロヒョロとした背中には、はち切れんばかりの意思が詰まっていて、少しでも(つつ)いたら破けてしまいそうだった。強く触れてはダメだ。だからと言って弱く触れても、きっとするりとかわされてしまう。
 千春はガタリと焦ったように起立した。
「……もみじくん」
 肩に少しつくくらいの瓶覗(かめのぞき)色をしたもみじの髪が、彼が振り返った拍子にふらりと不安定に揺れた。
「はい」
「待ってるからね」
 きょとり。少しだけ丸くなった紫苑が、星のようにぱちぱちと瞬く。言うに事欠いてこれか、と千春は自分を罵った。だが、まあ。勢いは、ついた。
「最近忙しくて。私のお手伝い、してほしいのよ」
 苦しい言い訳だ、と彼女は思う。もみじが眉をハの字に下げた。
「千春さん、それは、」
「――戻ってきて」
 その時、千春がどんな顔をしていたかは、もみじしか知らぬことである。ただ、その一瞬。復讐者の顔つきが、遠方の母を憂慮する少年のようであった、と記しておく。
「……はい。
 あまり……お待たせしないように、しますね」
 今度こそ、もみじは研究室から出て行った。

  *

 食堂でサカシラとの静かな会食を終えた香苗は、自室へ戻るために一人で廊下を歩いていた。
(久方ぶりに、充実した一日だったな)
 あの事件から今日までの半年が、この一日にギュッと詰まっていたような気がする。なんとなく気分が良くなって、必要以上に出歩かない研究所内を散策しようと、滅多に利用しないトレーニングルームの方へ足を延ばす。そんな香苗の視界の端に、瓶覗色の髪が蛇のようにうごめいたのを視認した。
 ヒュ、と喉の奥を、カラカラに乾いた空気が過ぎる。
「ぐッ!」
 刹那に、香苗の眼前で火花が散る。腹部と両腕にかかる圧迫感と、ビリビリと全身に電気が走っていると錯覚するほどの、殺気。
「如月……香苗……」
 覆いかぶさる影から、内存する負の感情すべてを煮詰めた呪詛が捻り出された。
 LEDの蛍光灯の光を背負い、逆光となっている少年の瞳は、陽の下ではアメジスト色の美しい紫苑だろうが、今は陰っているせいで雨雲のごとく濁っている。仄暗くも激しいほどの強い意思にまみれたそれは、炯々と輝いていた。
「……十影もみじ、だったか」
 香苗は床に倒され、完全にマウントポジションを取られていた。腹部に乗られ、左膝で右腕を、右足で左腕を封じられている。加えて彼の左手は香苗の首を的確に圧迫し、残る右手には、蛍光灯の光を跳ね返してぬらりと不気味に光る匕首(あいくち)が握られていた。
「……僕は……あなたを許さない……」
 健全な輝きが一切無い。昏く、この世の底辺にいるような深い色を灯した目が、無風の空のように凪いだ香苗の目を突き刺す。
「好きに、したらいい……。私は、君に、許されようとは、思っていない……」
 呼吸が苦しいために、喋る声も掠れればスピードも遅い。気付いたらしいもみじが、少しだけ圧を緩めた。
「っ……ゲホ」
「忍者狩りを行ったのは、あなたですよね」
 沸々と。気味が悪いほど静かに猛る復讐者の瞳を、香苗もまた静かに覚悟の灯る目で見つめ返す。彼女が相も変わらぬ毅然とした声音で「そうだ」と告げると、もみじの雨雲色が混ざった紫苑の瞳が不愉快そうに細められた。
「そして……千春さんに提案して、僕を助けたそうですね」
 またも同じ調子で、彼女は「そうだな」と答えた。
 ガン! と香苗のこめかみの真横、スレスレの位置に匕首が振り下ろされる。
「ひとの兄を殺しておいて、僕を助けようと口を出すなんて……ふざけてるのか……!」
「……」
 匕首を持つもみじの手が、有り余る怒りを押し留めきれずに震えていた。目が、死中に活を求める武士のように爛々と、息荒く香苗を睨む。
 ズ、と。不穏な音を立てて、ギロチンの刃がゆっくりと持ち上がる様子に似ていた。草に身を隠したライオンが、獲物を狙うように。一度振り下ろされた匕首が禍々しい空気をまとい、ギチリと縄で釣り上げられるように持ち上がる。
「――こ、ろす」
 初めてその言葉を口にしたような拙さだ。
 ギロチンが、人を殺めるという意思を持ってガタガタと震えている。
「ッ……!!」
 もみじの瞳が深みを増して、雷光が閃いた。
 ――ガヅンッ!! と。死刑執行の荒々しい音が響く。その執行をもって、執行を知らせるように。

 もみじが千春の研究室を出て行ったあと、しばらくぼんやりとしていた千春は、気持ちを落ち着けるように椅子を戻し、ゆるりと座り直した。
(……君も、優しすぎるのよ。彼女より、ずうっとね)
 ため息をひとつ。ほとんど勢いの産物だったが、よくああも上手いことが言えたものだ、と千春は頬杖をついた。実験の証明がなくなることが、そんなに怖かったのだろうか。だからあんなに、必死になって引き止めたのだろうか。そこまで考えてから、これはあまりにも不毛だなと、思考をやめた。どうせ答えなんて出ない。
 冷めかけたブラックコーヒーに、角砂糖をひとつ落とす。
 少しすると、来客を知らせるブザーが、ビー、ときっかり一秒。それだけで誰が来たかを断じた千春は、「明日の天気は槍かしら」と席を立った。
 内からパスワードを打ち込むと、自動ドアが作動する。
「いらっしゃい、真庭さん」
 すらりとした体躯が、妙な圧迫感を放ちながらそこにあった。そこからピクリとも動かないまま、彼は無感情に問う。
「突然の推参、申し訳ありません。単刀直入に申します、私の主人はこちらにおりますか」
 千春は小首を傾げた。
「来てませんけど……。どうかしましたか?」
「いえ」サカシラが即答する。「主人の自室に訪問したところ、戻っておられないようでしたので。こちらにいらっしゃるかと参上した次第でございます。質疑の応答、ありがとうございました」
 言うだけ言って踵を返す彼を、千春は腕をガチリと掴むことで阻止した。ドア前から微動だにしない、(元)敵陣に入らないその徹底ぶりに、少しだけちょっかいをかけたくなった。……のも、あるが。
「急いては事を仕損じますよ、真庭さん」
 千春が柔和に笑んだ。比例して、サカシラの眉間のシワが深くなる。
「どうぞ。立ち話もなんですから、ね」
 研究材料として、千春はサカシラと、一対一で話をしてみたいと思っていた。
「いえ、結構です」
「如月さんがどこにいるかは、大体見当がつきますけど」
「! ……、……」
「……さあ、どうぞ。真庭さん」
 敵情視察でもするような固さで、サカシラは千春の研究室に足を踏み入れる。
 今、もみじの身体を形作っている素体技術は、サカシラの生みの親である香苗からもらったものだ。千春は考える。せっかくの成果が、無感情に、ただ作者の後を付き従うような機械に成り下がるのは許せない。彼の場合、作成された時からそのようであったから、もみじとは違うだろうが……万が一、だ。
 自分の研究が、劣化しては困るのだ。
「じゃあ、そちらにかけてください」
 先ほどまでもみじが座っていた場所に座らせ、いくらかココアが残ったままのカップを片付ける。そのついでに、千春はサカシラに飲みたいものを尋ねた。
「コーヒー、ココア……あとは紅茶がありますね。アールグレイとダージリン、アッサム。どれにしますか?」
「いえ。お気遣いなく」
「じゃあ、アールグレイにしますね」
「……」
 納得いかない、という顔をしている彼を観察しながら、千春は湯を入れたマグカップにティーバッグを沈める。その傍ら、コーヒーポットに残っているコーヒーを、彼女自身のマグカップに()ぎ足した。
 紅茶の方をサカシラの前に置き、ティーバッグを出したときのために丸い平皿も一緒に置く。
 「好きな濃さになったら、ティーバッグ、出してくださいね。私は貴方の好みがわからないので」
 すると彼は、無駄のない動作で平皿をマグカップの上に伏せると、紅茶を蒸らし始める。千春は腕時計を一瞥して、「蒸らすのがお好きですか」とやや驚いたように問いかけた。
「いえ。しかし、これが最良であると記憶しております」
「……」
 ニコ、と千春は無意味に笑んだ。それくらいしか反応のしようがなかったのもあるが、すでにサカシラへの興味が薄れかけていたのもあった。
 使い捨てのマドラーで、なにをするでもなくひたすらにコーヒーをかき回す彼女は、気を取り直すように口を開く。
「それで……真庭さんは、普段なにをしていらっしゃるんですか?」
「回答する義務はありません」
「表のお仕事は?」
「回答する義務はありません」
「如月さんも、お医者さんでしたよね。一緒に働いてらっしゃるんですか?」
「回答する義務はありません」
「……」
「……」
 不毛な押し問答をして少し。不意に千春は、かき回す手を止めて腕時計を見ると、深い海色(みいろ)の瞳を怪しく細めた。サカシラはそんな千春の顔を見て訝しがるが、はたりと思い出したようにマグへ伏せていた皿を開け、ティーバッグを取り出す。
 頬杖をついた彼女は、モルモットを見るように彼を眺めた。
「蒸らし時間」
「……」
 瞬間、サカシラは千春へ視線を投げたが、すぐに手元へ戻す。
「ぴったり1分半なんですね」
「ええ」
「とても機械的」
 ひどく、そう、ひどく優しい声音で千春は、 ほろりとこぼす。
「…………」
 ゆらり。サカシラは視線を上げ、面を上げ。細い目を鋭く開き、なにが言いたい、と宵闇に浮かぶ鮮やかな月色の瞳で語る。全く隙のないその様子は、忍務遂行中の彼に酷似していた。千春は慌てて、体の前で両手を振る。
「ああ、いえ。すみません。ただ確認して、私が安心しただけです。
 貴方を使わなくてよかった(・・・・・・・・・・・・)って」
 本当に、心の底から安堵したという微笑。
 あの事件の最中ずっと千春は、もみじを救う近道としてサカシラの体を使うことを考えていた。結局それは叶わず、先にもみじが四肢爆散してしまったわけであるが……結果オーライだったな、と千春は思う。
 元々真庭サカシラという存在は、脳を入れておくために作られた素体だ。それに十影もみじの脳を移植したところで、脳を保存しておく機能が変容するわけでもない。ただの箱に、今から感情豊かな人間になれと言っても、どだい無理な話というものだ。
 それに、他人が作った容れ物に自分の研究を入れるなど。きっと背筋がぞわぞわしてしまう。
「やっぱり一番信頼できるのは、自分の研究だけですよね」
 しみじみと。千春はコーヒーをすする。
「さて、如月さんの居場所でしたっけ」
 打って変わって明るく切り出した彼女に、サカシラは微妙な表情のまま耳を傾けた。
「もみじくんと一緒だと思いますよ」
「!」
「恐らく、ですけど」
 サカシラは刹那に思考し、コンマで結論を出す。
「ええ。ありがとうございます」
 言うなり彼は、椅子を蹴倒す勢いで音荒く立ち上がると、早足で研究室の出入り口へ向かう。主人のそばに敵の存在があるという事実が、彼を動かしているのだろう。そしてこの凄まじい勢いでは、敵はきっと爆死させられる。
「『今は停戦中』……」
 ゆるゆるとした歩みで後をついてきた千春が呟く。
「パスワードがないと。その扉、開きませんよ」
「ええ。助かります」
「如月さんが言ってたこと、お忘れなきよう」
「……ええ」
 ドアロックが解除され、プシュ、と開き始めた扉に、サカシラは風のように身を滑り込ませた。そのままの速さで廊下を走る背中をしばらく見つめてから、千春は扉を閉じて踵を返す。
 机上(きじょう)を片付ける際、残り少なになっていたコーヒーを飲み干し、いっさい手がつけられていない紅茶も、ついでとばかりに飲む。カップを洗い、やることがなくなると、千春はソファに寝転がり、先ほどの対談の考察を脳内に記していく。
(コピー機や洗濯機よりも、お掃除ロボの方が近いかしら)
 我ながら言い得て妙だ、とちょっぴり笑ってから、彼女は仮眠を始めた。

 廊下。雨が降る。
 はらり、とメッキが剥がれるように落ちた涙は、少年特有の少し丸みを帯びた頬をするりと滑り行く。香苗の右目を突き刺すはずであった匕首は、着地点を大幅にずらし、先程突いた場所と同じ場所を突き刺していた。
「ぐ、う……、うう……ううう……ッ!」
 香苗は、獣が人になる瞬間を見る。
 声にならない声が呻きに変換され、じわりじわりと排出されていく。ガタガタと先ほどよりも酷く震える処刑器具は、とうに意思など無いガラクタだ。
 彼は肺に穴でも空いたかのように、切ないほど苦しげにこぼした。
「……時間が……ありすぎたんだ……」
 そう、もみじには時間がありすぎた。事件の最中に香苗の秘密を知ってから、半年もの時間を得てしまった。それだけ時間があれば、大切な人を喪いかけて忍者狩りをさせた彼女の気持ちを詳細に考えることは、とても容易であった。兄を喪い、復讐を決心した彼自身の気持ちと、深く結びつけることも。
 じっとうつむいたままのもみじを、香苗は静かに眺めた。そうして溜め息をひとつ。彼女は彼の膝下から右腕を引き抜くと、少年をやわく押しやった。いとも簡単に尻餅をついた彼を尻目に、身なりを正して立ち上がる。
「私を殺すんじゃなかったのか」
「…………僕は……」
 もみじは香苗を上目で()めつけた。ナイフのようにギラギラとしたその目は、確かに威圧感の塊を押し付けるような強さであったが……殺気ほどの強さは無い。
 しばらくの沈黙の後。目を伏せた拍子に溢れた涙とともに、彼の口から言葉が落ちる。
「……羨ましい」
「……?」
 香苗は眉をひそめた。
「……あなたは……きちんと、地に足がついている」
 彼自身、香苗が指示した忍者狩りは、自分が行う復讐と同じ、衝動の産物であるとわかっていた。そして忍者狩りの事件を乗り越えて、彼女が今ここに存在していることも知っていた。もみじは、復讐を終えたら死ぬつもりだった。
 元来の復讐対象として範疇にいたこともあったが、あの一件で秘密を覗いて殊更に、彼女個人への殺人欲求が高まった。羨ましさの裏返しだった。生きたまま罪を受け入れる彼女への嫉妬心だった。
「対して僕は、あなたを許せない……。……許せないのに、ころせない」
 クツリ、と歳に似合わぬ嘲笑。
 白衣のシワを伸ばしながら、香苗は深く溜め息を吐き出した。
「……独白されても、困るんだがな」
 この少年は、彼女の手に余る。しかし香苗の良心が、もみじを無下に扱うことを躊躇(ためら)わせるのも事実。
 彼女はうろりと視線をさまよわせた。陰って見えないもみじの暗色の瞳を、眩しさに目を細めるほどの鮮やかな空色が、的確に急所を突く槍のように真上から見据える。もみじはどきりとした。心臓を捉えられたような気がした。
「最初にも言ったが。私は君に、許されようとは思っていない……し、これから許されようと努めることもない。それは覚えておけ」
 もみじは顔を上げる。揺らめく海面に似た紫苑の目を数回、瞬かせてから、はたと不機嫌そうに細めた。言外に言いたいことを受け取ったのだろう。悔しげな顔をしながらも、一本、絶対に千切れることのないピアノ線のごとき鋭い目つきをした彼は、ひどく大人びた声色で香苗に低く言い放った。
「……。今日は見逃しますが……次……いや、これから。僕と会ったら、どうなるか。わかりませんよ」
「肝に銘じておこう」
 香苗はぐっと伸びをし、両腕を回して五体満足であることを確かめる。明日から医者の仕事が入っているのだ。不調があってはかなわない。最後に香苗がもみじを見やると、恨みがましそうな視線を返された。はいはい。心中返事をした彼女は、自室への道程へ戻る。
 香苗が廊下の角へ消えると、もみじは脱力した。両肘を、立てた両膝の上にそれぞれ乗せて、カクンと首を落とす。彼は怖かった。一時(いっとき)でも人を殺すと決めていた自分も、相当な殺気を平然と受け止めていた香苗も。
「ごめんなさい、兄さん」
「――いえ。私は貴方の兄ではありません」
 ひと息に全身が粟立った。
 しまいかけていた匕首を逆手に構えて跳び退くと、腰を落として相手との距離を測る。もみじの視界の中央を、長身痩躯(ちょうしんそうく)の男が占拠した。
「真庭……さん」
 自分を殺した相手だ。
「はい」
「……なぜ……ここに」
「主人を探しております」
「主人」耳慣れない単語だ。
 もみじは一瞬、なんのことだか分からなかった。しかし、サカシラの視点に立てばそんなこと、簡単に分かる。彼の主人は、如月香苗だ。
「如月さんなら……あちらの角を、曲がって行きました」
 顎を引き、上目に相手を見ながら、武器を持っていない方の手で廊下の奥を指した。サカシラの武器はそのいかにもな腕だ。もみじは下唇を噛む。
 じわり、と後ろ足を静かに下げた。機を見て逃げるための準備をする。
「ええ。ありがとうございます」
 平然、と。特に何事もなかったかのように――特に、あの事件のことをそのままそっくり忘れたかのように――、普通に対応するサカシラに、驚き半分、警戒半分にもみじは後ずさる。それを目ざとく見つけたサカシラは、やや気まずそうに言った。
「……『今は停戦中』」
「? ……」
 もみじが緊張した面持ちで、匕首の位置を高くする。照明の光を綺麗に跳ね返す彼の刃を見ながら、サカシラは言葉を続けた。
「主人の命令を遵守しているだけです」
「……」
「それを踏まえた上で、貴方が主人に害を成していないならば。私が貴方を攻撃する道理はありません」
 一礼。そして、もみじが指し示した方へ素直に足を進める彼を、少年は呆気にとられながら見送った。歩き慣れた道を歩いていたら、不意に落とし穴へ落ちてしまったかのような心地だ。呆然と驚きが混ざった、あの感覚。
 もみじは匕首をしまうと、ゆっくりと辺りを見回す。夕方になったのか、天窓から差し込む光が少なくなり、目に痛い蛍光灯の光が目立つようになった。地下の研究所だと、どうにも時間感覚がなくなってしまう。暗くなる前に帰らなければと、幼少からの習慣か、もみじはぼんやりと思う。
(どこに帰ろうかな)
 当初の予定では、この時間、すでに彼はここにいない。だが、今ここに彼は存在している。生きている。
 もみじは悩んだ。
 悩んで、悩んで、一通りの案を脳内の机の上に並べて、どれが一番、自分にとって良いのかを考える――。

 しばらく歩いていた香苗は、フと足を止めて目を閉じる。深呼吸を1回。息を吸いながら、ゆっくりと目を開ける。そこで息を止めると、千里眼を発動した。
「……出てこい」
 至極、静かに呼びかける。香苗の背後にある十字路の影から、ぬらりと長身の青年が顔をのぞかせた。
「……バレてたか」
 濡羽色のしなやかな髪が美しい。ブレスレットやチョーカーを揺らしながら、青年……悪太郎は、こちらを振り返った香苗に、ちょっぴりバツの悪そうな笑みを向けた。
「ついさっき、な。まんまとハメられたよ」
 香苗も同じく、少々決まりが悪そうに苦笑する。
 もみじと別れたあの場所からここへ来るまで、彼女は明日の仕事についてや、これからの研究のこと、発表する論文について考えていた。その最中、なぜ自分がもみじと出会ったのか、そもそもなぜあの場所へ行ったのかを考え、何かがおかしい、と疑問を持ったのだ。
 目に見えぬものが作用していた。つまり意識誘導の類だ。知っている中で、そのような芸当ができるのは、事件中に出会ったあの青年だけだ。という図式である。
「君だろう? 私とあの少年を鉢合わせたのは」
「……ご明察」
「なんのために?」
 悪太郎はきょと、と香苗を見つめる。それから、この世に二つとない宝石を見るように、眩しそうに目を細めた。
「……おれは、キラキラしたものに目がなくてな」
 彼の不明瞭な言葉に、香苗はじとりと目を(すが)める。悪太郎という青年が、キラキラしたものに目がないことは周知の事実だ。
 香苗は口を開きかけ、やや迷ってから閉口した。言及するのは、なんとなく無粋な気がした。
 悪太郎はスッキリしたような顔つきだ。
「……じゃあ。おれは、この辺で」
 姿を現した時と似たように、彼はするりと影に溶け込む。香苗が瞬きをするともう、青年は姿を消していた。すぐに廊下は静寂で満たされる。しばらく悪太郎がいた方を見つめていると、なにやら青年と同じくらいの身長をした影が、こちらへ駆けて来た。
 見覚えのありすぎる影だ。
「サカシラ?」
 彼は香苗がいることがわかると、足を緩めながら近づく。
「ええ。……探しました。食堂から、真っ直ぐ自室へ帰っていると思っておりましたので」
「悪いな。普段、使わない道を使ったら、迷って」
 香苗は言いながら、今度こそ、自室へ向かうために足を進める。そんな彼女の3歩後ろくらいに、サカシラが控えた。
「明日から表の仕事が始まるからな。君もよく休んでおけ」
「御意に」

 その頃。千春が仮眠から起きて、気まぐれにホットココアを作っていると、ビィ、とドアベルが遠慮がちに鳴った。それだけで誰が来たかを断じた千春は、手元の作業を全部放り出して、ドアへと向かう。

2016/11/23(前半完成)
2016/12/02(後半完成)
title by 箱庭

Special thankS(敬称略)
NPC&GM:悪太郎&ふじまる
PC1&PL1:真庭サカシラ&ガク
PC2&PL2:如月香苗&セツカ
PC3&PL3:間宮千春&迷子

Thank you for the reading!




おまけ
 こんなこと考えながら書いてたよ〜 っていうネタばらしのようなもの。

前編
>香苗さんがコロコロされても構わんと言った理由
 香苗さんの公式さんから聞いたお話を元に考えました。ていうか元々構わないと言うだろうなあと思いながら確認のために聞いたらドンピシャでした。香苗さんクソイケメン。
 あとの情報で、「機忍狩り→忍者狩り」「行った→指示した」というものが開示されたんで一瞬アッてなりましたが、「指示したってことは高い位→つまり首謀者」という考えに落ち着きました。実際に彼女の手で忍者狩りをしていなくても、首謀者、指示したという点で彼女が忍者狩りをしたも同然かな、と。それできっと、香苗さんも「自分がやった」と思ってそうだなという。これは完全に私の妄想ですが……。

>4人の瞳の色
 サカシラさんは夜空、香苗さんは青空、千春さんはサファイア・深海、もみじくんは昏い紫苑を常にイメージしてました。サカシラさんと香苗さんはぜひとも(つい)にしたいなと思って表現を空で揃えました。千春さんは底知れなさ、もみじくんは幸薄さと危うさをイメージ。もみじくんは基本的に暗色で書いてます。
 それと、今回のセッションのキャラたちはみんな無表情かポーカーフェイスという感じだったので、目で語らせたかったのもあります。

>千春さんがサカシラさんから出した理由
 香苗さんがとても人間臭くて好感が持てたのだと思います。この辺はキャラが勝手に動いていた……。
 千春さんの公式さんがおっしゃることには、「千春さんは香苗さんのことただの同僚だと思ってる」とのことなので、このシーンでややプラスに傾いた感じ。

>サカシラさんのガラス殴打
 そりゃ主人の隣に敵がいたらそうなります。

>「ええ。主人が受けると申しておりますので」
 千春「テメーの意見はねえのか」
 千春さんは機械に興味が無いそうなので、サカシラさんへの扱いは割とぞんざいです。機械は変えがききますからね。
 ふと今思ったのが、機械に興味がないってもしかして、一部使い方がわからない家電があるのでは……?

>お人形遊びは趣味じゃない千春さん
 もっと人間らしくできねえのかという話。
 私はこのセリフを書いていてゾクゾクきました。とても楽しかったです。食えない女性キャラを書くのが好きなのか、意味深なセリフを言わせたいのか、千春さんが意地悪な人になっていた気がします。ごめんな!

>アンドロイドもみじくんの脳波
 夢を見ている状態ですね。この時、香苗さんについて悶々と、ひとりで考えていました。

>素晴らしい形相で肉片をかき集める千春さん
 セッション終了後に千春さんの公式さんがぼやっと言っていたことを元に私の趣味を詰めました。自分の研究のためならなんでもするスタイル。好きです。

>香苗さんの独白
 公式さんのお話を元に書きました。勝手ながら芯のある女性だと思ってます。表の顔はブラック・ジャックとのことで、機会があればハピエンifの後日談で、その側面を出してみたいなと思ったり思わなかったり。
 凛と歩く彼女は覚悟の塊なんだろうな、と思います。

>サンカヨウの花
 検索してみてください。朝露に濡れると花弁が透明になる花です。希薄さ、儚さイメージに使いました。

>雷に打たれる、1億円の宝くじに当たる
 どちらも確率は1/10000000です。香苗さんは超幸運。

後編
>呆然とするもみじくんに心中舌を打つ千春さん
 自分の全精力を注いだ傑作になりうるアンドロイドが人形みたいになっていたら、そりゃあ舌打ちしたくもなります。自分の研究が機械に成り下がるなんてーって感じですね。
 そのあと“らしさ”にホッとするのは、もみじくんが爆死前の性格そのままだったからです。やっぱり研究は成功してたんだよママー!

>もみじくんの勘違い in 天国
 生首をしっかりくっつけるために細胞の遺伝子レベルで実験した際の副産物。実はサカシラさんも見ていました。もみじくんはサカシラさんに兄に似た懐かしさを感じているから兄として映りましたが、サカシラさんからしたらなんで敵だった少年がいるのか、という感じです。敵対心ないみたいだしまあほっとこう、と初期配置(もみじの隣)から動かなかっただけです。もみじくんとサカシラさんではあの夢への認識が違うよ、という話。

>もみじくんの複雑な目の色
 「こんな僕を助けてくれるなんて懐の広い人だ」→「なんで復讐対象に助けられてるの? バカなの? 死ぬの? いっそ僕は死んだほうがいいのでは?」→「もしかして僕をコケにしてるの? お兄ちゃん殺しといてふざけないでよ!」
 の、三拍子。
 そしてプラスアルファで殺す殺さないで揺らいでます。

>千春「時間がなんとかしてくれると思ったのに〜」
 実は当たり。時間ともみじくん元来の気質がなんとかしてしまいました。

>巨悪を討伐しに行くもみじくん
 この“巨悪”には自分も含まれています。人殺しは重罪だもの。みつを。

>自室の整理
 過去の清算。

>少しだけ丸くなった紫苑が、星のようにぱちぱちと瞬く。
 瞳が丸くなった時点で心もちょっと丸くなってます。あと星のイメージがついた時点で、もみじくんの殺人欲求はほとんどなくなってました。ここで既にもみじくんは、元々の優しい性格に近づいています。
 遠方の母を憂慮する少年のようになったのがトドメです。もう彼に人は殺せません。

>戻ってきてと言った千春さんの表情
 もみじくんだけが知っています。

>気分が良くなって滅多に利用しない方へ足を向ける香苗さん
 悪太郎くんの香術のせいです。既に彼の術中にはまってます。実はもみじくんも誘われてます。ちゃんと鉢合わせするように。悪太郎くん的に、ここのわだかまりは解消したほうがいいのではと考えてました。……という妄想でした。

>雨雲のごとく陰るもみじくんの瞳
 対峙シーンでもみじくんを泣かせることは決めてました。後付け設定ですが、もみじくんは感情が高ぶると涙腺ガバガバになります。

>香苗さんの応答
 公式さんからのお話を元に考えました。後悔はしても引きずらないし前を向いていくだろうな、という私のイメージも強く出ています。忍者狩りを行ったかに対して、そうだと答えたのは、“自分が起こした”という自覚があるからです。前述しましたが、指示した時点で自分が行ったも同然と考えてそうだなという妄想です。

>「――こ、ろす」
 平仮名です。殺せませんから。もみじくんの甘さが1番出ているところです。
 自殺や殺人は衝動でやってしまいがちですが、彼の場合、半年もの時間が空いてしまいました。1回死んだし。お陰で動力が完全に絶たれてしまうという。
 生命保険でも、自分に保険をかけて自殺して家族にお金を、とならないように、自殺でお金がおりるのは保険をかけてから1年後とされているそうです(うろ覚え)。1年も経てば、自殺したいなんて思わなくなるのがほとんどだそうですね。

>答えの出ない千春さん
 あんな感情は初めてだったのではないでしょうか。そしてそれを自分でも分かっているため、答えを出さずに放置という方法をとりました。
 コーヒーに砂糖を落とすシーンですが、コーヒーが千春さん、砂糖がもみじくんと考えるとわかりやすいかと。いつの間にか心に入り込んでいた存在でした。それともうひとつ、千春さん自身が甘くなったのもあります。

>いくらかココアの残ったカップ
 もみじくんの、ここにいたいという気持ちです。

>サカシラ「勝手に紅茶にされた」
 千春さんの趣味です。あと人の性格が一番出るからじゃないでしょうか。ティーバッグ入れたまま飲む人もいたり、薄めが好きだったり、濃いめが好きだったり、シュガーやミルクを入れたり。
 サカシラさんは模範的な飲み方をして、それが“知ってる中で一番いいから記憶してます”という返答だったために、千春さんの興味をこれでもかと削ぎ落としていきました。だから千春さんも笑うしかできなくなっています。

>「蒸らし時間」「ぴったり1分半なんですね」
 いやらしいことにちゃんと時計を見ています。

>自分が一番信頼できる千春さん
 “我”の部分を思い切り出せた気がして楽しかったです。

>退室の際の2人の会話
 もみじくん絶対殺すマンと化したサカシラさんに、千春さんが釘を刺しています。

>ついでに紅茶も飲んじゃう千春さん
 千春「機械が作った紅茶だもの。売り物と変わらないでしょう」

>サカシラさんはお掃除ロボ?
 元々はルンバに例えていましたが、商品名を出したらマズいかなと思って変えました。
 お掃除ロボ。自分で考えて動いているように見えて、実際ゴミを追いかけて掃除をしているだけです。全てプログラミングのもとに成り立っているそれは、感情なんてありません。どんなに汚い場所でも文句を言わず、きちんと掃除をしてくれますから。

>「これから許されようと努めることもない」
 香苗さんなりの激励というか、意思表明です。私はこのままで行くから、お前もこのままでいたらいいのでは? という言葉を捻じ曲げ言い換えたものです。復讐対象に救われまくるもみじくん。形無しですね。そしてその意味をしっかりと受け取った彼は、彼女を許さないことを決心し、彼女の罪の証として生き、存在するつもりです。復讐の方法を変えたわけですね。お前の罪は今もつきまとっているぞ、と。この内容をうまく話中に出せればよかったんですけど……精進します。

>サカシラ「ワイお兄ちゃんとちゃうで」
 香苗さんの命令をしっかり聞いている今の彼は、ただもみじくんに主人はどこだと質問をしたかっただけでした。そのあともみじくんの、綺麗なままの匕首を見て、主人は害されなかったと断じました。

>(どこに帰ろうかな)
 今までのもみじくんなら迷わず地に還っていたかと。ちなみに彼は、自分が死んだら地獄行きだと思っています。しかしながら、“どこに”を考えている辺り、自分には帰る場所があると自覚しているわけですね。

>「……おれは、キラキラしたものに目がなくてな」
 絶対に言わせたかったセリフでした。これだけは最後に入れたいとずっと考えていました。後編で疲れも出ていたのか(言い訳)かなり急ぎ足で入っている感もありますが入れられたので満足です。
 前よりも穏やかな、4人の輝かしい未来が見えたのだと思います。

>遠慮がちに鳴ったドアベル
 「た、ただいま……。遅く、なりました。ごめんなさい。……ありがとう、ございます。――千春さん」


あとがき
 やっと心が落ち着いた気がする。
 あれもしたいこれもしたいと色々考えながらゴリゴリ書いていました!!! 楽しかったけど疲れた!!! でも楽しかった!!!
 前編から後編まですごい時間をいただいてしまったなあという気持ちと、これ楽しいの自分だけじゃない? という遠慮がごたまぜです。でも悔しい……アップしちゃう……!!ビクンビクン
 前編は今までとこれからの説明、後編はそれぞれの心の動きをメインに書いていたなという感じです。戦犯もみじくんは心をどうにかしないとこれから生きていかれないので後半出張まくり。
 全キャラ満遍なく出せればよかったのですが、悪太郎くんがチョイ役な感じに……申し訳ない……。
 今でもこれ楽しいの自分だけじゃん! と思っておりますが皆々様にも楽しんでいただければ恐悦至極でございます。
 ここまでお読みいただきありがとうございました!

2016/12/02(おまけ文完成)



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2023/10/31 更新:版権 刀剣(夢)+1
2023/07/02 実家に帰ってきました
2022/12/11 更新:創作 日本掌編+1


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