創作小話
日本掌編 鴫畑藍

※CoCシナリオ「VOID」ネタバレ注意※


   世界は少しだけ傾いている

 あの有馬真二が起こした騒動が終わり、恭雅からスパローを受け継いで早三ヶ月。スパローを『卒業』をするメンバーが例年比でわずかに増え、鴫畑藍は世間の激動を肌でまざまざと感じ取っていた。
 有馬真二の事件は『劇薬』として世界に変化をもたらした。
 これからは、もう少し緩やかに変化していくだろうが……変化が落ち込まないよう、スパローがその一助になれば。このまま世界が、もっと良い方向へ向かってくれればいい。
 仕事のやり方も、なんとなく覚えてきた。どの順番でこなすのが効率が良いだとか、システム化できるところは全てシステム化したりだとか。どのメンバーに振った方が仕事が早い、とかの判断は、まだまだ天祢の方が得意だけれど。
 床やソファーで寝るなど日常茶飯事、シャワーなんか文字通り『浴びる』程度、食事を抜かすなど朝飯前。目の回るような日々が続き、ようやく休日と呼べる休日ができた。もう二月になる。
「ちょっと遠出するけど、来るか?」
 アウトドアショップで売ってそうな紺色のウインドブレーカーを着込んだ藍が、ネックウォーマーを装着しつつ天祢に声をかけた。どうせ来るのだから、言葉尻にクエスチョンマークなどつけなくとも良いのだけれど。
「どちらまで?」
「長野まで」
「それはまた」
 どちらともなく連れ立って歩く。
 地上に上がり、隠すように置いていた愛車のところへ向かう。カバーを外し、チェーンのたるみとタイヤのすり減り・内圧の確認。ガソリンは満タンだ。
「鴫畑様」
「さんきゅ」
 天祢から電動エアポンプを受け取り、タイヤの内圧を少しだけ上げる。今日は高速に乗るから、少し高いくらいが丁度いい。
 今どき珍しく、キーを差し込んでアンロック。エンジンをかければ、低く唸るような返事がくる。
「ンじゃ、行くか」
 笑えば、ふわりとした喜びの眼差しが返ってきた。

 それはそうと、二月に標高千メートル超えの地点に来るなどアホのやることである。
「風さっっっっむ!!!」
「なんでこんなところまで来たんですか!?」
 長野県小海町豊里。松原湖がほど近い、ちょっとしたリゾート・アウトドアレジャーの地に、二人は来ていた。
「いやァ……走ってたら楽しくってさ」
「常に除雪されているから良いものの。ヒヤヒヤしました」
 近くにあった温泉施設にバイクを停めてメットを外すと、山の上らしい透き通った空気がずっと肺を満たした。おおよそ二時間半強のツーリング。藍がグッと伸びをすると、肩や肩甲骨周りがパキパキと音を立てた。
 しばらく肩周りをほぐし、深呼吸をひとつ。そして。
「……さて、アイス食うか」
「アイス!?」
 寒いのでは、と視線をうろつかせて心配する様子に、藍はそれが醍醐味だろと、にやり。
「せっかくだし食おうぜ」バイクのエンジンを切って鍵をかけ、手袋を外した藍が、誘うように少しだけ顎を持ち上げた。「な?」
 天祢はパタリと瞬きをひとつ。それからフと息を吐いて。
「では、せっかくなので」
「よしきた」
 屋内に入れば、温泉特有の天然物質のにおいと、揺蕩うような緩い温度が冷えた身体を包む。
 バイク用のスノーブーツをスリッパに履き替えて、シューズロッカーの鍵を受付に預ける。代わりに二次元コードのついた腕輪を渡された。飲食や入浴含め、屋内施設利用の際はこのコードを読み取り、最後の退館時に精算を行うとのこと。
 腕輪が外れないように装着し、フロントを抜けて奥の飲食スペースに向かう。ずんぐりとしたソフトクリーム型のライトが設置されている近くのカウンターで注文をする。
「ソフトクリームふたつ。バニラで」
「バニラふたつね」
 溌剌とした初老の女性が、レジを打ち込んでから藍の腕輪をスキャンする。なるほど、金銭のやり取りが都度発生しないのはスムーズでいい。
 コーンを手に取った店員が、すぐ後ろにあるソフトクリームの機械に向き、グッとレバーを下ろす。……コーンの中に割とアイスを詰めるらしい。早めに食べないと、手が大変なことになりそうだ。
「はい、お先にひとつね」
「どうも。ほら天祢」
 不意にアイスを手渡され、天祢は反射的に受け取る。暖かい空調のせいか、既にソフトクリームのてっぺんは鋭さを失いかけていた。
「はい、まいど」
「ありがとうございます。……どっか座るか」
 ふたつ目のソフトクリームを受け取ると、藍は飲食スペースの窓際へ誘った。
 天祢がじっとこちらを見つめるので、ひと口を先にいただく。しゅわっとした冷たさと、バニラとミルクの甘さが滲む。スーパーなどで買うバニラアイスとは違って、少しばかり特別感があるところがいい。
 相棒を伺えば、ちょうどひと口つけたところ。
「なるほど、これは……」
「美味いだろ」
「ええ。ひやりとしていて、甘い……。うん、なるほど……」
 味覚機能がついてから、藍は割合、頻繁に天祢と食を共にしていた。あまり食わすとリトにぷりぷり怒られるのだが——メンテの時に少し大変なのだとか——、そこはそれ。
 経験に勝るものはなし。リトと、それから一緒にメンテを担当してくれるニトには、お小遣い増額で手を打った。
「アイスは夏に食べるもの、というのが普及的な意見ですが、これはなんというか……いわゆる、『こたつでアイス』のような趣があります」
「味のレポをしろよ」
「美味しいです」
「ンフ、そうだな」
 やっぱりコーンの中までぎっしり詰まっていたソフトクリームを食べ終え、取り留めもない話をしていると、不意に天祢が藍から視線を外した。
 つられて藍も振り返ると、見覚えのある顔が驚いたように瞳を瞬かせている。
「レオさん、それにイクスさん」
 その名で呼ばれて一気に閃く。二ヶ月前にスパローを卒業したアンドロイド、ハルアキだ。
「お久しぶりです、ハルアキさん」
「おー、ハルアキ! 元気そうだな、よかった」
 男性型の、いわゆる旧型アンドロイドであるハルアキは、職場で『仕事の出来が悪い』と称され虐げられていたアンドロイドだった、らしい。……らしい、というのも、恭雅がリーダーをやっていた頃に保護され、藍は書類でしか彼の経歴を知らないので。
 藍がスパローのリーダーとなってから少し経った頃、再就職希望者との面談を行った際に、彼は以前の現場と同じ仕事——運送業を希望していた。経験があるため、ということだったが、藍は違和感を覚えていた。
 言語化に悩んでいたところ、天祢がそっと口を開く。
「つかぬことを聞きますが……ハルアキさん。子どもは、お好きですか?」
「え?」
 問われたハルアキは面食らったようにパタパタと瞬きをした。それから、スパローにいる子どもたちのことを想ったのだろう。ふわりと相好が崩れた。
「はい。すごく」
「それはよかった」
 天祢は、そっと瞳を細めたと思うと藍を振り返る。その目を見て、直感的に理解る。手元にある案件一覧をざっとスクロールして、目的のものを探した。
 子どもの扱いは問題無い、表情が分かりやすく出る。それから確か、彼の資料によれば、味覚機能と体温検知機能、視野広角モジュールの付け替えが出来たはず。それにハルアキの機体は、普通のアンドロイドよりも柔らかい素材で出来ている。……前は、そのクッション性を、『荷を壊さない』と見ていたみたいだが——。
 目的の仕事を見つけて、スクロールしていた指が止まる。
「ハルアキ。よければ運送業じゃなくてさ」
 職業詳細を開いて、彼の目の前に出した。
「保育園の保育補助、やってみないか。……や、まァ。お前さえ良ければって話だから、重く考えなくてもいいンだけど」
 ハルアキが頷いたその結果は、大成功と言っても過言ではなかった。斡旋先に連絡をして現状を聞くまでもなく、向こうから喜びの連絡をもらったのだ。
 元々人当たりが良く、人からもアンドロイドからも関係なく慕われていた彼は、もちろん斡旋先でも大人気となった。そのまま、あれよあれよという間に保育所近くの職員寮を借りるという話となり、スパローから自立していったのだ。
 そんなハルアキと、こんなところで再開するとは。
「あなた達は、どうしてここに?」
 不思議そうに首を傾げた彼に、藍は苦笑いを返す。
「休めそうだったから、ちょっとバイクで……」
「バイクで!? それは……お疲れさまです」
 そのまま軽く最近の仕事の様子なり職場の雰囲気を聞いてみれば、驚くほど順風満帆らしく、ハルアキは終始笑顔で話をしてくれた。
 少しすると、ハルアキを呼ぶ声が聞こえる。皆、口にはしなかったが「あ」という顔で見合わせる。
「……最後になりますが、」ハルアキは、いっとう優しく微笑んだ。「僕、保護活動を始めたんです」
 藍は隣の相棒を振り返る。向こうも、同じように藍を見ている。そして、揃ってハルアキに視線を戻す。
「……エ!?」
「ふふ、そんなに驚かないでください。僕にも何かできないかなって……そう思って」
 聞いてみれば、スパローの保護活動の話をしたところ職場の人が同意してくれ、小規模だが有志が集まって活動を始めることになったのだという。
 空いている職員寮の部屋の貸し出しや無償メンテナンスの提供を始めているらしく、軌道に乗ったらもう少し支援内容を増やすとのことだ。
「……すげェな、お前……」
 呆然とした声が出た。あまりに衝撃で、感嘆の溜め息を漏らしてしまう。そうこうしているうちに、もう一度名前を呼ばれたハルアキは、ぺこりと頭を下げてから去っていった。
 思わず、再び天祢を見る。同じように、天祢もこちらを見ていた。その瞳には未だに驚きが乗っていて、(そうだよなァ)と藍は共感してしまった。

 窓際に座っていたので、陽が傾くのがよく分かる。
 二人は席を立つと、料金の精算を行う。そろそろ帰らねばならない。夜の雪道は危険だし、当然のことながら復路も往路と同じだけかかるので。
 グローブをしてメットを被り、エンジンをかける。少しだけエンジンを温めてから、温泉施設——長野を後にした。
 帰り道ほど早く感じるもので、体感あっという間にスパローのアジトへ到着する。バイクのタイヤの内圧を調整し直し、軽く調子を見て。すっかりカバーをかけて隠してしまうと地下へ降りた。
「レオ、藍、おかえりっ」
 二人の帰還に気づいたニトが、パッと顔を綻ばせて駆け寄る。
「おう、ただいま」
「ただいま帰りました」
 藍と天祢がそれぞれ手に何かを持っているのを目ざとく見つけると、ニトは嬉しそうにはしゃいだ。
「それお土産か? 見せて!」
「待て待て、広間で出してやるから」
 がやがやしていると、リトがひょこりと顔を出す。
「ニトが騒がしいと思ったら。二人とも、おかえりなさい」
「おや、リト様。ただいま帰りました」
「ただいま」
 どこに行ってたの? 長野。長野!? だなんて、わいわいと話しながら広間へ向かう。
 扉を開ければ、数人の子どもたちがパッと顔を上げて、口々に藍と天祢の名を呼んだ。
「あっレオだ!」「レオー!」「イクスもいる!」「どしたのー?」
 わあわあぴいぴいと雛鳥のように賑やかな様子に、思わず笑みがこぼれてしまう。
「ホラお子たち、土産だ」
「どうぞ、仲良く分けてくださいね」
 箱を開けて出してやれば、我先にと手が伸びる。ちなみに買ってきたのはチョコクランチだ。白樺の大地である。なお大人たちにはツマミだ。
 他にも、木で出来た鳥笛だったり、木で出来たパズルだったり。知育玩具を主に買ってきていた。
「これ、面白そう! しばらく借りていいかな?」
 早速、不規則な図形をした木のパズルを開けたニトが言う。
「あーそうだな。じゃあ、あとで貸出リストでも作るか。持ってっていいぞ。三日間くらいで、広間に戻してくれれば」
「わかった!」
 パズルを抱えてタターッと部屋に戻るニトを見送っていると、やれやれと言いたげなリトがお菓子を二、三個摘んだ。
「あたしは、お菓子を少しもらうわね。お土産ありがとう」
 そのまま広間を出ていくかと思えば、ちょろりと顔だけ戻したリトが、ジッと藍の目を見た。
「これからお仕事しようだなんて、思わないでね?」
「……シマセン」
「レオ、藍のこと見ててね」
「お任せください」
 イイ笑顔で返事をする相棒に、藍はちょんと肩をすくめた。
 とはいえ、本当に何もしない日も久方振りで、どう過ごしたものかと悩んだ藍は、少し考えた後、広間の端にあるソファーに腰を下ろした。すると、相棒が当然のように隣に座るものだから、より気が置けなくなったようで嬉しくなる。
 こうしていると、やはり思い出されるのはハルアキの言葉だった。フとした時に思い出してしまうくらい、衝撃的な報告だったことは確かだった。少なくとも、藍にとっては。
 しかしきっと、天祢もそうなのだろう。
「……にしてもアイツ、保護活動始めたって。すげェよなァ……」
 思ったよりもしみじみとした声が出てしまって、内心で笑ってしまった。しかも、その言葉に対して天祢が「はい、驚きました」と真摯に返してくるものだから、なんだか面白くなってしまう。
「恭雅ン時からいたのが、俺の時に出てくってのも、すげェことだよ」
 当時、『鴫畑藍』を選択してくれた彼が、その藍の手で卒業するという時点で言い知れない手応えを感じていたというのに、それ以上の報酬をもらったような気分だった。
「元気にやってくれるといいな」
「彼は本当に人気者でしたから。これからも、きっとうまくいきます」
「そうだよなあ——」
 あんなに笑ってたもンな。答えようとして、藍は急に喉が引き攣るように狭くなったのを実感した。それから、ぎゅうっと重石が迫り上がるような圧迫感を胸に感じる。はく、とかすかな息が漏れて、ぼたり、と。
「……あ……?」
 急速に視界が滲む。ず、と鼻水まで出てきて、思考がまとまらないうちにまた、ぼたりとこぼれ落ちる。
「っオイ、マジか……」
 慌てて片手で顔を覆う。すぐさま手袋に涙が吸い取られた。
 何十年というブランクが空いているせいで、藍は涙の止め方などさっぱり覚えていない。楽しいことを思い出す? 嬉しかった話題に変える? それとも。モタモタしている間にも、とめどなく溢れる涙は、顔を覆う手のひらを、服を、しとどに濡らしていく。
 次の瞬間、痛いほどに抱きしめられて、藍は涙と共に笑いがこぼれ落ちた。
「ふは、苦し……っ」
 藍から溢れるそれを、どうにか、なんとか止めようとして必死になっているようなそれに、またじわりと目の奥から感情が込み上げてくる。
「天祢お前、加減しろって……」
 相も変わらず、ぼたりぼたりと流れていくそれをそのままに、藍は天祢の背をトントンと叩いた。だが彼は「すみません」とは言うものの一向に緩める様子がなくて、少し笑ってしまう。その拍子に、またひとつ涙が落ちた。
 悲しいわけじゃない。今日いちにち、悲しいことなど、ひとつもなかった。
 嬉し涙とも違う。ハルアキの話は本当に嬉しい気持ちになったが、『泣く』という表現をするような喜びではなかった(例えるなら、諸手を挙げて拍手してハグしてやる、みたいな喜びだろうか)。
 藍は相棒の肩口に顔を埋めて、深く、深く呼吸をする。天祢が更にぎゅうと頭を押しつけてくる。かしゃり、と膝にワイヤーグラスが落ちる音がした。
 普段は耳に届くことのない、ブゥーンと低く唸るような排気音——天祢が今、生きている音だ——聞いて、わけもわからず涙が出る。
 そこでようやく、藍は思い当たった。
(ああ、感動か。これは)
 セミの羽化を目の当たりにしたような、宇宙から地球を初めて見たような、排水の時にできる渦の仕組みを知ったときのような。それの何十、何百倍もの『衝撃』が押し寄せた。そして涙として表に出た。
 だから、こんなにも止まらないのだ。

 ……涙が収まってからしばらく。わずかな隙間すらも許さないと言わんばかりに抱きしめていた天祢が、フと顔を上げる。
「落ち着きましたか」
 あまりにもあっけらかんとした声音で言うものだから、藍の口から「いやお前だよ」というツッコミが飛び出た。そして、視線が交わる。
(あ、……)
 やおら左手を天祢の頬に添えると、藍は相棒の目尻を拭うように親指を滑らせた。その指先が濡れることはない。
「……私、泣いていましたか」
 涙を流していたか、と問われれば『いいえ』となるのだろう。
 でも、『泣いていたか』と問われたら。
「アー……うん、まあな。それは、もう」
 その言葉を聞いた天祢が、眩しそうに目を細めた。一緒に眦まで緩んでいるのを見て、たまらなくなって。
 相棒の後頭部に手を回し、抱え込むように抱きしめた。
「鴫畑様、」
「うん……」
「……鴫畑さま、」
「……ン……」
 相棒に少しだけ頬を擦り寄せてから、ぽんぽんと軽く手を乗せるように撫でて、身体を離す。どうやら天祢も泣き止んだらしい。
 ソファーから立ち上がって、ぐうっと伸びをした。
 明日からまた仕事だ。けれどきっと、今までとは一味違った気持ちで臨むことになるだろう。
「いつもありがとな、天祢」
 天祢はぱたりと瞬きをした。
「はい。これからも、あなたのお側に」
 このまま世界が、もっと良い方向へ向かってくれればいい。
 あわよくばスパローから、良い方向へ向かおうとする仲間たちが、たくさん卒業してくれればいい。


- 9 -

<前 | back | 次>
▷ Memo
2024/04/10 更新:創作 NY異聞録+1
2023/10/31 更新:版権 刀剣(夢)+1
2023/07/02 実家に帰ってきました


▷ Works
Sousaku
:: LosTime Maker!
:: 時系列拙宅一覧小話

Hanken
:: 小話

▷ Special thanks(敬称略)

▷ 動作確認
win10:Chrome
iphone7:Safari


▼ 海上えふ
twitter / contact

2018/09/26〜2020/10/09 鳴鳥
2020/10/09〜2205/**/** ALPHA SIX