版権小話
刀剣(夢) 鶯丸

   おばけになりたい。

「ほう」
 面白がるような、そうでもないような、でもちょっと興味をそそられているような。絶妙なトーンで囁かれた私は、「わあ、」と間抜けに飛び上がった。
「びっくりした。聞いてたの」
 ドキドキする胸を押さえながら振り返れば、鶯丸がぱちりと瞬きをした。
「聞こえたんだ」
 ふすまが開いていたから。と、筋張っていて美しい手が、ちょいちょい、と茶目っ気を含んだ動きで指し示す。
「声に出したつもり、無かったのに」
 恥ずかしさをごまかすようにむくれると、その刀はころころと鳥のように笑った。
「ははは。そういうときほど、誰かが聞いているものだ」
 羞恥の後は諦めだ。
 私は、ええいままよと気持ちのままに、畳へ寝ころんだ。
「……たまに、おばけになりたいって、思う」
 大の字になって、天井を見上げて。
 鶯丸が、おやっと微笑んでふすまを閉めると、私の横に正座をした。
「おばけか。どういうおばけだ?」
「そのへんを、こう……ふわあ〜って、漂うやつ。ごはんとか、お風呂とか要らなくて」
「うん」
「壁とかはすり抜けられるの。どこでも行けるんだ」
「おお、助平だな」
「ちがう〜」
 うごうご! と少しだけ蠢いてから、ぱたんともう一度、大の字に脱力した。鶯丸が私を眺める。
 しばらく続ける言葉に悩んで、悩んだまま、何も言えなくなってしまった。私は、そうやっておばけになって、存在を認知されないまま、何も考えずに漂いたいだけなのだ。『今』から逃げたいだけ。
 実際そんなことになったら、一番困るのは自分自身だと分かっているのだけれど。
「……おばけになりたいなあ」
 これは、ただの逃避だ。
「そうだな。たまには、おばけになるといい」
「えっ」
 思わず起き上がって、鶯丸を凝視した。
 ぱちん、と彼が瞬きをする。それから、ゆるりと眼を弓形に緩めた。天皇陛下がなさるような微笑み方で、なんだか泣きそうになってしまった。
「難しいことじゃないさ。主が、朝いちばんに『今日の主はおばけです』と言えばいい」
 鶯丸が歌うように言う。
「……みんなが話しかけても無視しちゃうよ」
「おばけだから、ちょっと言葉の『ちゃんねる』とやらが違うかもしれないな」
「入っちゃいけないところに入っちゃうかも」
「青江や石切丸が止めてくれるだろう。おばけに造詣が深いから」
「いちにち、何もしないよ」
「うん、おばけだからな」
 ついに堪えきれなくなった私が、猫のようにうずくまって鼻を啜ると。鶯丸は、それこそ猫にするみたいに、指先の甲で私の頭を撫でてから立ち上がった。
「次は、主がおばけじゃないときに、茶を持ってこよう」
 やっぱり茶なのか、という言葉はつっかえてしまったから、代わりに湿った声でへたくそに笑いかけた。


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