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althaea0rosea

何やら世間は楽器の演奏が禁止されたらしいが、最強の防音室に住んでいる私には関係がなかった。


来客のようだ。この時間主人は寝ているはずだから、それ以外の誰かということになる。それもどうやら複数人らしい。足音がいくつも聞こえてくる。
背後の二重扉が開く音がする。一重でも防音には充分な効果があるから演奏をやめる必要はない。外の扉が閉められ、内側の扉が開かれると、私はその鼓動の主をようやく認識することができた。防音は外部環境を遮断するのにも優れているから、いざここまで来てくれないと誰が誰だか分からないのだ。まったく、便利な代物である。演奏を続ける。

「相変わらず上品なおもてなしだな。そして例えようもなく美しい」
「……」演奏。
「……ああ、私はこれを聴きに命を賭してまでここにやってきたのだ」
「……」演奏。
「やはり最後にここに来てよかった。たとえ出立の予定が大幅に遅れ、ハイビスカスらの苦労も虚しく、失敗に終わる可能性が高まったとしても、だ」



「私と共にロドスへ来ないか?」
「……」

エーベンホルツは穏やかな口調でそう言った。提案ですらないような、まるで独り言のような声色で。

「いや、本当は、ロドスが本当に安心して身を預けられる環境なのかは私もこの目で見てみないと分からないことだが……」

女の子は絶対に安心できますと言わんばかりに

「このリターニアを離れたあと、もう一度ここに戻って来られる保障はない。つまり、もう一度セキルに会える保障はどこにもないということだ」




「私にとってはここが一番の天国なの」
「この防音室のことだろう?ここは確かに素晴らしいレコーディングルームだが、国外にはこれに匹敵するものが存在しないとでも?」
「……」

この防音室を建てるためにかかった費用をまだ返せていないのに、このまま出ていくのはちょっと、考えものだと思わない?それに、私は鉱石病の治療が受けられなくても、現状で満足している。このままここでオーボエを吹くのを続けて、いつかひっそりと死ねたらそれでいい。
……と、こんな長ったらしい理由を声に出すのは煩わしいので、押し黙った。もちろんこれが言い負かされたわけではないというのも、彼はきちんと理解していた。

「クライデが死んだ」

唐突に、

「クライデの死に様についてはあえて言わないが、私はあの時の時間の流れを未だにはっきりと覚えている」


「一人で死ぬことは私が許さない。たとえ抗っても無理やりにでも連れ出すぞ」


「わかった」




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