本当に私という奴はどうしようもない馬鹿らしい。きっとこれは一生治らなくて、私はずっと誰かに迷惑をかけ続けるんだと思う。
誰にも信じて貰えないと思うけど、私には前世の記憶というものがある。私が急に他人にそんなこと言われたら寒いギャクか頭がおかしくなったとしか思わないから、きっと私もそう思われるんだろう。でも、本当に前世の記憶があるから仕方がない。前世の私はどこにでもいる平凡な女子高生で−−−少しだけ、ほんの少しだけ運が悪かった。
高校生になってからストーカー被害はこんな冴えない女子にも起こり得ることを知った。毎日高校の下駄箱にラブレターが入ってたり登下校中に視線を感じるくらいで、漫画やSNSでバズっているようなストーカー話によく出て来る盗撮写真がラブレターに添えられていることも、自宅付近までついて来られることもなかった。それに視線は気の所為かもしれないし、手紙だって同一人物ではない可能性だってあった(手紙は印刷物だったから筆跡で判断が出来ない上に封筒の種類も毎回違った。それにしては頻度が凄かったけど)。そうは言えやっぱり気持ち悪かったし、ラブレターや視線のことは友達にも話していた。けれど校内もしくはその近辺でのことだったから、何かあっても誰かしらが近くにいて助けて貰えると良く言うと前向きに、悪く言うと楽観的に考えていた。
委員会で遅くなったある日のこと。空腹に負けた私は普段通らない人通りの少ない近道を通ってしまった。ああ、なんて馬鹿なのか!ストーカー被害に遭ってることなんて私の頭からはすっかり抜け落ちてた。後は予想出来る通り、ストーカーに背後から抱き締められて抵抗したらナイフでぐさりと刺されて死んでしまった。− − −死にたくなかった。来週は友達とカフェに行く約束だってしてたし、海外にだって行ってみたかったし彼氏だって作ってみたかった。今朝いらいらしてお母さんに当たったことも謝ってない。生きたい。まだ死にたくない。
確かにそう思った。思ったけど誰も転生したいなんて思っていない。ましてや自分が大好きだった漫画のキャラのポジションに位置したいなんて微塵も思っていない。
「名前ちゃん?」
「ひゃいっ?!」
「ご、ごめん!ぼーっとしてたからどうしたのかなって思って…」
「イ、イエ!何でもありません!部活中にぼーっとして潔子先輩にご迷惑をおかけしてしまって申し訳ありません!」
勢いよく腰を折る私に潔子先輩はあわあわと直るように言った。…ああ、また私は迷惑かけてる。要領の悪い私がマネなんてやらない方がやっぱり良かったのかもしれない。顔を上げてもう一度謝罪を口にしようとした私の意識は潔子先輩に向いていて、後ろから聞こえる足音には気が回らない。
「あ、谷地さーん!」
「ひっ」
男性特有の
「……アッえっと、後で、サー練するからマーカー持って来てって…大地が…」
「はい!すみません!今すぐに!!」
「えっいや今の仕事終わってからで全然…!」
過剰に東峰先輩の声にびっくりした私は、素早く90度にお辞儀してその場から逃げるように倉庫に足を運ぶ。ああ、本当に私はだめな奴だ。ただえさえ仕事が鈍くてご迷惑をお掛けしているのに、まだ男性に慣れていない。慣れられない。声を掛けられるだけで飛び上がってしまうし、触られるのなんて考えただけで血の気が引く。何で、マネ引き受けちゃったんだろ。いや、マネの作業自体は百歩譲って良い。私は鈍間で迷惑を掛けてばかりだけれど、選手達の頑張る姿を間近で見て応援出来るのは楽しい。だけど、この男性恐怖症ーーー恐怖症で留めて良いレベルかはさておきーーー全部、全部、私を殺したストーカーのせいだ。あの人がいなかったら私は男性恐怖症になんかならなかったし、"谷地仁花"に"成らず"に済んだ。私じゃ、だめなんだよ。仁花ちゃんじゃないと烏野はだめなんだよ。
マーカーを見付けて倉庫を出る。仁花ちゃんに成らないと。仁花ちゃんの、代わりを。
「あっ名前ちゃん。ドリンク一緒に運んで貰っても良い?」
「はい、勿論!」
マーカーをベンチ近くに置いて潔子先輩について行く。ドリンクだってきっと私から貰うより潔子先輩から頂いた方が絶対皆嬉しい。…日向だって、多分そう。横目でコートを見る。影山君から渡されるトスに向かってふわりと舞い上がる。…ああ。
「遠いなあ…」
「谷地さーん!送るからちょっとだけ待ってー!」
「えっそんなの悪いよ…!」
「もう暗いし危ないから!すぐチャリ取って来る!!」
そう言って日向は自転車置き場に駆け出して行った。毎日毎日日向は私を送ってくれる。練習で疲れてるはずなのに、そんな様子をおくびも見せずに笑顔で話し続けてくれる。私なんかより影山君達と帰った方が楽しいはずなのに。
「んじゃあ日向、谷地さんのこと頼むぞー」
「はい!」
「お、お疲れ様です…!」
先輩達と別れて日向と並んで帰る。いつもなら今日の練習はどうだったとか月島君がまた嫌味なことを言っただとかたくさん話してくれるのに今日は違う。真っ直ぐ前を見て、何かを考えているようにだんまりだ。…もう、私と帰りたくないとか、言おうと思ってるのかな。違う、日向はそんなこと言わない。…でも、もし。ふっと黒い感情が心に現れたとき、ぐりんと日向がこっちを向いた。
「谷地さん、おれに何か言いたいことあった?」
「…え?」
「部活中、時々おれのこと見てたからさー。何かあったのかなって」
何もなかったら良いんだけど!と言う日向。…ばれてたんだ。それはそうだ。あんなに何度も日向だけを見てたら気付くに決まってる。
「やっその、…日向は今日も飛んでるなあって、思って…」
別に、嘘は吐いてない。これだって私の本心。なのに、日向は時折試合中に見せるぴりっとした空気を出して、立ち止まって私を見つめる。つられて私も立ち止まった。
「ほんとに?」
この、日向の怖いくらい真っ直ぐな瞳が好きだけど少し苦手。全てを見透かすような、この瞳が自分に向けられていると思うと体が竦んでしまう。
「…や、えっと…その大したことじゃないんだけど……日向が遠く感じたと言いますか…」
「え?」
「体格のせいで他のスパイカーより不利なはずなのにそんなの関係ないように飛んで、点数を取っていく。…私とはぜんぜん違う、凄い人だなって」
支離滅裂で自分でも何を言いたいのか分からなくなる。どうやって着地させよう。こんな話をしたいわけじゃなかった。仁花ちゃんならこんなこと言わない。
「おれ馬鹿だから谷地さんが何に悩んでるのか分かんないんだけどさ、谷地さんの方がすげーって思うよ」
「ええ……?!」
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