「亜人ってさ、本当に死なないとわからないのかな?」


漠然とした質問だった。別にそれに対して確かな答えを求めていたわけでもなかった。ただなんとなく、思ったことを口にしたまでだった。


「それ以外に確認しようがなくない?」


自分が想像していたものとは少し違った返事だった。
僕の部屋で新聞を読みながらくつろぐ幼馴染は、家庭教師としての業務を既に放棄していた。


「真面目にやれよ」
「いや、だってお前に教えることないし」
「そりゃそうだけど」
「っていうか医者目指してる奴が警官に何教わるってんだよ」
「…それもそうだな」


そう、彼は海とはまた違った幼馴染だ。現役の警官だからか、母親が彼に家庭教師を頼んだのだ。まぁ、家庭教師と言う名の監視役だけど。


「見たことある?」


主語のない僕の質問に慣れている彼は、新聞を読みながら頭をフル回転させて主語を見つけていることだろう。そうしてそれはいつも間違えることなく、的確だ。


「あるわけねぇだろ」
「だよね」
「なに?もしかして圭…、お前亜人なの?」
「…だったらどうする?」
「はぁ?どうするって…」


亜人を発見すれば懸賞金が貰えるだとか、もしくはそれなりの報酬があるだとか色々噂されている。僕にとってはどうでもいいことだけど。でも彼にとってはどうなんだろうか。それが知りたくなった。


「そりゃ決まってる」
「………」
「"今まで通り"だよ」
「は?なにそれ」
「なにそれって…別にお前が亜人だろうが海が亜人だろうが、どうってことない。おれの日常は何も変わらない」
「………」
「亜人ってわかったからなに?もう友達でもなんでもありませんってか?意味わかんねぇ」
「?、何ムキになってんだよ」
「っていうか、そうだなぁ…亜人だってわかったら…なんか、寂しいっつーか、切ないっていうか」
「はぁ?」


がしがしと頭をかいて、読んでいた新聞を閉じた。
こんな実のない話で真剣に悩んで考えることができるなんて、それこそ意味わかんない。質問した僕のほうがもうこの話題に飽きているというのに。


「亜人ってさ、死なないんだろ?だからさ、もし圭や海が亜人ってわかるとさ、おれは少し寂しいな」
「寂しい?なんで?人間じゃないから?」
「そうじゃなくて。永遠に死なない存在かどうかは解明されてないからわかんねーけど、少なくとも死なないってことはさ、死ぬほうとどこかでお別れがあるわけじゃん?」
「あぁ」
「亜人同士だったら同じ時を生きることができるけど、そうじゃなかったら周りが死んでいくのをただ見届けるだけになる。おれはそれでも別に耐えれるけどさ、圭や海がそうなっちまうのは…なんかなぁ。慰めてやることもできないままおれが死んでいく様を見送らせるなんて、それってなんか寂しくない?」


そう言って悲しそうに笑った。彼の言葉に、肯定も否定も出てこなかった。
そもそもこれはもしもの話であって、実際にそうなるとは限らない。起こりうる可能性としては視野に入るけれど、明日になったらきっと忘れてる。だけど、寂しいと言う彼の考え方は嫌いにはなれなかった。


「亜人ってなんなんだろう。なんで生まれてきたんだろう。なんのために存在するんだろう」


独り言のようにつぶやかれたそれは、どこか確定的で、疑問符のない言葉だった。まるで亜人そのものを見てきたかのような物言いだと思った。


「まさか、実は亜人でした、とか…言わないよね?」


パキリ、とシャーペンの芯が折れた。
解きかけの問題を一旦おいて、返事をしない彼のほうへ振り返った。真っ直ぐに自分へと注がれていた視線は、一度の瞬きで床へと移された。
まるで「そうだ」と言わんばかりの妙な沈黙が部屋を支配した。もしここで「そうだ」と言われたら?妙な焦燥感が漂った。そんな僕の心情を知ってか知らずか、彼はいつものようになんでもないように笑った。


「そうだったらおれ、最強の警官じゃね?怖いものナシじゃん」


馬鹿丸出しの言葉で真実を有耶無耶にした彼の魂胆を、その時の僕は解き明かすことができなかった。
そうして今になって思い出す。自分が亜人となって追われている今、何故だか無性に彼に会いたくなった。いつものように、なんでもないように、あの時のように、彼の吐いたあの言葉が聞きたい。
僕を追う側の存在である彼が、ルールに背いて罪を犯し、今まで通りだよって彼が言ってくれたのなら、彼の最期を看取る覚悟ができるだろうから。
だけどあわよくば、彼も亜人だったらって。それなら世界を敵に回しても死ぬまで戦えると思えた。だけど。



どうやったって死なせてくれない

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