「ってなことがあったんだけど、そこんとこどうなの?黄瀬くん」


たまたまこっちで練習試合があって、その帰り、慌てて黄瀬くんを引き留めてマジバへと連れてきた。

怪訝な顔で俺に引っ張られる黄瀬くんは緑間に助けを求める視線を送っていたけれど、残念!緑間はこっち側でしたぁー!


「あー…そういえば二人とも秀徳っスもんね。しかもあいつと同じクラスとか。そんな現場見られてたなんて…うわぁ、考えたくねぇ…」
「いやぁ、なんつーかすげぇとしか言いようがなかったぜアレは。な?真ちゃん!」
「最低にもほどがあるのだよ」
「ぶふっ!そこまで言っちゃう!?まぁ確かにそれ以外言いようがないけどさ!」
「はぁ…まじありえねーっスよぉー…」


怒りを通り越して最早諦めの境地っス、と言ってジュースを飲む黄瀬くんは相当お疲れのようだった。

いつもは元気でちょっと生意気で少し気取ってるっていうのが黄瀬くんに対するイメージだったけれど、今日は一切それらが感じられなかった。


「黄瀬くんさぁ、ほんとに名字と友達なの?」
「どういう意味っスか」
「だって黄瀬くんと友達なら同中っしょ?でも真ちゃんですら知らない相手だったし、まぁ帝光がマンモス校だってのは知ってっけどさぁ」
「あんな奴がいたらたとえ帝光でも一度は必ず目にはするし、黄瀬の友人となると騒がれないはずがないからな。でもそんな話は聞いたことないのだよ」
「そりゃまぁ…あいつ帝光じゃないっスからね」
「え!そうなの!?」
「小学校までは一緒だったんスけど、中学からは別々になったんスよ」
「へぇー!じゃあいわゆる幼馴染ってやつ?」
「全然違う。幼稚園は別で小学校から一緒なんスけど、話すようになったのは小3か小4くらいだったから…ただの同級生?」
「ふーん?その頃から名字ってあんな感じなわけ?」
「んー…、まぁ、そうっスね」
「意外だな」
「?、何がっスか?」
「そんな人間と友人関係が続いていることに、だ。お前ならあっさり切り離すと思っていたのだよ」
「あー確かに!それは俺も不思議に思った!」


そう言われて少し不貞腐れたような、複雑な顔をした黄瀬くんは色々あるんスよ、としか言わなかった。その先は聞くな、と。空気で制せられた。

何か弱みでも握られてるんだろうか、と考えたりもしたが、相手があの名字だ。弱みなんかとうの昔に喋ってしまっているはずだろうから、なんとなく、そんなんじゃないんだろうなって思った。


「ってか黄瀬くんさぁ、名字の言ってることってどこまでがマジなの?」
「え?」
「なんかもう聞いてもないのにあいつがべらべら喋るから、どこまでが本当でどこまでが嘘なのかわかんねーんだけど!」
「…それ、本人に聞いたっスか?」
「聞いたけど?」
「じゃあなんて?」
「信じる信じないは聞く側の自由。お好きに妄想しちゃってください、はぁと!って言われたんだけど…」


それを聞いて一瞬ぽけ、と間抜け面になった黄瀬くん。や、その間抜け面もイケメンだったんだけど!ほんとイケメンって何してもイケメンなのな!


「ぷっ!くくっ、く…あははっ!ははは!」
「え?黄瀬くん?どうしちゃったの?」
「ははは!もうなんなのあいつ!はははっ!」
「え?なに?俺そんな笑えるようなこと言った?ねぇ真ちゃん、言った?」
「言ってないのだよ」
「だよねぇ…」
「あーやばい、マジウケんだけど!」
「おーい、黄瀬くんやーい」
「あぁ、ちょ、ごめん、じゃあオレからも一ついいっスか?」
「ん?」
「お好きに妄想しちゃってくださいっス、はぁと!」


ばちこん、とウィンクつきで言われるともう何も言えないわけで。話の内容はともかく、さっきの黄瀬くんを偶然にも目撃した通りすがりの女子高生が何今のヤバッ!と興奮しだしたのをBGMに俺はイケメン爆発しろと思わざるをえないわけで。

名字も黙ってればイケメンの部類に入るのになぁ、と遠くを見つめながら思っていると、そういえば、と黄瀬くんが切り出した。


「その教室での話なんスけど、結局その聞いてきた女の子ってどうなったんスか?」
「ああ、なんかめちゃくちゃ落ち込んでたって話はきいたんだけどさ、名字もひでーよな?紛らわしいことするから可哀想なことしちゃったんだよねー」
「紛らわしいこと?」
「黄瀬くんが駅で告白されたときの断った理由が嫌いな香水を匂わせてたからって言ったんだよ」
「あぁ、それはホントっスよ。オレあの匂いマジで無理なんスよ」
「…で、だ。会話の途中でその子に今香水つけてるか聞いて、その匂いが…ってここまで言ったらわかるっしょ?」
「…っス」
「自分の大好きな黄瀬くんの大嫌いな匂いを自分がまとってると勘違いしたその子はそりゃもう教室から走り去って行ったってわけ」
「あれは名字が悪いのだよ」
「ほんとは話の途中でその子からふわって香ってくる匂いが名字の好みの匂いだったらしく。それなにつけてんの?めっちゃいい匂い!って言おうとしたら逃げられたって言いやがってよー!そりゃ友人Aに怒られるっての。それ聞いたうちのクラスの女子がその子に弁解しに言って一応誤解は解けたんだけどね」
「ふーん…ってか友人Aってなんスか?」
「あぁ、あの時名字のそばにいたあいつの友達のこと」
「あいつの交友関係は広すぎていちいち覚えてられん」
「まぁノリいいしなぁ〜、黄瀬くん絡まなきゃめちゃくちゃ良い奴だから慕う奴多くてさ!」
「あぁ、あいつはいっつもそんな奴っスよ」


オレにはないものを持ってるから、って。ちょ、いきなりシリアス!?なんで黄瀬くん急に機嫌悪くなんの!?名字も謎だけどここの関係性のほうがもっと謎なんだけど!


「まぁでも名字もそれなりにお前のことを考えてるようだがな」
「はぁ?」
「え?なになに真ちゃん。なんかあったっけ?」
「名字が黄瀬の友人だって噂が広まってうちのクラスに女子が押し掛けたのは知ってるだろう?」
「あー…あれはマジで地獄絵図だったなぁー…はは…」
「その時、押し寄せる女子に対してあいつはこう言ったのだよ。嘘でいいならいくらでも教えてあげる、とな」
「はっ!?」
「あー、言ってた。確かに言ってた。それはもう女子はキレたなぁ。ふざけんな!って」
「え…そりゃそんなこと言ったら誰だってキレるだろ。あいつバカなの?」
「やーでもその後が名字らしくて面白かったんだけどさ!」
「え?」
「ふざけんな!って言った子に対して、あ、今のマジギレしたキセリョにちょー似てる!すげぇ!もっかいやって!って騒いでた。一瞬にしてその場がシンとなったにも関わらず名字は相変わらずKYで、でももうちょっと覇気が欲しいなぁーおれを心底殺したいって感じじゃないと本家には勝てないぜー?って言うもんだからクラス一同爆笑。なんてったって俺たちのクラスにはあの時本家聞いた奴が結構いるわけだしさ。そっからは相手にしてらんないっつって女子のほうから去って行ったんだよ」
「名字は相手の戦意を喪失させるのが上手いな、と思わず感心してしまったのだよ」


緑間がこう言うなんてレアなんだぜ?と黄瀬くんに言えば、微妙な顔でそうっスね、と返されてしまった。ちょ、ここ笑うとこなんだけど黄瀬くん!

何やってんだか、と薄く笑った黄瀬くんを見て、俺はやっぱり疑問ばかりが浮かんでくる。名字のしてることに黄瀬くんは毎回怒るけれど、縁を切ろうとはしないし、友達ということを否定することもない。

怒られるとわかっていながら黄瀬くんの電話に出る名字はなんかいっつも嬉しそうだし、そうなるのをわかっててやめない名字も名字だ。なんだ?黄瀬くんに怒られたいとか?それただのマゾじゃねーか。

やっぱり俺たちじゃ到底理解できない絆のようなものがこの二人の間にはあるのだろうか、なんて。考えちゃうわけなんだよねぇーこれが。まぁ、それは本人たちがそれで満足しているのなら、俺たちがとやかく言うことじゃねーんだけどさ。

でもやっぱ気になっちゃうわけで。


「で、結局のところ黄瀬くんと名字って仲良いってことでオッケー?」
「ん、いいんじゃないっスか?それで」
「もーすぐそうやってはぐらかす!さっきからちゃんとした返事聞けてないんだけど!」
「?、そうっスか?」
「そうだよ!真ちゃんからもなんか言ってやってよ!」
「はっきりと認めないが、否定もしない。そんなとこがお前たち二人そっくりなのだよ。俺にはわざとやっているようにも見えるがな」
「!、へぇ…さすが緑間っち。侮れないっスねぇ?」
「見てればわかるのだよ」
「え!なに!?どういうこと!?俺だけ仲間外れ!?見ててもわかんないんだけど!」
「そういう時こそホークアイの出番っスよ!」
「絶対カンケーねーだろそれ!」


そんなこんなで名字の話題もほどほどに、しばらく三人で学校がどうの、バスケがどうのって雑談していた時、事件は起きた。

俺たちが座っている席へ二人の女の子がやってきて、おどおどしながらあの…、と黄瀬くんのほうを見た。え?なに?まさか今ここで告白タイム?!とドキドキするも、別の意味でドキドキさせれるはめになる。


「ん?オレになんか用っスか?」
「えっと…その…」
「ほら、早く言っちゃいなよ」
「でも…」
「なんならわたしが言おうか?」
「ん?なになに?黄瀬くんになんか聞きたいことあんでしょ?遠慮なく聞いちゃいなよー。ね?黄瀬くん!」
「…あ、うん…どうぞ…」
「えっと、聞いた話なんだけどね、黄瀬くんってミミズが嫌いって本当?」
「「え」」
「なんかね、黄瀬くんが無理矢理ミミズ食べさせられて気絶して病院に運ばれたことがあるって聞いたんだけど…しかも結構最近。これってデマなのかなってみんなで言ってたんだけど、どうなのかって…思って…、黄瀬くん?」


空気が凍りついたってこういうときに使うんだなぁってぼんやりと思った。

彼女たちから見た黄瀬くんは「えーなんスかそれー!」と困ったように柔らかく笑っていて。それを見て頬を赤らめながら「違うならいいの!訂正しておくし!」と二人がわたわたと焦り始め、それに対しやはり笑みを崩さずに黄瀬くんは「誰に聞いたんスかー?」と語りかける。「なんかわたしたちの友達が黄瀬くんの友人だって人から聞いたってー」「もうーひどいっスねー」なんて和やかに談笑しているように見える。そう、見えるだけ。

彼女たちは気付いていない。黄瀬くんが一度もその話を否定していないことに。

彼女たちは気付いていない。黄瀬くんの笑顔の向こうに見えるどす黒いオーラに。

彼女たちは気付いていない。黄瀬くんが持っていた紙コップがぐしゃ、と音を立てて握りつぶされたことに。

その所為で中にあった小さな氷が机に散らばったことさえも気にならないほど、俺はこの会話の恐ろしさに心臓がドキドキ、いや、それ以上にバクバクいっていた。隣の緑間も、もう中身が入っていないジュースを必死に飲んでいる。や、そこはもっと落ち着けよ真ちゃん。

その後二言三言話し、にこやかに手を振って彼女たちを見送った黄瀬くんは、いやーまいったっスねー、なんて言いながら顔の前で手を組み、その手に額を押し付けた。いわゆるエ●ァのゲン●ウポーズだ。こちらからは完全に黄瀬くんの表情は見えなくなり、余計に緊張する。今ヘタなこと言えない。絶対に言えない。

はぁぁぁぁ、とそれはそれは深いため息をついた黄瀬くんは、誰が見てもわかるほどに負のオーラをまとっていて。そして言った。


「殺す。あいつマジで殺す」


黄瀬くんから発せられたとは思えないほど地鳴りのような低い声で吐き出されたセリフは、名字に言わせたらきっとこうだ。おれを心底殺したいって感じが出ててやっぱり本家が一番迫力満点だな!みたいな。

何も言えないでいる俺たちに、ちょっと席外すから適当に喋ってて〜、と言ってケータイを持って外へ出た黄瀬くんの背中を見送ったあと、ようやく俺たちは息を吐いた。


「なにあれ!なにあの黄瀬くん!めっちゃ怖かったんだけど!」
「あ、あんな黄瀬…は、初めて見たのだよ…!」
「なんなの!?名字はバカなの!?あいつほんとマジで殺されても俺知らねーかんな!」
「おおお俺も知らんのだよ!」


とりあえず黄瀬くん、ほんとどんまいだな!マジお疲れ!

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