部活の練習が終わり、今日は一日平和だったな、なんて考える。
女の子がオレに好意をもって話しかけてくるのは嬉しいし、正直ほっとする。だけど言いにくそうに聞きたいことがあるんだけど、って言われるとマジでぞっとする。
あのアホでバカなあいつはまた何を言いふらしやがったんだ!って内心思ってはいても顔には決して出さないオレほんと偉い。まぁそんな苦労を周りは一切知らないから褒めてくれる人は誰もいないんだけど。
汗が染みこんだシャツを脱いで制服に着替えてるとき、カバンの底からヴーヴヴ、ヴーヴヴとバイブが響き渡る。この振動パターンはあいつしかいない。
メールだな、と思ってフォルダを開くと、間違いなく思い描いていた人物からで。今度はなんだ、と慣れた手つきで内容を読んで、オレはそのままケータイを落した。
ゴトン、と音をして落ちたケータイに、隣にいた森山先輩が落ちたぞーと言ってくれたけど、すんません今それどころじゃないっていうか!なかなか拾わないオレを不思議に思ったのか、黄瀬ー?と言いながら落ちたままのそれを拾って渡してきた。
「スマホなんだから優しく扱ってやれよー?女の子と一緒!」
「………」
「おいスルーすんな!悲しいだろうが!突っ込めよ!」
「………」
「黄瀬?」
「…あ、や、はい。すんませんっス…」
「え、なに?大人しいの気持ちワルっ!」
散々な言われようだが反応できないのはしょうがない。あいつから送られてきたメール、そこに添付されていた画像は不機嫌な緑間っちの隣で楽しそうに笑うあいつの写メだった。
高尾に撮ってもらったー☆なんて書かれていたそれを読む限り、つまりは仲良くなったってことで。
っつかお前が言ってたスゲー奴らの一人って緑間だったのなー!面白そうだからめちゃくちゃ絡んでやったらマジ最高の逸材だったんだけど!なんて。
こうなることを見越して敢えて名前も特徴も一切言わなかったのに、オレの気持ちを踏みにじるのがことごとく上手いやつだよあいつは。
「最悪…」
「おい、マジでどうした?」
名字名前は幼馴染なんかではない。仲が良いわけでもない。むしろ逆だ。だけど友達かと聞かれて素直にうんとは言えないけれど、お互い否定もしない。そんなよくわからない関係だけど、オレにとってそれは何よりも特別なものだった。
自分で言うのもあれだけど、ひねくれた性格してるし。周りをバカにした考え方も持ってるし。この容姿だし。何かと問題が絶えなかったし。反省とかもあんまりしなかったし。女子にモテると男子からは疎まれるし。
小さい頃から一人でいることが多かったオレにとって、いつも誰かが隣にいるあいつは心底羨ましかったし憎くもあった。別にあいつは何も悪くないのに無駄に八つ当たりして自分から遠ざけた。
始めはそんなオレに呆れて離れていったけれど、気付くと何故か隣にいて、オレに笑いかけてくる。
"おまえおもしれーな!"
何があいつにとってそう思わせたのかは未だにわからないけれど、それからというもののいくらオレがうざがって遠ざけようとしても決して距離はあかなかった。
むしろどんどん近くなるし、オレが引いた境界線なんてずかずかと乗り込んでくるしでもうどう対応していいのかわからなかった。だから悪態つくことでしかコミュニケーションをはかれなかったオレは、今でもその癖が抜けなくて。
尊敬も遠慮も気遣いすらも必要なく、笑うことも話すことも言い合うことも全てが対等に出来る相手があいつだけだった。
そんな存在を、オレが簡単に手放すはずもなく。いつかは愛想をつかされて離れていくかもしれないって恐怖が消えないまま、あいつが離れていきそうな原因を作るものは全て排除してきたし隠してきた。
そんなことをしていた結果がコレかよ。マジありえねー。やっちまった。もう取り返しつかねーし。
「ん?黄瀬、着信みたいだぞ?名前?」
「!」
その名前を聞いてばっ!と森山先輩の手からケータイを奪い慌てて通話ボタンを押した。うおっ!?と驚いてる先輩にすんません!と謝罪してからケータイを耳に押し当てるとよっす!と何も考えてなさそうなバカっぽい声、あーあいつだわ。
「なんスかー?」
『お、その口調ってことは今一人じゃねーってことかー』
「っつかなんスかあのメール…」
『なにって、緑間がキセキ的な変態集団の一人ってわかってテンション高くなったおれの図』
「キセキ的じゃなくてキセキの世代って何回言やわかるんスか。っつか変態じゃねーし」
『おれからしたら十分変態だっての。もちろんお前もな!涼』
「っ!ひ、卑怯っスよそれ!」
『は?なにが?あー…、わかったぞ?名前だなぁ?ぷ!なにお前照れてんの?』
「はぁ!?照れてねーし!!」
「うわ、黄瀬?ど、どうした?!」
「あ、や、すんません!こ、こっちの話っス!」
『ぷぷ〜!ちゃーんと猫被って使い分けないと性格悪いキセリョが出ますよーっと』
「ははは、もーなに言ってるんスか?使い分けるとかほんと意味わかんないっスよ〜!」
『あーやだねぇこのクソデルモ。電話する時間マジ間違えたわーつまんねー』
「なっ!なんスかその言いぐさ。つまんなかったら切ればいいじゃないっスか!」
『はん。あの画像見て拗ねてんじゃねーかと思って電話してやれば"キセリョ"かよ。そっちだとお前おれの名前呼ばねーからあんま好きじゃねーんだよなぁ〜』
「んなっ…!そ、それは…仕方ないじゃないっスか。呼ぶなっつったのはそっちだし…」
『キセリョに名前呼ばれてもきめぇだけだし』
「ヒドッ!オレにそんなこというのアンタくらいっスよほんと…」
『うわ、すっげーマジでかいのなー海常って!あ、あの子可愛いッ!』
「…は?え?ちょ、今なんて…?」
『っつか広すぎて体育館の場所わっかんねー。戻ろ。迷子になっても困るし。ってなわけで正門出たとこにいるから早く来いなー!じゃ!』
「え!ちょ、待っ…って切りやがった!話聞けよ!っていうか…!」
え?正門って、海常の正門?え?っつかなんであいつ今ここにいんの?オレに会いに、わざわざ東京から来たっての?マジで?
「黄瀬、お前さっきから騒がしいな。なにして………、って、なんか良いことあったのか?」
「えっ?な、なんでっスか?」
「顔、めっちゃニヤけてんぞ」
「え!ま、マジっスか!?」
「マジだ」
そりゃニヤけるっての。最近ろくに顔合わせてなかったし、顔見て話すのとか久々だし。
今から会えるって意識すればするほど、自分は汗臭くないかとか、肌は荒れてないかとか、髪型は崩れてないかとか、色々気になってきて、慌ただしく用意しだすオレを森山先輩が隣で茶化し始めた。
「なんだ黄瀬〜そんな急にめかしこんで女の子とデートか〜?」
「そんなとこっス!」
「さてはさっきの電話の相手だなー?」
「じゃあオレ急ぐんで先に失礼しまっす!」
「あ!おいコラ黄瀬!明日詳しく教えろよーっ!」
今は誰の声も聞こえないほど、悔しいけどあいつのことで頭がいっぱいだった。認めたくないけど、オレあいつのこと好きすぎだろって。あーもう自分きめぇ!
ばたばたとせわしなく部室を出ていったあと、そこで繰り広げられていた会話をオレが知るよしもない。
「ん?でもさっきの電話の相手って、男…だよな?女子と話してるって感じでもなかったし…いやでも急にめかしこんでたし…意味がわからんな!」
「んなことどうでもいいからさっさと着替えろ森山ァ!鍵閉めんぞ!」
きっとオレがどれだけ頑張って走っても、オレを見た瞬間あいつはこう言うんだ。おっせーよ涼!待ちくたびれた!ってな。
でもってオレが悪態つく前にお疲れさんって笑うんだ。ほんと、ズルイよなぁ。
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